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戦中の魔物
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俺はサッパリなんだけど、俺の母方の家系は、どうやら見える人が多いようだ。お袋はちょいちょい目撃談を語ってくれる。お袋の話は特に恐ろしいものではないので敢えて省く。今日はじいさんの話だ。俺のじいさんは零戦乗りだった。今も存命で、飛行機好きの俺は色々と影響を受けたんだけど、ここに書く話は、俺が直接聞いたものは一つも無い。ほぼ全てお袋からの聞き書きだ。個人的には聞きたくて仕方が無いが、とてもできそうに無い。その理由はまた後で。そういうわけで、彼の詳しい戦歴はまるで分からない。 東京周辺の基地に配属されて、特攻命令を待ちながら空中退避する日々を送っていた、ということまでしか聞いていない。ただ、一度B-29を邀撃したそうで、目標があまりに大きくて距離の目測を誤り、機銃弾は命中しなかったとだけ言っていたそうだ。ルーキーのじいさんが無事帰ってきてくれただけで本当に良かった。ルーキーばかりの部隊に、旧式な機材があてがわれているもので、戦果はサッパリ。しかし、戦友はどんどん減ってゆく。空襲の折には戦力温存の名目で空中退避。じいさんは思っただろう。爆撃機を落とせないで、一体何のためのパイロットだ?挙句の果てに、じいさんは特攻に回されること無く終戦を迎えてしまった。後に残ったのは、終戦の後に変節した上官と戦友の屍の山。彼は戦友会にも顔を出さない。お袋によれば、じいさんは戦争の話をすると、夜必ずうなされるんだそうだ。大学の受験を、前日にいきなりドロップアウトさせられる悪夢だ。俺は一度だけ、じいさんが戦争を思い出した時の話を聞いたことがある。「死んだ仲間の死体を埋めるのは、本当に辛いもんだ」という彼の顔は、一生忘れることは無いだろう。そんなわけで、俺はじいさんに話を聞けないでいる。癒えることの無い傷に触れることは、じいさんにとっても俺にとっても、あまりに酷だという気がするからだ。そんなじいさんも、何度かそれらしいものを目撃したことがあるという。東京大空襲の折、彼の基地からも燃える東京が見えたそうだ。じいさんは愛機の側で待機していたんだろう、それを見ていたらしい。すると、さっきまでそばにいた相棒がいない。おかしいと思ってあたりを見てみると、相棒は飛行場の端で呆然と突っ立って、燃え盛る街を見ていた。じいさんは不審に思って、相棒の側に駆け寄って、何をしているのか問いただしたらしい。「今、東京にいるおれの家族が死んだ」と相棒がつぶやいた。「何バカを言ってるんだ。貴様の家族なら、とっくに防空壕に入って無事さ。心配するなよ」じいさんはそう言って相棒を連れ戻そうとしたんだが、相棒は譲らない。「いや、そんなことは無い。あそこに来ている。貴様には見えないのか」相棒の指差したほうを見て、じいさんは地獄の業火の下に、人魂がいくつか虚空を彷徨っているのを見た。きっと最期に別れを告げに来たのだろう。この話を聞いたとき、俺は切なくて何も言えなかった。さて、前置きが随分長くなったけれども、ここからが洒落にならないぐらい怖かったのよ。じいさんがやっとこ復員した頃、モノが窮乏する中、闇市が活況を呈していた。でもって、俺の母方にはのん兵衛が多い。何しろ、お袋の曽祖父に当たるご先祖様などは、天に召される前日まで、毎晩必ず一升瓶を開けてたぐらいだ。しかし、酒は普通じゃ手に入らない。追っかけ、酒を闇から調達して飲むワケだ。ある日、俺のメチャクチャ遠い親戚のおじさんが、闇からどぶろくを仕入れて友達と飲んだ。まぁ、ここまでならよくある話だ。当時の闇酒といったら、メチル入りで目が潰れるってのが相場だけど、おじさんは最悪のアタリを引いてしまった。何とそのどぶろくは、ホルマリン入りだったのだ。生きてる金魚を溶液中に放り込むと、あっという間に真っ白になって死んでしまうというアレだ。無論、二人とも無事では済まなかった。おじさんと友達は宵の口からちょいちょいやり始めて、七転八倒の挙句に死んでしまい、大騒ぎの果てに集まった見舞いが、すぐに通夜になってしまった。じいさんは二人の見舞いに行く途中、人魂を見て家に転がりこんできた。俺のひいばあさんによれば、かなりビビってたらしい。とにもかくにも、通夜が始まった。皆故人の思い出話に花を咲かせた。死体を囲んでがやがややってたら、見舞い人に混じってた大陸帰りの医者崩れが、大陸でやった手術や実験の話を延々続けてやりだして、みんな腰が抜けて便所にいけなくなったそうな。母方にはやたらと頭の回転が速い上、肝っ玉の据わってる人が多くて、『宗教に日教組かかって来いや』的な人が多い。それが腰を抜かしたってどんな話だよ、と話を聞いた当時少年だった俺は、一瞬疑問に思ったんだが…。大陸?人体実験!?ま・さ・か!!その医者崩れの、素性も行方も杳として知れない。また、生命に微塵の敬意をも払えぬ人間などとは、できれば関わりたくも無い。ともかく俺にとっては、身近なところに宅間なんかメじゃないぐらいの魔物がいたりする、想像よりも極端に狭かった世界が本当に恐ろしかった。俺にとっては幸いといおうか、皆様には生憎といおうか、俺の一族が祟られたの呪われたのといった話は聞かない。
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