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階段から笑い声
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俺が子供の頃に暮らしていた家は明治の終わりくらいに建てられたもので、二階建ての大きな家だった。 なにしろ昔の家のことで、広くて立派なのだがあちこちガタが来ており、電灯の光の届かない隅はかなり暗かった。当時は友達を誘っても、その雰囲気を怖がってなかなかうちには遊びに来てくれなかったものだ。 そこで生まれ育った俺は、それでも当然普通にその家で暮らしており、夜になると真っ暗になる庭も、しんと音のない廊下も、特に怖いと思ったことはなかった。ただ唯一、二階へ上がる階段だけは、物心ついた頃から何となく気味が悪いなと思っていた。 その階段は造りだけは丈夫で、家が建ってから一度も修理などをしたことがないという話だったが、それだけに古めかしく、すり減って黒光りした踏み板は上り下りするときにギシギシと音を立てた。その階段は左右を壁に挟まれ、天井にも電灯はついてなくて、昼でもいつも暗かった。 特に二階の電灯が消えてるときは、上を見上げると真っ暗な闇の中にぼんやりと階段が消えていくようで、それが怖いというか、なんとも嫌な感じだった。小学校に上がる頃、二階に自分の部屋をもらった。 足腰の弱った祖父母の部屋を一階に変えたためで、初めて自分の部屋ができた嬉しさに、気味の悪さも忘れて毎日その階段を上り下りしていた。確か小学校3年かそれくらいの頃だったと思う。 いつものように階段を登っている途中、ふと「そういえばこの階段ってまじまじと見たこと無いな」と思った。階段っていうのは通るためだけのもので、階段自体が目的だったりすることはない。 いつもそこを通っているくせに、意識は登った先、降りた先に向かっていて、階段そのものを気にしたことは無かった。俺は登る途中で立ち止まり、なんとなく踏み板に座ってみた。 背中には、電灯をつけていない2階の真っ暗な闇を背負っている。階段からまじまじと見下ろした光景は、普段見慣れている景色のくせになんとなく違和感があり、妙な感じだった。 階段自体もちゃんと意識するのは生まれて初めてといって良く、良く知っているかのような初めてみるかのような、不思議な感じだった。そのとき。 「ふふ」ふと背中から笑い声のような声が聞こえた。子供の声のようだった。 振り向くと背後には真っ暗な闇があるだけで、誰もいない。そもそも、この家には自分以外子供はいない。 気のせいかと思って立ち上がろうと正面を向くと「ふふふ」今度こそはっきりと聞こえた。気のせいなんかじゃない。 確かに子供の笑い声だ。「ははははは」俺は硬直して動けなかった。 声は確かに背中の辺りから聞こえる。振り向く事なんて考えられなかった。 背中に全神経を集中したが、背後に広がる暗闇を意識してしまうだけで、人の気配はまったく感じられなかった。「あははは!」「drftygyふじこlp!!」突然激しく笑い出したのが合図だったかのように、俺は叫びながら立ち上がって階段を駆け下りた。 転びそうになりながら両親がいる居間に走っていった。「あははは!はは!はははは!」着いてくる!俺は半狂乱で走った。 逃げる俺の背中に張り付いたかのように、笑い声は変わらず聞こえてきた。その間もけたたましく笑い続けている。 理性を感じさせられない笑い声だった。「ああ~あ!」旧家で広い家なので、子供の足では居間まで時間がかかる。 その間中笑い声は背中の当たりから聞こえ続け、俺は泣き叫び(「あははは!!」)、襖や障子に突っ込んであちこち傷を造りながら逃げた。「どうしたの!?」やっと居間に逃げ込んだ俺は、驚く母親に飛びつくように抱きつき、そのまま怯えながら泣きじゃくった。 混乱した俺は何も説明できず、ただ階段の方を指さすだけで、背中を母にぎゅっと抱いてもらうだけだった。もう笑い声は聞こえなかったが、まだその「何か」が背中のあたりにいるかもしれないのが怖かったのだろう。 父は何事かと押っ取り刀で飛び出したが、別になんの不審なことも見つけられなかった。やっと混乱が収まった俺から様子を聞いた両親は、夢でも見ていたんだろうと笑った。 それから祖父母や親戚にも聞いたが、この家でおかしな事がおきたなどということは一度もなかったそうだ。事実、奇妙な出来事はこの時だけで、数年前に取り壊されるまで何もおきなかった。 取り壊されたがれきの中から何か見つかったということもないし、親戚含め近いところで死んだ子供もいなかった。俺はその出来事以来絶対に2階には、というか階段には近づかなかったそうだ。 仕方ないので両親は俺の部屋を1階に移し、荷物も全て両親が降ろした。今はもう昔の話になってしまったが、あの狂ったような笑い声はまだ耳に残っている。 大人になった今でも階段は怖い。
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