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千寿江
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父親には妹がいたらしい。 俺にとっては叔母にあたるが、 叔母は生まれて数ヶ月で突然死んだ。 原因不明。 待望の娘が死んでしまい、 婆さんは大層落ち込んでいた。 見兼ねた爺さんが婆さんにフランス人形を買い与えると、 婆さんはそのフランス人形に叔母と同じ名前の 「千寿江」と名付けて可愛がった。 毎日撫で、傍に置き、 綺麗にしてやり、 共に寝たそうだ。 それが変わったのが、 俺の妹が生まれてから。 女が生まれて、 婆さんは酷く喜んでた。 両親共働きだったし、 代わりに婆さんが妹を大層可愛がって育てた。 俺も可愛がられたけどな。 それで、 今まで大切にされていた千鶴江の定位置は、 婆さんの枕元でなく、仏間になった。 誰もいない仏壇だけがある仏間だ。 俺はよく先祖へ挨拶しろと、 夕飯前に御神酒を上げに そこへ行かされていたもんだ。 暗くてくそ寒い、 不気味な部屋 小学校高学年の時、 いつも通り御神酒を上げに仏間に入り、 仏壇に手を合わせた。 その時、 誰かが後ろに立っているような気がしたんだ。 振り返ると何もない、 いつも通り、 ピンクのドレスの千寿江がいるだけだ。 それがその時は妙に怖かったのと、 多感な時期だったのもあって、 思わず 「なんだよ、文句あるのかよ。 かかってこいよ」 と、千寿江を挑発した。 馬鹿だよな。 居間に戻って家族に 「千寿江に睨まれた!」 と報告すると婆さんが激怒してな…。 後にも先にも婆さんがあんなに怒った事はない。 怒る婆さんに合わせるように父親も激怒、 ゲンコツをくらった。 俺涙目。 その時は謝ってそれで終わり。 問題が起きたのは数日後だった。 休みの日だったか、 まだ明るい時で仏間もいやに明るかった。 昨晩、 下げ忘れた御神酒を下げに仏間に入ると、 千寿江が定位置にいない。 いつも置いてある棚から落ちて、 畳へ。 手首が外れていた。 正直、 俺に何かするために 這い出して動かしたのかと…。 びびって走って家族の居る居間にいると、 婆さんがいて、 怒られるかもとは思ったが、 本気で怖かったから婆さんに報告。 俺の尋常じゃない様子に 婆さんも心配になったのか、 一緒に居間にきてくれた。 そしたら千寿江は、 今度はちゃんと定位置にいた。 手首もついてる。 俺が嘘を吐いた感じになってしまったが 弁明している時に親父がきて、 「あ、悪い。 それ俺が落とした。 トイレ行ってから直したんだよ」 って。犯人親父かよ! 勘違いして半泣きになってる俺を親父が爆笑して、 婆さんも今度は俺を慰めて、 事なきを得た。 でも、その晩、 婆さんが寝たあと、 親父が俺の部屋にきた。 「昼間のあの人形な。 戻したのは俺だ。 だけど、落としてはない。 お前、本当に嘘は吐いていないか?」 親父の話によると、 俺が大きな音を立てながら仏間を出てくるのを見て、 どうしたのかと仏間を覗いたら 千寿江が落ちてたのを発見。 見つかるとまずいから、 そっと直したという話だった。 ただ、おかしかったのは、 手首なんて取れてないと 親父が言ったことだ。 どうやって落ちて、 どうやって手首がくっついたのか。 俺は怖くて、 御神酒上げる係をサボるようになった。 御神酒持って出て、 客間で2.3分待って、 それから居間へ戻る。 多分、 半年くらい御神酒を上げてなかったんだけどな、 その頃、妹が死んだ。 小学校、入って間も無くだ。 死因は原因不明の高熱。 突然ガーッて熱が上がって、 入院して、それっきり。 俺はもしかしたら、 俺が御神酒サボってるせいじゃないかって思って、 でも親にも婆さんにも言えなかった。 罪悪感とか、そんなん。 妹が死んだのは俺のせいだって思った。 母親は、妹が死んだのは、 千寿江のせいだって言い始めた。 話を聞くと、 妹は今際の際に 「ちぃちゃーん」 と泣いたらしい。 ちぃちゃんなんて友達は妹にいなかったし、 思い当たる事があれば、 あの怪しげな人形。 俺が過去騒いだせいかも知れないけど、 母親も過敏になって、 人形を捨てる! と言い出して、 妹の葬儀中に大喧嘩した。 この一件から、 うちの両親は不仲になって、 母親は実家へ帰った。 親父は黙々と仕事をして、 婆さんは千寿江を抱きながら毎晩泣いた。 