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何か聞こえた
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夏、今までの人生で一番怖い体験をした。 最初は誰かに話すなんて考えられなかったけど、 だいぶ落ち着いてきたので投下。 自分の家は中国地方の山奥の田舎にある。 俺はそこでちょっとした自然愛護のクラブに所属していて、 いろいろイベントを企画したり参加したりしていた。 家から車で20分ほどの所に 『○○さん』と呼ばれる山があるんだが、 主にその山を舞台にして、 クラブのメンバーで登山やキャンプなどを催していた。 その○○さんで近々、 一般の参加者を募ってクラブのメンバーで山のガイドをしよう、 という企画が持ち上がった。 ○○さんの魅力と自然の美しさをもっと地元の人に知ってほしい、 というのが発端。 俺はその企画に賛同し、 イベントの下準備などを受け持つことになった。 俺の担当は、 必要な道具などの準備と、ガイドする場所の選定。 何度も上った山だけに案内はほぼ熟知しているが、 やはり一度山に行って実際に歩きながら考えようと、 休日に一人で○○さんへ向かうことにした。 その日は良い天気で、 絶好の登山日和だった。 俺はデジカメを片手に、 要所要所でガイドのパンフで使う写真を撮りながら、 純粋に登山を楽しんでいた。 そうして目標地点まで半分あたりに来た頃、 湧き水の出る休憩所で一休みしていると、 少し天気が翳ってきた。 帰ろうかと思ったが、 イベント当日ではもっと上の方まで上がる予定だ。 もう少し歩いて、 天気が荒れそうなら引き上げようと、 荷物を持ち直す。 と、 「―――……」 「?」 何か聞こえた。 人の声みたいだったけれど…… と、周りを見渡す。 自分が歩いているのはちゃんとした登山コースだ。 別に人と遭遇しても何もおかしくは無いが、 前にも後ろにも人影は無い。 風の音が人の声のように聞こえただけか…… と思い直して歩き出すと、 「―――……」 また聞こえた。 聞こえてきた方は、 コースからは外れた藪の方からだった。 男とも女ともつかないが、 か細く弱弱しい感じの声。 「誰かいるんですかー!?」 もしかすると怪我でもした登山客がいるのかと思い、 声を張り上げた。 だが、返事が無い。 少し躊躇ったものの、 藪の中へ向かってみることにした。 気のせいならそれでいい。 けれどもし助けを求める人の声だったらと思うと、 確認せずにはいられなかった。 「誰かいるかー!?」 声を上げながら進んでいく。 藪は小柄な人ならすっぽり隠れてしまうほど高く、 もし人が倒れていたら発見は困難だろう。 藪を掻き分けながら注意深く周りを確認して進んでいくと、 唐突に開けた場所に出た。 そこは、自分も初めて見る場所だった。 あれだけ密集していた藪が急に無くなり、 湿った土の地面にぽつぽつと木が等間隔で生えている場所。 それらの木には注連縄?がついており、 その木々に囲まれるように、 朽ち果てた木造の小屋のようなものがぽつんと建っている。 それはどこの家にもある物置小屋のように見えた。 俺はしばらく言葉を失い突っ立っていたが、 「―――……ょ」 またあの声が聞こえてハッと我に返った。 この先の小屋の方から聞こえた。 間違いなく人の声だ。 確認しなければ……と思ったが、 何か嫌な予感がした。 まず、ここは何だろう。 こんな場所、俺は知らない。 今まで何度もこの山に登ったが、 こんな場所があるなんて聞いたこともなかった。 周りの木々で光が遮られているため薄暗く、 どうにも不気味な感じがする。 「―――……ょ……」 それでも、 聞こえてくる声は気のせいじゃない。 人がいるなら確認しないと。 しかし、大声を上げて呼びかける気にならず、 息を潜めて、足音を立てないように、 静かに小屋へ近寄っていった。 ……そうして小屋の前まで来て、 俺は後悔した。 小屋には扉があったが、 その扉にはボロボロになったお札らしきものが びっしりと貼り付けられていた。 元は白かったのだろうが、 遠目には茶色っぽく汚れていたそのお札が、 扉の色に溶け込んで見えなかったのだ。 扉には南京錠がついていたが、 経年劣化によるものか壊れていて、 ぷらんとぶらさがっているような状態。 そのせいで扉が少し開いていて、 隙間が出来ている。 「―――……ょー……」 声が中から聞こえた。 