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まだYの意識が回復しないんだ
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大学生の頃に体験した話。 ある日、 中学の時の友人からメールがあった。 内容は、 同級生が自動車事故を起こした。 仲が良かった数人で見舞金を出すことになったが、 おまえも協力しないか?ということだった。 部活で三年間一緒だった友人の不幸、 黙って見過ごすわけにはいかないと、 すぐに承諾する旨電話した。 「まだYの意識が回復しないんだ」 事故から一週間経って昏睡状態にあるらしく、 本人とは面会謝絶とのことだった。 「新聞にも出たし、 テレビでニュースになったほどの大事故でさ、 助手席にいた彼女は即死だったみたいだ」 Yの運転する車が突然対向車線に乗り出し、 大型トラックと正面衝突した という話に耳を疑った。 自分の知っているYは 責任感の強い真面目な男で、 そんなミスをするようなタイプではないと思った。 とはいえ高校も別々で疎遠になっていたし、 こちらが地元を離れた一年くらいは 一度も会っていなかった。 「俺は高校卒業して 大学でちょくちょく会うようになったけど、 おまえはどうかなと思ってさ」 そう友人は気兼ねしたらしいが、 人の生き死にに係わること。 明日はわが身という思いで、 すぐ友人に送金した。 それから半月ほどして 「どうやら意識は回復した、 骨折や鞭打ちのリハビリも始められそうだ」 との連絡があった。 その二ヵ月後 「まだ人と会える精神状態じゃないらしい。 健康の為にも、早く立ち直って欲しい」 とのことだった。 そして一月後の夏休み、 僕は帰省した。 見舞金を出した友人らとの飲み会も、 Yの話でしんみりしたものになった。 そこそこ酒が回り、 Yと一度だけ面会したというSが急に切り出した。 「ここだけの話、 絶対に誰にも言わないでくれ。 俺も未だに信じられないんだ」 と深刻な顔つきになった。 みなが疑問に思っていた事故の原因について、 Sは眉をひそめて話し出した。 「夜の十一時、 小雨混じりの天気だったけど、 交差点もない見晴らしのいい四車線道路。 車はオヤジさんの軽セダン。 みんな居眠り運転だと思ってるよな。 ていうか、それ以外ありえないよな」 Sは周囲を気にする素振りで、 ふっと個室の入り口を見た。 「Yもまだショックから立ち直っていないし、 彼女を死なせた事実を認めたくないのかもしれない」 そう断りを入れると、 信じられない話を始めた。 「Yが言うには、運転してる最中、 バックミラーに人の顔が映ったそうだ」 二人だけのドライブ。 誰もいないはずの後部座席に人の顔がある。 人間がいるのではなく、 人の顔がある。 「それが消えたり現れたりしたそうだ」 Yの不安を察知した彼女が振り返ったが、 後部座席には何も見えなかったらしい。 ただ、床に転がってる「何か」を確認しようとして、 シートベルトを外し、上半身を捩ったそうだ。 「その瞬間、彼女は悲鳴を上げた。 Yも気を取られて一瞬彼女を見た。 反射的にブレーキを踏もうと前方に目をやると、 即道左側に女性の姿があり、 動揺してハンドルを反対車線側に切った。 そして、正面衝突だよ」 沈黙を破るように、 友人がSに訊ねた。 「じゃあ車を止めようとした場所に、 たまたま女性がいたってことか。 そこって歩道じゃなくて、道路?」 Sはどう答えていいか悩んでいるかのように間をあけた。 「Yはまだ混乱してる。 あと、誰かのせいにしたいのかもしれない。 だから話半分で聞いてくれ。 あと、この場にいる以外、誰にも言うなよ。 俺もわけが分からないんだ」 つまり、 その女性が横断歩道のない道路を渡ろうとして、 それを避ける為に事故が起きたという解釈ができた。 Yの前方不注意は問われるが、 居眠り運転ではなかったことが証明されることになる。 「その徘徊老人ぽい女性はどうなった?」 誰かがそう問いかけた時のSの顔は 今でも覚えている。 本当に混乱して、 苦しそうな表情だった。 「Yの奴、頭がなかったって言うんだよ。 スカートは履いてたけど、 首から上はなかったそうだ」 今日久しぶりに事故のあった国道を車で通った。 誰かが手向けたプラスチック製の菊の花が、 数年前と同じく、枯れないままそこにあった。 これで終わり。 Yは他県で仕事をしてる。 まだ結婚はしてない。 大学も辞めて、 地元には一度も戻ってない。 後日談はないし、 居眠り運転の事故となった。
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