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運び屋
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友人の弟(仮名・カズオ)は裏稼業で運び屋をしている。こういう表現はいかにもヤバそうなことをやっていそうだけど、ようは『なんでも屋』である。よく、ポストにチラシがはいっているよね。不用品引き取りますとか、庭の雑草取り、ちょっとした物の修理とか、ふすま張り替えなど。変わったものでは、物置にヘビの抜け殻があり、こわいから撤去してほしいという依頼まで様々なことがあり、自分はなんて世間知らずなんだと思う経験をするらしい。 自分の休日を利用してのバイトだから毎日ではないが、気分だけは映画の『トランスポーター』のノリで、アウディではなく軽トラで運び屋をしている。ほとんどが不用品の引き取りだけど。しかし、今回の依頼は違っていた。(前置きが長くなりスミマセン)これからする話は、カズオとその他従業員が体験したちょっと怖い話です。ある日、1軒の家から依頼があり、カズオが行くことになった。行ってみると結構大きなお屋敷で、家の老夫婦と思われる男女と、その人たちより少し若めの男性A氏(老夫婦の甥らしい)がいた。母屋の裏の蔵に通され、A氏が依頼内容について説明をしてくれた。「この箱をあるところまで届けてほしい」だいたい10センチ四方の木の箱だった。42個あるとのこと。見た目は寄木作りに見えるが、ただそういう模様なだけで、蓋と本体は決して開かないように四隅には釘が打ってあった。「中には何か入っていますか?」(おいおい、映画のトランスポーターは依頼の荷物の詮索はタブーだろ。どうよ?)「かみが入っています」かみ?紙?神様?髪の毛?A氏は少し笑いながら「普通の紙きれの紙です」と答え、「箱にさわる時は手袋をつけてください」と付け足した。「どうしてですか?」(だーかーらー詮索するなって!)「漆が塗ってあるんです、他にも薬品を使用していますから」漆にかぶれたことはないが・・・どちらにしろ作業中には手袋をする。彼はポケットから手袋を取り出し装着した。箱は軽い。「振ってもいいですか?」A氏は「ええ」と頷いた。箱を振っても音はしない。彼の思いを察したようにA氏が言った。「音はしないでしょう。中の紙は、箱いっぱいに広がっていると思いますので。ところで、これを運ぶには条件があるのです。一度に42個運べないので、7日間に分けて、1日も間をおかず、きっちり7日で運んでほしいのです」これを小分けで1週間かけて?おいおい本気かよ?手荷物じゃん。一度に全部軽トラに乗せても、まだ荷台はスカスカなんだが…どうしてですか?と言いかけ、ぐっとこらえた。だいたいこれぐらいの荷物、宅急便で頼んでもいけそうだし、個人の車にだって軽く乗せられる。それをわざわざうちに依頼するってことは….一応1週間は拘束される形なので、会社に電話をして、それでOKか確認をした。他の依頼が入っていて、無理なことがあってはいけないからだ。社長が『いいよ、いざって時は俺が全部引き受けるし。大丈夫だ』と言ってくれたので、依頼人に伝えた。運搬料金は会社の規定で決まっているので、料金表を見ながら説明をしようとすると、A氏が、「これはちょっと特別な物なので、つまり、まあ、保険もかけるって意味で、箱1個につき10万で、1日60万。7日間の拘束料金も含めて、500万払います。その代わり、これを運んだ車で、その日のうちにはよそで使用しないように、お願いしたいのです。つまり、車も7日間貸し切り状態ということで」と言った。1日60万の運搬料!普通の引越しでもそんなにとらない。うちは物にもよるけど、せいぜい5000円~2万円が標準だ。それが60万!1週間500万払ってくれる?この時におかしいと思えばよかったのに、トランスポーター気どりのカズオは、『いい報酬だぜ、俺が責任を持って届けるぜ…いい仕事引き受けたので臨時ボーナス貰えるかも』と楽しい想像をしながら、箱を荷台に積み込んだ。「高価なものだし、きれいに梱包しますね。あっ、でも荷台でよろしいですか?これなら助手席でもいけますけど」A氏は、「その必要はありません。荷台に積んでもらっていいです。ただ、雨が降って濡れるといけないので、そこにあるビニールシートをかけてください。