この時俺はもう泣きそうな心境だった。 普通に考えて怖い。 あまりにホラーすぎる。 ここから逃げたい。 その一方で冷静な思考もあった。 幽霊や怪物なんているわけがない。 浮浪者の類かもしれないが、 山で迷ったか怪我でもした登山客が、 一時しのぎの仮宿としてここを使ってるとしたら。 そう、やはり確認くらいはしたほうがいいんじゃないか?……と。 どのくらい迷ったか、 俺は後者の思考に従った。 扉に手をかける。 くいっと押すと、 メキメキッ……と 埃をボロボロ落としながら扉が開いた。 中を覗き込むと…………人がいた。 こちらに背中を向けて、 部屋の中心に立っている。 ……女だ。 着物なのだろうが、 まるでボロボロの白い布切れを纏ったような服装で、 頭はボサボサ、腰辺りまで伸びた白髪混じりの黒髪。 破れた着物の隙間から見える手足は、 恐ろしいほどやせ細っていた。 その足元には、 犬か狸か、動物の死骸が転がっていた。 まだ新しいのか、 流れた赤黒い血が床を濡らしている。 「…………ッテー………テー……カー……ョー……」 その女性は何かぼそぼそと呟いていた。 歌だろうか。 聞き取れないが、 一定のテンポを感じる。 ああ、これは駄目だ。 現実離れした光景を見ながら、 俺は妙に冷静にそう思った。 見てはいけないものを見た。 関わってはならないものだ……逃げよう。 俺が一歩後ずさると、 女がぐらっと揺れて、 顔を左右に振り始めた。 ぶるぶる。 ぶるぶる。 ぶんぶんぶんぶん…… 振り幅が段々と大きくなり、 長い黒髪が大きく振り回される。 「テーーテーーーシャーーーィィカーーーョーーー」 何を言ってるのかさっぱり分からないが、 とにかく異常だった。 俺は逃げた。 全力で来た道を走る。 たぶんこの時、 俺は無表情だったと思う。 全ての感情を凍らせて、 何も考えずに逃げる。 少しでも何か考えれば、 悲鳴一つでも上げれば、 正気と恐慌の拮抗が崩壊してしまうと思った。 パニックに陥るのを阻止するための本能だったのかもしれない。 藪を掻き分けて、 元の登山コースに転がり出る。 そこで呼吸を整えながら来た道を振り返ると、 20メートルほど離れた藪の中から、 黒い頭が出ているのが見えた。 「―――――」 硬直した。 頭しか見えないが、 あの白髪混じりの黒髪はさっきのあいつだ。 動かずに立ち止まっているようだが、 追ってきてる? すぐに一目散に逃げた。 登山道をひたすら駆け下りていく。 走りながら首だけで後ろを見る。 登山道横の木の陰に白い着物が見えた。 さっきよりも近くにいる。 また走る。 走る、走る……振り返る。 木の陰に白い着物。 さっきよりも更に近い。 「ううううう……!」 と、恐怖でうめき声が漏れた。 “だるまさんが転んだ”を連想してもらえば分かり易いだろうか。 走りながら後ろを振り返ると、 さっき振り返った時より近い位置に立っている。 全力で逃げてるのに、振り返った時、 そいつは今まで走っていた素振りもなく、 さっきよりも近い位置に立っているのだ。 もうすぐ麓の民家がある集落へ出る。 また振り返ると、 3メートルくらいの位置に立っていた。 一瞬だが顔が見えた。 目元はべったり張り付いた髪で隠れていて、 口がモゴモゴ動いていた。 前を向いて、走る、走る。 もう振り返る勇気は無かった。 次に振り向いたら、 俺の背中ぴったりのところにいるんじゃないか。 ゼヒュッ、ゼヒュッ、 と呼吸困難寸前になりながら、集落へ。 最初に目に付いた家に飛び込み、 呼び鈴を狂ったように連打した。 「誰か!!誰か!!」 俺が騒いでいると、 家の中からおばあさんが出てきた。 「なんだいな。 どがぁしただ?(どうした、の意味)」 俺の様子を見て驚くおばあさん。 そりゃそうだろう、 いきなり大の男が息を切らしてやってきたら。 「すいません、 ……あの、俺の後ろ、何かありませんか?」 「…なんもあらあせんがな」 言われて恐る恐る振り向くと、 確かにあの女の姿は無かった。 ……これが俺の体験。 クラブの仲間に相談しようかと思ったが、 誰かに話すのも怖くてやめておいた。 予定していた○○さんでのイベントも、 当然俺は参加拒否。 あれは何だったんだろう。 最初は詳しく調べる度胸なんて欠片も無かったが、 今はだいぶ恐怖も薄れてきた。 来年あたり、 少し探りを入れてみようかなと思っている。
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