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金属を擦りあわすような音
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長編5分
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数年前の話です。 うちの旦那はトラックのドライバーをやっていて、 月の半分以上は家を留守にしています。 その頃長女が生まれたばかりの私は、 育児とアルバイト、家事と留守番に追われ、 毎日ろくに睡眠も取れず、 少しノイローゼ気味にイライラと暮らしていました。 その頃住んでいたうちは1LDKの古いタイプのアパートで、隣人の騒音も酷く、 それも寝不足とイライラの原因だったことを覚えています。 また、逆に長女の泣き声で隣人らを悩ませたりすることも多く、 夜鳴きが始まると、時間に関わらず赤ちゃんをかかえたまま アパートの中庭や路地に出て、あやしたりしていました。 そんなある日、矢張り夜鳴きが酷く、 時間は夜の1時前後だったかと思いますが、 アパートを出て暗い路地で 赤ちゃんを抱えてあやしていました。 あやし始めて半時もすると 泣き止んで寝付きはじめたので、部屋へ戻ることに。 赤ちゃんを奥の寝室にあるベビーベッドに寝かせ、 自分はリビングの椅子に腰掛けると、 あまりの疲れと寂しさから暫くぼーっとしてました。 電灯も点けることもせず、牛乳の入ったグラスを片手に、 ただ遠くに聞こえるトラックの走る音を聞きながら、 街灯の灯りが差し込むだけの暗い部屋でぼんやりとしていました。 すると、何処からかキシキシと 金属を擦りあわすような音がかすかに聞こえてきました。 最初は気に留める余裕すらなく、 表通りから聞こえてくる車の往来の音に混じって、 雑音程度にしか考えてなかったのですが、 あまりにも音が続くことから、ネズミや虫だったらいけないと、 首だけ回して音の元を探し出しました。 音はどうも、今自分たちが入ってきた ドアの方から聞こえてくるようです。 かといって立ち上がって探しに行く気力もなく、 何だろう?とドアの方を見ていると、 キシキシっと言う音が暫く続いたあとに、 ロックの摘みがゆっくりと回りだしました。 ピッキングだ!!! さっき入るところを見られたのかもしれない。 赤ちゃんと自分の2人だけと言うことを知っているのかもしれない。 心臓が急に強く胸を打ち出しました。 牛乳がこぼれ出すほどグラスを持った手が震えだし、 かといって声も出ず、ただただゆっくりと回る摘みを見ていました。 いけない、何かしないと。 焦る気持ちと裏腹に、疲れきった体を動かせずに、 私はただただゆっくり回り鍵の摘みを見ていました。 そのうちにカチリっ音がして、摘みが完璧に水平に。 ロックが完全に外れたことが見て取れました。 慌てて視線だけでチェーンを見ると、 忘れずにかけていたようでほっと息がもれました。 今のうちに椅子から立ち上がって 電灯だけでも点ければ退散するかも、 そう考えても固まった体は腰を上げることが出来ず、 ただからだの体の震えが増す中ドア見つめていました。 すると、取っ手がゆっくりと回り、 ドアがじわじわと開きだします。 外の灯りが暗い部屋に細く差し込んできました。 私は過呼吸ばりに荒い息を口を押さえて押し殺しながら、 体の震えを抑えるように脇をしめながら、 お願いだからチェーンに気付いて引き返してくれと祈っていました。 ドアがゆっくりと開かれて、 しかしチェーンが伸びきったところで止まります。 お願いですから帰って下さい、 ここへ入ってもお金も何もありません。 私は心の中で顔の見えない侵入者に哀願していました。 すると、その願いを聞き入れたように、 伸びきったチェーンを確認したところで、 ドアが音もなくゆっくりと閉じられました。 今だ、走っていってもう一度鍵を閉めなくては。 私は動かない下半身を持ち上げるように、 テーブルに肘をつきました。 すると、またドアがすーっと開きました。 ああ、諦めたんじゃなかったんだ。 私は軽い絶望を覚え、 しかし体は動かすことが出来ずにただドアを凝視していると、 開かれた隙間から、鈍く光る大きなペンチのようなものが差し込まれてきました。 駄目だ、これでは殺されてしまう。 そうだ、赤ちゃんを守らねば、 最悪自分はどうなろうと娘だけは何とか。 私は内にたまったパニックと 普段の抑圧を解放するように、大声で叫びました。 自分はどうなってもいい、近所づきあいなんてどうでもいい、 ただ娘のために叫ばなくては。 多分声になってなかったと思います。 同時に、牛乳の入ったグラスを ドアに向かって力いっぱい投げつけました。 グラスは偶然にもペンチに辺り砕け散って、 ミルクが辺りに飛び散ります。 するとペンチがドアの向こうの持ち主を失ったかのように、 玄関へ半身を覗かせたままゆっくりと落下しました。 そしてドアの向こうで誰かが慌てて走り去る音がし、 人の気配が漸くなくなりました・・・。 その後、私は玄関のドアへ這いよりペンチを外へ放り出すと、 取っ手を引っ張ってガタガタと震えていました。 隣の大学生が私の叫び声に驚いたのか、 途中まで様子を見に来たようですが、 ノックをすることもなく引き返していく様子が見えました。 例え彼がノックをしても、 私には答える余裕もなかったでしょう。 私は飛び散ったグラスで足を何箇所か傷付けながらも、 ただただ取っ手を引っ張ってガタガタと震えていました。 1時間はそのままだったでしょうか。 平静は取り戻すことは出来そうなかったのですが、震えだけは収まり、 そうだ警察へ電話せねば、また引き返してくるかもと思い110番へ。 ピッキングにあった旨を話すと、 ものの数分でサイレンは鳴らさずに 回転灯を回したパトカーが駆けつけてくれました。 私は警察官の顔を見てから、 ただ涙が止まらず嗚咽を吐き続けました。 泣くと赤ちゃんにまで伝染してしまうと思い、 声を出せずただ嗚咽を絞り吐き続けていました。 ペンチと幾つかの工具類がそのままドアの外に残っていたらしく、 警察の方らが押収されていき、 それが後の逮捕に繋がったと聞いてます。 捕まった男はピッキング強盗の常習犯で、 余罪には強姦殺人もあったそうです。 これが私の人生最大のほんのり怖いお話でした。
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