親父仕事から帰って来ないし、 婆さんは泣いてばかりだし、 この辺りから、 俺が家事をするようになった。 次に婆さんの呆けが始まった。 今思えば当然だ。 飯を食うか、 部屋に篭って人形抱きながらぼーっとして、 泣いて、泣き疲れたら寝て。 ご飯だよ、 って呼びに行ったら、 何か食ってんの。 何食ってんの? って聞いたら、 ご飯って言う。 はあ?と思いながら、 婆さんの顔見たら、 金色の糸が口から出てんだよ。 そんで、 手元には半分剥げた千寿江。 俺はこの時が一番怖かったとおもう。 急いで婆さんから吐き出させた。 母親に相談しても、 あんな人知らないの一点張り。 父親に話して、 病院にって言っても、 仕事が忙しいから連れていけない、 お前が面倒みろ、と、 そればっかりだった。 その時、俺まだ厨房。 でもな、妹がしんでから、 うちの家族、 おかしくなっちゃったんだ。 御神酒やってなかった俺のせいだと思うと… やらざるをえなかった。 中学は不登校になってたよ。 千寿江は 婆さんの手によってぼろぼろだった。 髪は引き抜かれ、 服は脱がされ、 切り刻まれ。 汚い話だが、 排泄物を塗りたくられもした。 流石に可哀想だって思って取り上げても、 翌日にはちゃんと婆さんが持ってる。 色んなとこに隠したんだ。 トイレの棚、両親の寝室、 あとは下駄箱とか。 夜中、 「ちずえぇ、ちずえぇ」 って徘徊して見つけるらしい。 そしてまた千寿江をボロボロにする。 見兼ねてな… 仕方ないから、 試しに俺の部屋に置いとく事にしたんだ。 夜中というか3時過ぎか。 朝方、 婆さんが千寿江を探す声で目が覚めた。 俺の部屋、二階だし、 まあ登って来れはしないし、 呆けてから上がってきたことないし… と安心しながら、 千寿江を閉まったクローゼットを見ると 扉が空いていた。 確かに閉めたんだ。 だって目につくとこに置いてたら、 気持ち悪いだろ。 夜中見なくて済むようにって、 クローゼットにいれたんだ。 ビニールまでかけて。 でも、そのビニールは そこらへんに落ちてんだ。 ヤバイって、 でも千寿江が。 もうパニックに陥った。 布団の中で滝汗。 寝たフリするか、 起きて確認するか。 兎に角怖かったんだ。 そしたら、 キィと、物音が聞こえた。 ドアを開ける音。 位置関係的には、 ドア/ベッド(俺の視線→)/クローゼット 俺は怖くて、 ドアの方を見る事ができなかった。 そしたら不意に、 声が聞こえたんだ。 「千寿江、 こんなとこにおったんけ」 婆さんが登ってきた!? と思って、 そこで俺は跳ね起きた。 でもそこには何もなかった。 千寿江も、婆さんも。 怖くて、 そのまま寝ることにした。 気のせいだったとおもうようにして。 千寿江と婆さんは、 婆さんの自室で死んでたよ。 翌日の朝、俺が見つけた。 死因は窒息。 婆さんの喉には 千寿江の髪の毛と千切れた服、 目玉が入ってて、 婆さんの口の中には、 千寿江の頭部が入ってた。 そりゃ、飲み込めねえよ…。 明るい部屋ん中、 陽が沢山差し込む中、 婆さんがそんな感じに死んでるわけよ。 幸せそうな顔じゃなくてさ、 いかにも苦しみましたってさ、 目を血走らせて、失禁して、 片手に千寿江の胴体を強く握って。 婆さんの葬式は簡易的なものだった。 火葬だった。 千寿江も一緒に燃やした。 墓に収める時にさ、 墓に歴代の先祖の名前あるじゃん。 そこには既に 千寿江(本物の叔母)って書いてあって、 変な感じがした。 ここから、 俺の中で怖い話なんだけど、 叔母さんの千寿江さんの死因って 実は原因不明じゃなかったんだ。 うちの婆さんが 首を閉めて殺したらしい。 理由は知らん。 そういや父方の親戚付き合いがないなって思ったら、 婆さんは絶縁されたらしい。 これは葬式にきた親戚の話。 何で逮捕されなかったのか聞いたら、 誤魔化されたから、 もみ消したんだろうな。 婆さんが死んで、 今年で四回忌だ。 俺は高校に行ってない、 何もしてない。 婆さんが死んでから、 ずっとやる気が出ない。 この文書も、 実は2ヶ月前から書いてやっと完成する。 いっそこのまま死にたいとすら思うよ、 疲れた。 今まで起きたこと、 全部千寿江叔母さんの呪いなら、 この俺の状態もそうなのかもな。 俺の一存を滅亡させるつもりなのかも知れないなって思うと、 ちょっと笑えるよな。
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