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由紀は既婚者だった
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午後二時。 藤崎順の携帯が鳴る。 どうやら電話のようだ。 オフィスであるが、藤崎は気にせず電話に出る。 「あ、順くん?私」 電話は由紀からだった。 由紀は甘えたような声色で話し続けた。 「ねえ?今から会えない?」 「え?俺、仕事中なんだけど」 「お願い。いつもみたいに外回りの時に来てよ」 「あらためて仕事舐めてるよね?俺。まあ、行くけど」 「来るのかよ」 笑いながら由紀は突っ込む。 こういうところが居心地いいんだよな、と藤崎は納得した。 「仕方ないだろ。俺は女の子には優しいんだから」 「はいはい。待ってるからねー」 そう言って電話は切れた。 手の中にある携帯を眺めて藤崎は小さく微笑んだ。 藤崎順は28歳の会社員である。 主なステータスは女性にモテることだ。 学生時代から持ち前のルックスと優しい態度から、女性に不自由したことはなかった。 先ほど電話のあった由紀は、現在の彼のガールフレンドだ。 綺麗な黒髪と目、それに長い睫毛が印象的な同い年の女性である。 関係を持ち始めたのは三ヶ月程前だった。 外回り途中に街中で道案内をしたのが始まりだ。 今となっては三日に一度のペースで彼女から電話がかかってくる。 それも決まって昼間のこの時間帯だ。 藤崎はその理由をうっすらだが判断できる。 それはその時間帯が彼女の夫が出勤している時間帯だからだ。 そう。 由紀は既婚者だった。 だが、藤崎は好きになった女性が既婚者だろうと手を引くような男ではない。 むしろ、そのような困難に立ち向かっていく恋を望んでいた。 藤崎はそういう男だった。 「今日も彼女の所かい」 エントランスから出ようとすると、背後から声をかけられた。 明石だった。 「まあね」 「お盛んなことで」 「人を発情期みたいに言うなよ」 「おや?違ったかい」 「いや、概ね合ってるよ」 「カカッ。認めるのか」 明石倫太郎。 藤崎の同期で友人である男だ。 藤崎程ではないが、彼も相当にモテるルックスだ。 先日、藤崎が由紀が既婚者であることを相談してから、彼の事を応援してくれている。 一般的に考えて相当変わった男である。 「いいじゃん。恋。俺の親友は好きな女のために時を駆けたぜ」 そんな風に笑って藤崎を励ました。 「あ、でも車全部出てたぜ」 明石が思い出したように言った。 彼らの会社には車を持っていない外回りの社員用に車を何台か用意している。 それが今全て出払っているということである。 「えっ!!マジでか!?うわー、ダルいわ」 藤崎はうんざりしたように言った。 なんせ、由紀の自宅は最寄り駅から七つ離れた街にあるからだ。 いつもなら会社の車を使っていたが、無いのなら仕方がない。 「タクシー使うか」 「あらま、ゴージャス」 明石がからかう。 「じゃあな。明石。言い訳しといてね」 「じゃあな。給料泥棒」 明石と別れた藤崎はすぐにタクシーを拾った。 後部座席が開けられ、藤崎は車内へ乗り込む。 車内には煙草の匂いがこもっていた。 「何処まで行きますか」 運転手が明るく聞いてきた。 見た感じでは30過ぎだ。 日焼けした顔は恐らく趣味にサッカーや野球を挙げる印象を抱かせる。 「ああ、◯◯市の◯◯町◯◯番地まで」 途端に運転手の眉間に皺が寄る。 「あの…どうかしましたか?」 「あ、ああ。すいません。外回りかと思っていて。その番地は住宅街のですよね」 「ああ…。実は外回りじゃなくて、野暮用があるだけですよ」 「はは。なるほどわかりました。では、出発しますね」 タクシーは軽快に出発した。 街の風景が後方へ流れていくのを見ながら、藤崎は微睡み始めた。 サボっていても会社勤めは疲れるということだ。 タクシーはあまり荒っぽい運転はしなかった。 当たりだな。 寝惚けた頭で藤崎はそう思った。 突然タクシーは停まった。 辺りには木々が見える。 森だ。 「どこですか…ここ…」 藤崎はそう尋ねた。 「ああ、すいません。近道にこの山道越えようと思ったんですが…。タイヤを道にとられてしまって…」 すまなそうに運転手は言った。 「あ、じゃあ手伝います」 「本当ですか。助かります」 藤崎はタクシーを降りて後方へと回る。 ん? 藤崎は怪訝な表情になる。 タイヤにはなんの異常もない。 「あの…タイヤどうにもなってませんけど…」 そう藤崎が振り返った瞬間、彼の額に激痛が走った。 目の前が真っ赤に染まる。 耳元で花火が爆発したようなにノイズが走る。 藤崎は倒れ込んだ。 鼻孔に土の薫りが入り込む。 頭上から運転手の声が聞こえる。 「なにが…なにが野暮用だ…ふざけやがって」 腹部を蹴り上げられる。 「由紀の奴…ぶっ殺してやる…クソ…バカにしやがって…」 ブツブツ呟く彼の言葉から、藤崎は一つの真実を悟った。 その真実を知り、彼はこのままでは死ねないと決意した。 全身の力を脚に集めて立ち上がる。 吐き気がする。 顔に生ぬるい温かさを感じる。 すぐにそれが自分の血であることを理解する。 それでも藤崎は立ち上がり、目の前にあった石を手にした。 藤崎を殴ったのもおそらく同じ石だ。 運転手は彼に背を向け煙草を吹かしていた。 「次は由紀だ…アイツは俺を裏切りやがった…」 彼はしきりに呟いていた。 その彼の頭部に藤崎は石を思いきり降り下ろす。 鈍い音が響く。 頭蓋の砕ける音だ。 だが、藤崎はまだ殴り続ける。 殴り続ける。 殴り続けた。 運転手の死体は頭部が完全に砕けていて、見るからに死を発散していた。 藤崎はやっと安心した。 携帯を手にして、由紀にコールする。 「あ、もしもし。まだ来てくれないのー?」 由紀の甘えた声に頬がにやける。 こんな時なのに。 愛ってのはひたすら偉大だな。 「ごめん…行けそうにないや」 やっとの思いでそう伝える。 目がかすみだした。 「え?上司にバレた?」 ケラケラ笑いながら彼女は言った。 「笑い事じゃないよ」 やっぱり、彼女だと自然だ。 藤崎は思った。 「由紀」 「ん?」 頭が痛い。 割れそうだ。 事実、割れている。 「由紀の髪の毛、目、睫毛、肌、話し方、全部を俺は大好きだったよ」 「え?なに?急に変だよ、順くん…」 「由紀…俺はね…」 もう無理だ。 声を出すだけで限界だ。 最期に会いたいってのが本音だけど…。 好きな子守って死ぬとかすげえシチュだよね。 今から由紀の好きなところ全部挙げていくのもいいけど。 ね?俺、女の子には優しいでしょ。 そんな台詞を言いたかったけど残念だけど限界だ。 だから。 「大好き」 藤崎の手から、携帯がこぼれ落ちた。
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名無し
タクシーが出た時点でネタバレ 最後にもう一捻り欲しい 実は由紀と明石が結託していて 最初から2人を始末するつもりだったとか それを案に示すような感じで
⬆確かに!上手い話考えますねー!
解説捻り無すぎ…
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