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見張り
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30年ほど前、T県にある国立大に通っていた友達のアパートへ、3人で引っ越しの手伝いに行った。U駅周辺やキャンパスの周辺はそこそこ明るい感じだったが、そいつのアパートはK川を越えた雑木林にあり、車のなかった俺達はバスで近くまで行き、そこから歩いて20分も掛った、ひどく寂しい場所だったんだ。引越し屋の業者も帰り、4人で麻雀などをやりつつ酒を飲んだ。当時タバコを吸っていたのは俺だけで、夜中になった頃タバコが切れてしまった。酒とジュース、つまみは豊富にあったんだけど、タバコだけは無い。「自販機はないのか?」と聞くと、例のバス停まで行かないと無いと言う。 外は真っ暗だった。文字通り足元も見えにくい程の闇。マジかよ~、嫌な感じだなァ。時折ある街灯の周辺だけが微かに明るいだけの山道を、トボトボと歩いていると、公衆電話のボックスに出くわしたんだが、これが何かおかしい。普通なら明かりが点いているはずなのに、消えている。壊れてるのか?これ?立ち止まってボックスを覗くと、電話機には電気が来ているらしく、赤い表示は点いている。通り過ぎようとしたら、公衆電話の隣に立ってるゴルフ場のデカイ看板の後ろに、男が立ってジッとこっちを見ていた。思わず「うぉっ」って小さく声を上げてしまったんだが、愛想笑いをしつつ軽く会釈をして俺は通り過ぎた。こんな真夜中に、あのオヤジ、何やってるんだろう?気持ち悪いなぁ。と思いつつ歩いて行くと、森の中に分かれ道があって、『○〇の里』とか『○○の家』だか、もう思い出せないけど、白い看板が立っていて、来る時は全く気付かなかった、バリケードが置いてあった。道の奥は森の中に消えていて、先は全く見えなかった。別荘でもあるんだろうな。やっとバス停まで出ると、田舎のバス停に良くある雨除けのしょぼい屋根の下に、中年の女が立っていた。もう、バスなんか来ねえだろ?何で居るんだろ?中年の女は、俺がタバコを買うのをジッと見ていた。戻って来ると、例の別荘らしき白い看板の前に、車が1台停まっていた。軽トラって言うのか、小さい荷台がある、よく田舎なんかの農家の人が乗っている様なアレ。どう見ても3人がやっと乗れる様な車なんだけど、4、5人位の男と2人程の女が周りに居る。真夜中だろ。それにこんな真っ暗な中で、お互いに人が出会ったら、黙って通り過ぎるのも何だから、と思った俺は、「何かあったんスか?」と声を掛けずにいられなかったんだ。すると若い女が、「道に迷ったみたいで」と言った。「助けてくれます?こちらに住んでるんでしょ?」となれなれしく笑って言った。「俺、地元の人間じゃないんで分からないけど、バス停のある国道ならあっちの方ですよ」と言うと、もう一人の若い女が「じゃあ、そこまで一緒に車で」と言う。よく見ると、女の着てる黄色のジャージはマダラになってて、元は白い物が汚れてしまった感じだし、車の中には赤ん坊が居る様だった。車の中には生ゴミの袋があって、赤ん坊はその中で泣いていた。酷い悪臭がした。冗談じゃねえよ、こんな気持ちの悪い奴らの車なんて。「ここからなら真っ直ぐだし、ちょっと帰る家も遠いので…」と、何とか断ってその場を去ると、連中は「じゃあ、また」と言った。例の電話ボックスまで来ると、さっきの男が今度は電話ボックスの中に立っていて、電話もしないくせにジッと俺を見ていた。アパートに帰った俺は、さっきの事を皆に話した。「なんだ?そりゃ」とか、「よっしゃ、見に行ってみるか?」とか、チョッと盛り上がって、ほんの30分もたたなかった時だった。玄関のブザーが鳴った。玄関で友達が受け答えしている。「はあ、U大生です…ええ?そう。友達と一緒ですけど…」とかボソボソ聞こえてきて、「そう。今日引っ越してきて…え?もう貸してない?」とか言ってる。「何だ、何だ。どうした?」俺達3人も玄関へ行ってみた。よく田舎に居そうな、帽子を被った年配の、見るからに農家の人みたいなオジサンが、玄関で友達と話している。外には、電話ボックスの男と、バス停の中年の女も居たのでびっくり。農家の人みたいなオジサンは、このアパートの大家だと自己紹介し、外に居る男と女は、息子さんとその嫁さんだと説明した。オジサンが「さっき、タバコ買いに行った人居なかった?」と言うので、友達が俺を見る。ははぁ。未成年者のタバコと思ったんだな。それでワザワザ文句言いに夜中に来たのか。まったく、田舎はうるせえ奴が居るんだな。単純にそう思った俺は、運転免許を出して説明してやろうとすると、中年の女がヒョイッと顔を出して、「そうそう。このお兄さんよ。大丈夫だった?」と言い、電話ボックスの男が、「別荘の処に、変な人が居たろ?」と言った。イチャモンどころか、何か心配してくれてる様な雰囲気に拍子抜けした俺達に、大家のオジサンが話してくれたのは、だいたい以下の様なことだった。以下は大家さんの話。このアパートは五年前くらいに建てて、U大生をメインに貸していた。ある時、住人の学生が一人頭が変になって、アパート中の人に夜中だろうとお構いなしに訪ねて行っては、「話を聞いてくれ」と言う様になった。当然住人からはクレームが出た。そいつは卒業してアパートからは出て行ったんだが、就職せず親元へも帰らず、U市付近に住んでしまった。その学生には得体の知れない仲間もいて、あちこちに現れては迷惑を掛けている。その一つに、U大の学生名簿を使った物があって、一人暮らしの学生に話にやって来るのだという。俺はピンときた。「それ、ネズミ講じゃねえの?」その頃はマルチ商法とかの名前は無かったが、卒業生などの名簿を頼りに、何かを売りつけて会員とかにする、ネズミ講と呼ばれる商売は確かにあって、そういった奴は皆から絶交されていた。「あいつ等ネズミ講だよ。あの別荘がアジトなんでしょ?」俺達がそう尋ねると、大家さんは言った。「あの別荘はもう無いよ。解体されて今は更地だよ」実は、このアパートには学生だけが住んでいたのだが、例のおかしな学生の仲間の生徒が段々増えてしまい、不動産屋に頼んで連中には引っ越しを頼んでいる。最後の住人が出て行ったら、ここは閉鎖する予定なのだそうだ。連中が仲間を呼び込んでは困るので、毎晩定期的に見張りに来ている。それで、引っ越しのトラックを見掛けたので、様子を見てたら、何か様子が違うので、心配になって来たのだという。大家さんは怖い顔で友達に言った。「ここのアパートは、誰に紹介されたの?」「そうだよ、お前。ここはやべえぞ」と俺が言うと、友達はいきなり大声で言った。「ちがうんだよ。おれたちは!」唖然とする俺達に、そいつは口から泡を飛ばしながら叫び続けたのを今でも覚えている。狂人ってのは、多分ああいうのを言うんだろう。「金儲け、金儲けとか言うなぁぁ!俺達はそういうのじゃないぃぃ!」半狂乱のそいつを残して、俺達3人は大家さんの車で駅まで行って、ホテルに泊まり、翌朝帰った。そいつとはそれ以来二度と会ってない。当時は、新興宗教とかカルトなんとかの話題も聞いた事はなかった。例の某教団が流行る前の事だ。今調べても、某教団がT県のあの辺りで活動していた記録はない。
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