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若々しい母
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僕は一人で留守番していた。家族は親戚も含めて車で出かけていた。 朝からいやな予感に襲われていた。何かそわそわしていた。 僕は意味もなく家の中をそわそわと動き、昔使っていていた部屋、今は兄家族が来たときに寝るための部屋へ来ていた。 そこに別な理由で用が有り、何かを取りに来た。そこに携帯のタイマーが鳴り(これはセットしていたもの)、それを止める。 すると突然、その部屋にあった机の上のラジオが鳴り出す。何もセットしていないのに。 びっくりしたけど、それを止めようとする。電源を切っても止まらない。ラジオを止めてもテープが回っている。コンセントを抜いたらさすがに止まった。 ほっとして、僕は部屋を出ようとする。扉のそばでふっと僕は振り向いた。 そこには母がいた。出かけているはずの母。 今は60歳台も後半の母のはずが、すっきりと痩せていて若々しい母。30歳台後半くらいだろうか。母は昔よく着ていた美容室の仕事着を着ていた。(母は美容師) 母は洗濯物をたたんでいた。ちょっと前までは母も洗濯物も無かったのに。母は僕と目が合うとにっこりと笑った。そして突然こんなことを言う。 「○○、今度どこかいこうか?」 僕はすごくいやな予感に襲われた。 「そうだね。どこいこうか?久しぶりに運動できるところもいいね。そうだ、前にすごく楽しかったスケートに行こうよ」 「それは無理かなあ。今日、動いていてとっても疲れたし」 「そう?じゃあ、どこにいこうか。みんなで食べにいって楽しかった、あの洋食屋さんは?」 嫌な予感はどんどんと膨れ上がり、何とかつなぎとめようとする僕。なぜか僕の視点は、10歳頃の自分に戻っている。 子供の頃のように、母に抱き付いて話している。(今はとてもじゃないけどそういうことはしません) 「ねえ、○○ってとっても可愛いね」と孫の話をする母。 「車の中でもすやすや寝ていてね。あ、そうだ、●●も寝ていた」 ○○は孫、●●は今18歳の甥だ。この甥のこともかなり可愛がっていた。 「大丈夫かな。体がね、がっくんがっくんと、こうやって揺れていたんだ」 体をかくかくと揺する母。今思えば動きが妙におかしい。そのときは普通に見ていた。 「あのときそれが気になっていて、大丈夫かなって思っていたんだ。疲れたんだろうなって」 どきりとした。 「あのとき?」 「あのとき、おじちゃんも疲れていたんだと思う。後ろに私と●●と○○とで乗っていて、車が少しふらふらしていて、あっと思ったときには、」 突然大きな声で言い出す。 「みんなつぶれた。みんなつぶれた」 呆然と見つめる僕。怖くなかった。ただ悲しい気持ちだった。 「お母さん・・・」 「□□、これから一人でやっていける?□□は寂しがりやだからねえ。でも、もう一緒に居てあげられない」 「自分の心配しなよ。だめだよちゃんと家に戻らないと」 「もう無理。みんなぺちゃんこになってしまった」 淡々と語る母。目が遠くを見ている。 「・・・、・・・。だめだよ。僕は待っているんだよ」 「ごめんね。ごめんね」 はっとそこで気がつく。僕は一人でそこに立っていた。 「夢・・・?」 寝ていたわけでもないのに、振り向いたままそこに僕はいた。突然、携帯が鳴った。 『□□?落ち着いて聞いて。お母さんたちが事故にあった!』 「えっ!?」 2台で分乗していたもう一台の車に乗った、兄からの電話だった・・・。 『今は静岡県のなんとか病院にいる。おじちゃんが亡くなった・・・。ほかにも○○(兄の子)と、●●と母が乗っていたんだ。●●はもう・・・。○○と母はまだ息がある。今夜が峠だ・・・。すぐに来てくれ』 僕は慌てて病院へとむかった・・・。結果的には○○と母は意識が戻り、○○は大きな怪我をしたけど、その後も順調に育つ。 母もかなり危なかったが、今はもう元気に過ごしている。僕はあのときの、若々しい母と会ったことを誰にも話していない。 あのときの母。優しい、10歳くらいの僕を愛情たっぷりに見つめてくれる母の顔。 自分が事故に遭っているというのに、僕の前に霊となって現れ、その現れ方も洗濯物をたたむ姿で、仕事着で、言う言葉も人の心配ばかり。 おじちゃんと●●は残念だったけど、母と○○だけでも生き残って良かった。あの時、母はお別れを言いにきたのかもしれない。 でも、今生の別れにならないで良かった。今もあのときのことを思い出す。不思議と怖くなかった。大事な事柄なのだと、強くそのときに思っていた。 悲しい、もう会えないかもしれない。だから、全部覚えないと。
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