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婆ちゃん家の裏山
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子供の頃、盆になると田舎の婆ちゃん家に帰省するのが楽しみだった。その理由は、婆ちゃん家の裏山には甲虫や鍬形がいっぱいいるからだった。小5ぐらいの時、婆ちゃん家に行って、挨拶もろくにせず裏山直行。獣道すら無い斜面をよじ登り、樹液の付いた木を捜し、ドンドン奥に進んでいった。 その日の目的はノコギリ鍬形だったんだが、なかなか居なくて、気が付くとかなり山の奥まで入っていた。振り帰ると、もう自分がどこらへんから上がってきたのかも分からなかったが、まぁ、下れば簡単に婆ちゃん家に帰れると安易に思い、さらに奥地に入っていった。10分程さらに登ると、幅1メートルほどの小さな川があった。ノドがカラカラだったので、手に掬って飲んでみたが、凄く冷たくて激ウマだった。川の中の石をめくるとサワガニがいて、鍬形の事も忘れ夢中で捕っていた。その時、後ろから誰かが近づいてくる気配、いや、ミシミシ、パキパキと、土や枝を踏み潰すような音。何げに振り返ると、俺よりもはるかにデカい熊がいた。距離にして10メートルぐらい。どれくらいだろう。2、3秒ほど目が合っただろうか。俺も驚いたが熊も驚いたようで、目が会ったまま静止。しかし、熊からゆっくりとこちらに向かってきた。いや、愛くるしい姿では無く、猫が低姿勢でゆっくり獲物に近づく素振りが分かるだろうか。あんな感じで。俺はヤバイ!と思い、慌てて走った。無我夢中で走った。途中振り返ると、熊も走って追い掛けてきていた。必死で走った。腕や足は木の枝に引っ掛かりまくり、血まみれになりながらも走り続けた。しかし、背後にぴったり熊が付いてきているのが分かった。草木を薙ぎ倒すような「バキバキ」と言う音と、「はぁっ、はぁっ」と低音の効いた獣特有の息遣いが背後から聞こえていたから。2、3分走っただろうか。全く熊を振り切れず、俺も息が上がりだし、膝がガクガクしだした。全方に竹林が見えたので、俺は全速力で走っていた勢いのまま竹に飛び付き、必死でよじ登った。登った瞬間、ドスッとデカイ音がして、竹が大きくしなった。下をみると、熊が走ってきた勢いで竹に激突していた。俺は地上から3メートル程の高さに登り、竹にしがみ付いていた。熊はしばらく俺の下をクルクル回りながら、俺を見上げていた。と、次の瞬間、熊は立ち上がり、手を延ばして俺を捕ろうとしてきた。焦った。立ち上がった熊は想像以上にデカク、顔のでかさも半端なかった。熊は俺が登っている竹にもたれかかるように立ち上がり、必死に手を延ばしてくる。竹は熊の体重で大きくしなった。俺は竹が折れると思い、手を延ばして隣の竹を掴み、隣の竹に飛び移った。すると、その竹は短く、俺の重みでしなりだし、俺は更に手を延ばしまた違う竹に移った。その時移った竹はかなり高く、俺は更に上に登った。下を見ると、まだ熊は俺を見上げながら、俺がいる竹の真下にいた。俺は登れるだけ登ろうと、幹が細くなりだす前、地上5メートルぐらいの高さまで登った。熊は相変わらず俺を見上げ、諦めるような気配は無かった。俺は、どうすればいいのか分からなかった。というか、竹にしがみ付く事で精一杯だった。とりあえずジッとしていた。熊は立ち上がり、何度も竹を揺らしたり、爪で幹をガリガリ擦ってきた。この竹を折られたら等と、最悪のシュミレーションばかりが頭をよぎった。その時、「カチカチカチカチ」と、耳元で硬いものがぶつかる様な音がした。ふと見ると、俺の目線の高さ1メートル程先に、二匹のスズメ蜂が飛んでいた。