くれぐれも助手席には乗せないでください」と言った。何故?……あっ、漆にかぶれたらいけないか。薬品も塗ってあるし。身体に悪いのか。勝手にそう納得しながら、荷台に常備してある青色の防水シートをかけた。「お願いします、気をつけて」A氏が見送ってくれ、出発した。行先は、約50キロ離れたところにある山の中のお寺である。(A氏の実家らしい)実家ならA氏が運ぶなりすればいいだろうに、大金かけて業者に依頼する?だいたいあの箱は何だろう?箱1個10万もかけて運ばないといけないような代物には見えないけど…いやいや、詮索はいけない。軽快に高速を走って、ナビもあるので簡単に目的の山に着いた。異変が起こったのはそれからである。山道に入るなり、ズンと荷台が下がったような、重い荷物を乗せた時に車体が下がるような、そんな感じを受けた。なんだと思い、一瞬ルームミラーで荷台を見るが、わからない。荷崩れでもしたかな?と思い、車を降り荷台を確認する。特に変わったことはない。再び発進するが、なんだかとてつもなく重い荷物を運んでいるような感触が、車から伝わってくる。俺は山道走り慣れていないし、軽トラはパワーないしな…その程度にしか思わなかった。しばらく走ると、寺の山門が見えてきた。山の中の寂れた寺だったが、庭の横には規模は小さいがお墓もあり、併設の住居は、寺に似合わず新しいきれいな家だった。車の音を聞きつけたようで、こちらから呼びかける前に人が出てきた。頭を見れば坊さんと思うのだが、その人は作務衣のラフな格好だった。「こんにちは、△△屋です。○○様から依頼された荷物ですがー」坊さんは「御苦労さまです。Aから連絡がありました。あれはうちの末っ子の弟です。箱はちょうど6個ですよね」。荷台の箱を見ながら、「はーふんふん、あーやっぱりなー」と独り言を言い、坊さんは持ってきたスーパーのカゴみたいなものを差し出し、「ここに入れてもらえますか」と言い、自分では触ろうとはしなかった。手袋をつけてないし、なによりお客様への荷物を荷台から降ろすのはこっちの仕事だ。でも、なんだか変だと思いながらも、箱をかごに入れる。手に持った時に違和感があった。箱が重い。ほんの少しだ…..たとえていうなら、シルバーの鎖を手のひらに持ってみた時と、プラチナの鎖とでは少し違う。ほんの少しだが、プラチナはずっしりした重みを手のひらに伝える。はじめからこんな重さだったかな?荷物を引き渡し、サインをもらい、「明日も今頃でよろしいですか?」と坊さんに尋ねた。「はい、よろしくお願いします。ちょっと失礼…」と、カズオの肩をパンパンと叩き、「交通安全のために」と言った。「ありがとうございます。ではまた明日まいります」帰り道、車がやけに軽く感じた。もう到底気のせいではない。山の下り坂だからか?しかし、山を下りて高速道路を走っていてもそれは同じだった。気のせいではない。あの箱はいったいなんなんだ?最初は軽かったよな。でも山に入ったとたん車が重く感じたし、カゴに入れる時重たくなっていた。1箱10万の運搬料もおかしいよな。保険をかける意味でなんてA氏は言ったが、今思えばなんだか歯切れが悪かったな。坊さんが俺の肩をたたいたのはなんだ?交通安全の祈願?なんかお祓いされた気がしたぞ….やばいなー。社長に相手が提示した料金のこと言わなかったし、変だと思わなかったのかって叱られそうだな。会社に戻ると、従業員8人は皆戻ってきていた。業務報告を社長にすると、叱られるどころか「いい仕事にあたったなー」と喜んでいる。もちろん、自分が感じた気のせいみたいな現象は報告しなかった。他の先輩も「いい仕事じゃないか。小さい箱6個運んで60万かー」と感心しているが、一人だけ、フジさんと言う先輩は「それってなんか訳ありだよきっと」って言った。カズオも「それそれ!そうですよね」と言ったが、どうもここの従業員は(社長も含めて)、訳ありだろうがいわくつきだだろうが気にならないのか、はたまたそういう言葉を知らないかのように、その話は盛り上がることもなく、明日の担当の確認をして終業した。翌日、カズオは本業の仕事のためバイトには行かなかったので、箱の運搬は他の従業員が受け持った。その人も帰り道に、急に車が軽くなったと感じた。いつもそういう感じはあるのだが、今回の荷物はもともと10センチ四方の小さな箱が6個だけだ。