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足の傷
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物心がついたときからすでに気づいていた。 俺の両足はいつも傷だらけだ。別に何かしてるってわけでも無い、只いつの間にか傷ができていた。 傷は時々多かったり少なかったりと、決して無くなった時は無い。昔から今に至って。 そして、その傷の原因がなんなのかを知ったのは小学生の四年生のくらいのときだった。四年生の夏休み、暑さに弱い俺はほとんど家にいた。 扇風機とアイス、それだけで夏はほとんどが満たされていた。そんな夏のある日の事、俺は何がきっかけだったか、家の二階のある部屋に行こうとした。 昔からその部屋には行くなと言われていて、何が中にあるのかすら知らない。だが、そこは子供の探究心。 知りたくなるのが普通の子供というものだろう。俺は決して広くは無い家のたった一つだけ行った事の無い部屋まで期待を胸に膨らませながら階段を上っていた。 階段を上ってすぐ左。部屋はそこだ。 入る事なんて何時だって出来る。鍵なんてかかっていない。 それなのに出入り禁止とはどういうことだ。入るなと言う方がおかしい。 俺は扉を開け、初めて中を見た。机に、椅子。 そして、その奥にある鎖のかかった箪笥。机の上にはなにも無く、窓からは夏の日差しが差し込んでいる。 何の変哲も無い部屋だ。暫く部屋の中を歩き回る。 埃の臭いが凄くする。使われていないことを部屋が訴えている。 しかし、箪笥だけが妙に気になった。箪笥は大きく、どうやら天井と繋がっているみたいだ。 トっての前まで来ると、かかっている鎖をいじる。何でかかっているのか。 子供心に何かを感じていた。そうして、手を離した瞬間だった。 鎖が切れた。唐突に、何の前触れも無く切れて、落ちた。 足元に衝撃がした。見ると鎖がある。 変な臭いがする。臭い、鼻を突くような、酸味の濃い臭い。 そう、何かが腐ったような。それは、この箪笥の向うからだと、直感的に理解した。 これを、開けようか。無意識に手が動き、取っ手に触れた。 激痛が襲った。尻餅をついて、痛みのする箇所を探す。 足だ。しかし、尋常ではない。 血がかなりでている。元からあったたくさんの傷跡からだ。 初めて見る大量の血に、いつの間にか俺は気絶していた。目を覚ますと、そこには家族全員が集まっていた。 誰よりも真っ先に気づいたのは婆ちゃんだった。すると、婆ちゃんは部屋から皆が出るように言うと、皆は黙って出て行った。 全員が不思議そうにしていたが、父だけが苦い顔をしていた。部屋に二人だけになると、婆ちゃんは変な事を話し始めた。 婆ちゃんは、部屋に入った事には怒ってないとか、無事で何よりだ、とか最初は俺が無事だったことについて話してた。けど、急に話の雰囲気が変わった。 婆ちゃんは普段凄く優しくて、いつもニコニコしてる人なんだけど、その時の顔は凄く険しくて、真剣そのものだった。婆ちゃんが俺の脚の傷のことを話し始めた。 最近は傷の数はどうだいと聞かれた。。 婆ちゃんには、一度もその話をしたことが無かったが、毎日会ってるし、見たこともあるだろうと思い、よく見て無いから分らないと答えた。すると婆ちゃんに足を引っ張られ、何をするかと思うと婆ちゃんはまじまじと見始めた。 しばらくして見終わると、こんな話をし始めた。俺の先祖は武士だったらしく、ある殿様の家臣だったそうだ。 ある時、小国と小国同士の戦が起きた時、自分たちも加戦したそうだ。しかし、こちらに勝ち目が無いと判断した先祖は、逃げたそうだ。 後に自軍は負け、先祖只一人が生き延びたのだそうだ。そこからはよく分らなかったが、なにかよろしくない事が起きて一族を巻き込んだそうだ。 おそらく、呪いだろう。と、婆ちゃんは呟いた。 その言葉を聞いたとき、俺の中で何かを理解した。婆ちゃんは続けた。 実はあの箪笥の中には骨が入っているそうだ。その骨は誰のなのかは聞かなかった。 もう大体理解していた。婆ちゃんは話を終えると、泣き始めた。 四年生の夏。やけに衝動の多かった夏休み。 この時をきっかけに、俺の最悪の日々が始まった。俺の爺ちゃんは怪死している。 今までただの交通事故と聞かされていたが、ある日を境に真実を教えてもらった。やけに衝動の多かった四年生の夏休み。 その頃の足は酷い傷の量だった。父が三年生の時、爺ちゃんは死んでしまったらしい。 34歳という、早すぎる死だった。当然ながら俺は爺ちゃんにあったことすらない。 でも、残っていた古写真の中に一枚だけ、爺ちゃんが映っていた。和服を着て眼鏡をかけた、威厳のある人だった。 父は頑固者だったから、親子だな、と思った。亡くなる日のことだ。 爺ちゃんはその日は元気が無く、婆ちゃんは心配していた。気になって爺ちゃんに聞いてみたところ、変な夢を見たそうだ。 焼け野原を自分一人だけが立っていて、辺りは何も無い。そこをずっと走り回っているそうだ。 次第に、遠くから声が聞えてくる。聞えないように耳をふさぎ、立ち止まる。 なんとなく、聞いていてはいけない様な気がするらしい。突然、目の前に血溜まりができてきて、そこから死者が群がってくる。 たくさんの落ち武者。目をつぶり、絶叫。 そこで目が覚めたそうだ。爺ちゃんも、俺と同じだった。 足にはいつも傷があったという。その日の朝、布団は血まみれだったと言う。 婆ちゃんはそんな爺ちゃんのために、気分転換でもしなさいといった。それがいけなかったのかもしれない。 婆ちゃんは、俯いて呟いた。爺ちゃんは散歩をしたそうだ。 田舎の田んぼ道、昔の道。何の、変哲も無い。 田んぼの中で、陣取るように死んでいたそうだ。胡坐をかき、堂々と畑の真ん中で事切れていた。 だが、その死に様は誰もが不思議に思った。首が無い。 現場にはなくなっていた。当時殺人鬼などいなかった。 怨念というのは、ここまであるものなのか。爺ちゃんの見た夢は、先祖自身じゃないのか。 首だけ持って帰ったのか。俺の死に様も、そんな物なのか。 婆ちゃんが、言った。「あれは『切った』じゃない、『斬った』だよ。 」その時、婆ちゃんは俺の死を悟ったようだった。俺もそうなる、と言いたかったようだ。 だが、婆ちゃんも死んで、あの日から数十余年たった今でも不思議なのは、父は未だに健在している。それに、足に傷が無い。
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