かなりデカい。そのスズメ蜂は俺に何かを訴えるように、俺の目線の先でガチガチとアゴ?をならしながら飛んでいた。普段ならスズメ蜂を見たらビビるが、その時ばかりはそれどころではなく、俺はとりあえずジィーっと動かずにいた。二匹のスズメ蜂は、ガチガチとアゴを鳴らしながら俺の周りを旋回しはじめた。ちょうど俺の目線の高さをこちらを向きながら、「ガチガチガチガチ」と鈍い音を鳴らしながら旋回飛行を続ける。俺は竹にしがみ付き、微動すらしなったが、下から熊が竹を激しく揺さぶり始めた。下を覗くと、熊はよだれを垂れ流しながら鼻息を荒くし、こちらをガン見している。俺というご馳走を目の前に興奮しているようだ。空中からはスズメ蜂に狙われ、地上では熊が待ち構えている。もう、隣の竹に飛び移ることすら出来ない。すると、スズメ蜂は旋回しながら徐々に高度を下げ、熊の頭の周りを『ガチガチ』と音を立てながら飛び始めた。熊は目線は俺のまま、両手を振り回しスズメ蜂を振り払おうとした。スズメ蜂は熊の手を巧みに避けながら、尚も熊の頭部周辺を旋回し「ガチガチ」とアゴを鳴らす。熊が手を振り回せば振り回すほど、スズメ蜂はそれをかわし、激しく旋回しながら「ガチガチ」とアゴを鳴らす。その光景が3分程続いた。俺は心の中で、スズメ蜂よその熊を刺し殺してくれ!と願った。すると二匹のスズメ蜂は、何事も無かったように何処かヘ飛び去っていった。熊はスズメ蜂が去り、さっきまで振り回していた丸太のような両腕を竹に延ばし、ガリガリと音を立て削りだした。竹は熊の鋭い爪で削られると同時に熊の体重がかかり、根元の方から「ミシミシ・・・」と軋む音が聞こえてきた。うわっ!もうダメだ!俺は隣の竹に飛び移ろうと考えたが、隣の竹は背丈が低く幹も細いため、飛び移った瞬間に地面までしなると思うと飛び移れなかった。次に頭に浮かんだのは、地面に飛び降り一目散に走って逃げる。しかし、結構な高さがあり、さらに足場も悪いため、着地した瞬間にバランスを崩しこけてしまえば、次の瞬間には熊の餌食になるだろう。俺は竹にしがみ付いたまま硬直した。「ハァッハァッ!」下では熊が、今か今かと俺を待ち構えている。俺は飛び降りることを決意した。幹が限界まできたら飛び降りよう!と。俺は地面を見渡し、なるべく平らな場所を探した。その時、「ブォーッ!」っと、低音のする黒い物体が俺の目前を横切った。びっくりして、慌てて竹にしがみ付き直した。その黒い物体は凄いスピードで熊の顔面にぶつかって、砕けたように見えた。岩でも飛んできたのか?熊も慌てて両手で顔を拭くような仕草をしていた。よく見ると、その黒い物体の正体は無数のスズメ蜂の群れだった。2、30匹ぐらいいるのだろうか?熊の顔にモザイクがかかっているほど、スズメ蜂が集っていた。「ブゥーーン」という羽音が、まるで昆虫のものと思えないほど大きく、低く響いていた。熊は両手を激しく振り回しながら、少し後退りした。が、スズメ蜂はぴったり熊の顔を、まるでフルフェイスヘルメットのように覆っていた。ついに熊は前脚を地面に降ろし、首を激しく左右に振り回しながら走りだした。スズメ蜂の黒い固まりもその動きにぴったりと合わせ、両者共に茂みの奥に入っていった。俺はこれが、神様が与えてくれた唯一のチャンス!と思い、すぐさま地面に降り、ガクガク震える足で目一杯走り、山を下った。後ろを一度も振り返らず。山を降りてから、手が痛かったので手のひらを見ると、グチャグチャになったサワガニが刺さっていました。以来、山はもちろん行きませんし、熊と蜂は恐怖のトラウマです。
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