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冬山のタブー
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登山者の間で語られる『冬山のタブー』は、 ご存知の方もいるかもしれません。 登山の途中、 別のパーティーと出くわすことがままありますが、 そうした場合互いに軽く挨拶します。 しかし、猛吹雪の中では、 かつて遭難した死者達のパーティーをも見出してしまうことがまれにあるのです。 彼らはすぐそばで挨拶しても気づかず行ってしまうのでそれと分かります。 そうした場合、 強いて呼び止めようとしてはなりません。 また、決して振り返ってはなりません。 さもなければ彼らは私達を『救助』に来てくれた者と勘違いして、 しつこく付きまとってくることになります。 私の先輩は、そのタブーを犯してしまい、 極寒の高山で生命に関わる禍に見舞われました。 その日、先輩の一行は、 かなりの高度で予期せぬ吹雪に襲われ、 最も近い山小屋に避難すべく進行していました。 途中、前方から下りてくるパーティーが見えてきました。 互いにすれ違う際、リーダーが彼らに声をかけましたが、 相手パーティーは誰一人として応答せず、 黙々と下山してゆきます。 先輩一行のメンバーは、 皆はっとした様子で顔を見合わせると、 きびすを返して山小屋へ向かうルートに立ち戻ろうとしました。 しかし経験の浅かった先輩はその様子を解しかね、 去り行く相手パーティーに再び 「山小屋は逆方向だ!」 と声をかけてしまいました。 すると最後尾の者が振り返り、 「あとで行く」 と答えました。 この猛吹雪に「あとで」もないものですが、 他のメンバーにせかされ先輩も、 皆に続いて再び山小屋へ向かい歩き始めました。 山小屋といっても何があるわけでもありません。 寝袋に入って皆で固まり、 凍えないよう暖を取るだけです。 ようやく小屋に辿り着いた先輩達一行も、 寝袋に包まり少しでも体温が下がらないようにして、 吹雪がやむのを待っていました。 その時です、「ドンドンドン」と扉を叩く音がしました。 リーダーが「どうぞ」と答えました。 しかし誰も入ってきません。 もちろん、避難用の小屋の扉に鍵などかかっていません。 「負傷して扉が開けられないのかもしれない」 メンバーの一人が起き上がって扉を開けに行きました。 しかし、開けた扉の向こうには誰もいません。 見えるのは相変わらず続く吹雪だけです。 「雪が扉を打っただけだろうか」 不審に思いながらも扉を閉めるしかありませんでした。 しかし20分ほど経つと、 再び「ドンドンドン」と扉を叩く音がしました。 今度も扉を開けてみましたが、 やはり誰も居ません。 そんなことが繰り返されました。 扉を開けるたびに室内の気温は下がってゆきます。 しかも、扉を叩く音の間隔が 20分、15分、10分、5分・・・と縮まってゆきます。 誰もが事の異常さに気づいていました。 リーダーが 「このままでは危険だ、皆もう扉を開けるな」 と命じました。 再び扉を叩く音がしました。 今度は誰も開けません。 やがて音はやみました。 皆一様にほっとした面持ちになりました。 しかしそれもつかの間、 今度は壁から「ドンドンドン」と音がしました。 皆再び緊張しました。 続けて、 「お~い、お~い」 と外から人の声のような音が聞こえてきます。 やがて壁からの音もひっきりなしに鳴るようになりました。 壁だけではなく、天井、床からも音がします。 それも、段々と乱暴さを増してゆくのです。 気味の悪い呼び声も収まりません。 一向は皆壁から離れ、 部屋の真ん中で寄り添って、耳を塞いで、 一晩中不気味な音に悩まされながら、 眠れぬ夜を過ごしました。 朝になると吹雪もおさまりました。 外には何事もなかったような銀世界が広がっています。 頂上まではもう少しの地点です。 しかし皆疲れの取れない身体を引きずるようにして、 ほうほうの態で下山の途についたということです。
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