そんなに大差があるわけではない。帰りにお坊さんに肩を叩かれたので、たいそうびっくりしたらしい。フジさんが訳ありだよと言った時には関心を示さなかった従業員みんなが、車が軽くなったことと、坊さんに肩を叩かれたことで興味がわいたのか、(フジさん以外)今度は自分が行くと言い出し、急きょローテーションを組み直し、残りの5日間、それぞれ違う者が担当して、7日間で500万の仕事は終わった。料金もきちんと支払われ、気をよくした社長はみんなに臨時ボーナスをくれた。帰り道で車が軽くなった経験は全員がしており、お坊さんにも「交通安全のために」と肩も叩かれた。(祓われた)カズオが次に出勤した時、みんなに「帰り道に車が急に軽くならなかったか?坊さんに肩を叩かれたか?」と訊かれた。あれは気のせいではなかったんだ。あのとき気のせいだと思い、みんなに言わなかった。なんだ、みんな同じ体験したんだ。カズオが言った。「箱自体、手に持つと、最初に積み込んだ時と、降ろす時では、重さが微妙に違う感じがしたんですけど」これには、そう感じた者もいれば、まったく感じなかった者もいた。行きは荷物の割に車が重いと感じたが、帰りは本当に軽くなった。これはみんなが感じたのだから、気のせいではないだろう。「あの木の箱はなんだったのだろうな」と、みんな関心を持っていた。フジさんが「だから訳ありさ。いわくつきの物件さ。きっと箱のものが皆にとりついたので、坊さんが祓ってくれたんだ」と、冗談とも本気とも取れる言い方して笑っていた。「まーまー、臨時ボーナスも出たんだし」と、それからはこの件はみんなの話題に上がらなくなっていた。カズオもボーナスみんな貯金して、バイト代もみんな貯金してアウディを買うぞと、本業と裏稼業に励んでいて、ふしぎな箱のことはすっかり記憶のかなたになった。その年の冬、年末も押し迫り、なんでも屋は繁盛していた。ほとんど年末大掃除の後の不用品引き取りや、大掃除代行であった。本業の会社がどこよりも早く正月休暇となったカズオは、裏稼業に励んだ。週末忘年会が開かれた。皆ここ最近、大掃除代行などのハードな仕事が続いていたからか、酒が入ると「あー、あの時の箱運搬が懐かしい!もうあんな仕事はこないのかなあ」と、自然に、夏に請け負った箱の運搬の話に花が咲いた。皆それぞれ自分のときはこんなだったと話をしているが、聞けば聞くほど話しの内容が食い違ってくる。体験したことは同じ、出発先も同じで、行き先もお寺なのだが、そのお寺の場所が違うのだ。つまり、7人が7人ともまったく違うお寺に行ったことになる。カズオのように山の上のお寺に行った者もいれば、住宅街に囲まれたお寺に行った者もいる。依頼人の老夫婦と甥のAさんは一致している。でもAさんは、お寺は自分の実家だと言っていた。全員そう説明されている。どうして実家の寺が7つもあるんだ?フジさんが言った。「だからいわく付きなんだよ。寺なんて最初からなかったんだと思うぞ」「坊さんは?」「まぼろしさ。みんな箱をどこに置いた?相手は箱を受け取る時どうだった?」「スーパーの買い物カゴみたいなところに入れた」「俺は大きな箱に入れた」話がどんどんおかしくなり、こうなったら一度確かめようということになり、翌日7人全員とフジさんが集まった。業務記録を見ると、確かに依頼人の住所は同じ住所だが、行き先はみんな違っていた。なぜこの時に気づかなかったのか?とにかく依頼人の家に行く。そこはみごとに空き地だった。確かに大きな家も蔵もあったぐらいの広さの空き地だったが、雑草が生え、冬の寒さですべてが枯れていて、一層の不気味さがきわだっていた。次は寺をめざす。寺も全く存在しなかった。カズオの行った寺だけは、山道が凍結で車は入ることができなかったが、確かめるまでもなく、多分、存在することはないだろう。寺をめざして行った皆が見たものは、古い小さなお堂だった。どの寺も存在せず、お堂だけだった。もちろん坊さんもいない。お堂の中を覗き、みんな顔を見合わせた。そこには何かを封じ込めるように、あの6個の箱があった。そして、箱はすごく重いのだろう、箱の下の木の床は一部が壊れ、きしむように曲線を描き、お堂本体の床についていた。一度にたくさん運べない理由がわかった気がした。
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