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爺さんの秘密
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家の暗部を書くようで恐縮だけど… うちの婆ちゃんが呆けて暫くなる。 呆けたっても、 深夜に徘徊したりとかじゃなく、 トイレにはたまに自分で立っていける程度の、 軽度な寝たきりみたいな。 かれこれもう2-3年くらいかな? いつも揺り篭みたいな大きな籐で編んだ丸い椅子に横たわって、 厚着してニコニコしてるんだよ。 赤ちゃんじゃないけど、 赤ちゃん的なお婆ちゃん。 俺も大学で実家を離れてから、 1年に1回も帰らないんだけど、 たまに帰ると婆ちゃんに話しかけるんさ。 「婆ちゃん元気?」とか、 「アイス食べる?」とか言うと、 ニコニコして「はい、ありがとうございます」とか、 「ほんにお世話になります」とか返す。 俺を孫とは認識してないっぽいけど。 いとおしいお婆ちゃん。 そんな婆ちゃんと、 父ちゃん母ちゃんの3人暮らしの実家。 そこに今年の正月二日、 数年ぶりに親父の兄弟、 俺から見たら2人の叔父さんが集まったんだ。 故爺さんの家族大集合的な。 爺さんが元気だったときは、 よく正月に一族で集まったもんだけど、 今回はイギリスに長期赴任中の叔父さんが帰ってくるから、 折角だから婆ちゃん囲んで宴会しよう、みたいなことだったらしい。 言い忘れたけど、実家は九州の超田舎。 家の隣は藪とか裏山とかそんなレベル。 長兄である親父は、 久々に自分の兄弟達がそろうことに、 目茶目茶テンションあがってた。 中でも末弟の叔父さんは、 数年ぶりに日本へ帰るとかで、 超久々に会うこともあってか、 また、自分が働いて大学まで行かせる程可愛がってたせいなのか、 前日である元日からそわそわしてるほど。 おめー、てめえの息子よりも 弟に会えることの方が嬉しいんかい みたいな。 で、二日の昼前。 先ず隣の市に住んでる叔父さん(次男)夫妻と、 俺の1コしたの従兄弟がやってきて、 昼を少し回る頃には、 イギリスの叔父さんも一人で(バツ1)やってきた。 朝からせわしく宴席の準備に奔走してた母ちゃん、 そこへ助っ人の叔母さん達も加わって、 1時前には宴会の準備が整った。 座卓を2つ並べお婆ちゃんを上座に配し、 続き親父、叔父さん達と皆が揃う。 ご馳走が運ばれ酒が並ぶ卓上を見て、 何が始まるのかとニコニコしてる婆ちゃんの横で、 親父が年始の挨拶をぶった。 一人年の離れた長兄であることもあって、 かなりの親分風を吹かす親父。 そんな親父の見た目や喋り方が、 死んだ爺さんに近づいたことを、 イギリスの叔父さんは笑いながらからかった。 答えてガハガハ笑う親父、 それがまた爺さんに似てるらしく、 叔父さん達は爆笑した。 寒い中縁側を開けて薄く日が差して、 暖房を焚いて少し暖かくて少し肌寒くて、 凄くいい和やかムードの正月。 親父の新年の挨拶を皮切りに宴会がスタート。 久々に会う兄弟、一族、 母ちゃんの気合入りまくった料理で、 親父のテンションMAX。 もう真っ赤な顔でガハガハ笑い最高潮。 軍人気質だった死んだ爺さんの物まねで、 「気をつけぇぇぇっ」 とか言って笑ってる。 叔父さん達も、 兄貴は兄貴はみたいな感じでヨイショして、 本当に楽しい宴になった。 宴もたけなわな中ふと見ると、 上座に置いた籐の椅子の中の婆ちゃんが、 珍しく不機嫌な顔でいる。 不機嫌と言うか何か言いたげな、 不満げな?そして少しおどおど挙動不審的な。 皆が婆ちゃんを無視してるからかな?と思い、 「婆ちゃん大丈夫?」 と話しかけても、下を向いて返事は無い。 普段婆ちゃんのお世話をしてる母ちゃんが、 朝から宴の準備で忙しく動き、 婆ちゃんの世話まで回らんからかな?と思うも、 俺も従兄弟たちと話が弾み放っておいた。 暫くして従兄弟が、 婆ちゃんのおかしな様子に気がついた。 ブツブツと何やら小声で囁いてる。 話しかけてもこちらを見ず、 頑な顔で前を見て訴えるように囁いている。 何やろね?疲れたんかいな?もう寝たいっちゃない? と言う話になり、親父が 「おう、じゃあ婆ちゃん部屋に連れけ」 と母ちゃんに言った。 それなら皆で写真撮ろうかと言う話になり、 カメラを掴む俺。 婆ちゃんを囲み、 うちの一族が集まった。 「はい、チーズ」 とシャッターを押す。 光るフラッシュに婆ちゃんがハッとし、 弾けるように叫びだした。 「シゲルー!この男じゃ、父様を殺したのは!」 震える指で横の親父を指差す婆ちゃん。 シゲルと呼ばれて固まるイギリス叔父さん。 そして、婆ちゃんの言葉の内容に困惑する一同。 凍った空気の中、 狂気の婆ちゃんが続ける。 「こん男が父様を殺してお前を捨てたとぞ!こん男が。 カワシマの藪で父様をうっ殺して、 お前を捨てるようにおいに言ったと」 瞳孔がしまり、 泡をためた口で繰り返し叫ぶ婆ちゃん。 皆が押し黙り、 凍った空気の中で婆ちゃんの怒声だけが響く。 「おい、婆ちゃんを連れて行け」 母ちゃんに怒鳴る親父。 母ちゃんがおろおろしながら、 婆ちゃんを抱えるように立ち上がった。 母ちゃんに抱えながらも、 振り返って髪を振り乱して父ちゃんを睨む婆ちゃん。 「人殺し、人殺し。シゲル許してくれ」 と。 うちの田舎で、 解決してない殺人事件がある。 昭和の昔、 カワシマの藪と呼ばれる裏の小山で、 地元の地主の男が鉈で打ち殺された事件だ。 事件は昭和の動乱の時代、 田舎のせいかろくな捜査もなく、 迷宮入りとなったらしい。 婆ちゃんはその被害者の元奥さんで、 後に爺さんの後妻に入った。 その後程なく、 地主と婆ちゃんの子供さんであるシゲルさんは、 他所の町に貰われていったのだとか。 戦後、 大陸から着の身着のままで帰った貧農出の爺さんが、 何故に大きな屋敷を構えるまでなったのか、 子供一同が悟った瞬間だった。 1月の終わりに、 婆ちゃんが施設に入ることになったと聞いた。 何の記憶がどんな形で蘇ったかは分からないけども、 どうも親父に怯えてるし、 呆けが進行し通常の生活が困難になったからだとか。 そう言えば、 爺さんの若すぎた死にも不振な点があったらしい。 死因は心不全だが、 突発的な呼吸障害による~云々だとか。 婆ちゃんが明け方に父ちゃんに電話してきて、 『爺さんが息しとらん』に始まり、怒涛の葬式だったが、 部活も忙しく、喪中でも朝連に行ってた俺はよく事情を知らない。 散乱した情報を拾い集め、 背景を想像するのがほんのり怖い。 また一族集まることあるかな…。
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