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Kとの出会い
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大学に入学して間もない頃、僕は学科の新入生歓迎会を通じて、とある面白い男と知り合った。そいつは名をKと言って、人懐っこくて陽気な男だった。正直なところ僕は小中高と友達が極端に少なく、だから大学生活が始まって早々、Kと言う友人が出来たことが素直に嬉しかった。歓迎会は、街の中心にある市民ホールみたいなところのワンフロアを貸し切って行われていた。まるで身に入らない学長の話が終わった後、当然ながらすでに仲良くなった者同士グループで固まっていて、僕とKはフロアの隅の方で、しばらくの間二人だけで話をしていた。しばらく「出身地は何処か」とか、「趣味は何か」など、取り留めも無い話をしていた。 そして、そんな話題もひと段落したころ。Kがおもむろに「あそーだそーだ。見せたいものがあんだけどよ」と言って、傍に置いていた自分のバッグから何かを取りだした。Kが取り出したのは、立方体の形をしたナニカだった。大きさは一辺が十センチ程度、両親が結婚指輪を入れている箱よりは一回りほど大きいと言ったところだ。Kはそれを僕の傍ら、料理を並べているテーブルの上に置いた。「さて、ここで一つ質問。こいつは一体、何だと思う?」箱を指差してKは僕に尋ねる。質問の意図がイマイチ良く分からなかったが、僕はとりあえずその塊を一通り眺めてみる。上部に周囲を一周する切れ目と、一つの面に可愛らしい蝶番が二つついていたこので、これは箱なのだと見当付ける。材質は木製のようで、木目以外の模様は見えなかった。「……えーと、箱、だと思う。木の箱」と僕が答えると、Kは満足そうに「おーけーなるほど」と言った。「正解だ。んじゃ、それ手に取ってみて」言われた通り僕は箱を手に取る。その時、ことり、と箱の中から僅かに音が漏れた様な気がした。「開けてみ?」僕はフタの部分を手で押さえ、箱を開けようとした。「……あれ?」開かない。少し力を込めてみる、がやっぱり開かない。どころかいくら力を入れても、箱とフタの間に僅かな隙間も作れなかった。「開かないよ?」するとKは面白そうに「うはは」と笑い、僕はちょっとムッとする。「まー開かねーだろうな。だってそれカギ掛かってっから」「鍵?」言われて僕は、改めて箱を見直してみる。そんな鍵がついている様には見えなかったけどなあ、なんて思いながら、もう一度四方八方360度見てみたが、やっぱり鍵穴なんて何処にも見当たらなかった。「鍵穴も、何も見えないけど……」するとKはさらに「うははは」と笑い、僕はさらにムッとする。「ワリー、ゴメンゴメン。でもな、本当、鍵はちゃんと掛かってんだよ。親指くらいのちっちぇ南京錠だけどよ」「でも、」「まあ聞けよ。鍵はな、外側からじゃなくて、内側から掛かってるんだ」「……え?」一瞬、頭の全細胞が急ブレーキをかけて動くのを止めたかの様に、僕の思考がストップした。ただしその停滞は気のせいかと思う程短く、一秒かからず回復し、僕の脳細胞は再び自分たちの仕事を再開する。「それはおかしいよ。箱を閉じた状態で、内側から鍵はかけれない」「まーそらそうだな。つっても俺からは、『内側からカギが掛かってる』って、それしか言えないわけだが……。なあ、箱、振ってみ」数秒躊躇してから、僕は箱を軽く振ってみる。コツ、コツ、と中で音がする。何かが入っているようだ。「音がすんだろ。そいつが箱の鍵だ」鍵のかかった箱の中にその鍵がある。あくまでもKは、内側からカギをかけたのだと言い張るつもりのようだ。僕は僅かな時間、箱を見つめてそれからKを見やった。「でさ。この箱を僕に見せてどうしようって言うん?なんか理由が分からんのだけど……」Kがまた「うはは」と笑う。どうやらこの笑い方は彼のクセらしい。ふとKの笑い声が止んだ。そして間を置かず、口元に笑みの跡が残ったまま彼はこう言った。「○○(←僕の名前)はオカルトを信じるか?」沈黙。僕の頭はまたもやフリーズしていた。気のせいじゃない。今度ははっきりと、たっぷり十数秒。「……何?」「何って、ただの簡単な質問だって。オカルトを信じるか、そうでないか。あなたは地動説を信じますか、ってな質問と同じレベルだろ」僕はすぐには答えられなかった。質問の意図が分からなかったからと言うのもあるが、それ以上に、口元は笑っていたが、Kは至って真面目に、真剣に、この質問を僕にぶつけた。それが伝わって来たからだ。僕の回答を待たず、Kが口を開く。「『その箱が本当に内側から鍵をかけられているのか』ってのは、まあ○○(←僕の名前)の立場からすれば、考え方、まー可能性だな、は三つあらーな」Kが両腕を前に出す。右手はピース、左手は人差し指だけ立てて。「まーず、一つ。俺が嘘をついている。こりゃ簡単。箱は糊づけでもされてて、中には石コロなんかが入っている。ま、無難な考えだ」Kの右手の中指が下がる。両手共に残っているのは人差し指。残り二つ。「そんで二つ目。確かに内側から鍵は掛かっているのだけど、何らかの現実的な方法・手段を用いて俺がそうした。ま、ミステリの密室トリックみたいな感じだなこれ」僕は何か言おうとした。しかしKがそれを制して言う。「ただし、だ。前提としてだな、その箱は、箱部分とフタ部分の二パーツだけ。んでもって、その二つのパーツは、一つの材木から削りだされてる。見てみな、つなぎ目、無いだろ?」「じゃあ、蝶番は……」「おっと、良いとこつくな。でも残念。蝶番はネジ止めされてるんだが、ネジは箱の内がわでナットでとめられてんだ。意味分かるよな?」それはつまり、箱の内がわの『南京錠に鍵を掛けて鍵も中に入れてから、蝶番を取りつけて密室を作りだす』、それが出来ないということ。「二つ目の可能性は、そこを踏まえてなお、俺が細工をした、っていうことだ。ここまで、二つは理解出来たな?よし。おーけーおーけー」Kが立てている指が、いつの間にか左手の人差し指だけになっている。「じゃ、最後だ。最後の可能性は、ここまでの俺の話は全部本当で、鍵を入れて箱を閉めた後、『何かが、箱の中で、鍵を掛けた』」Kの左手の人差し指が、僕の手の中にある箱をさす。ことり、と箱の中で音がした。「……だとしたら、その『何か』は、まだ箱の中に居ることにならないか?なるよな?うん」片手で持ててしまうくらいに小さな箱の中。その中に、鍵を掛けてしまえる何かが存在する。常識的に考えれば、あり得ない。しかし、今の僕の口からは何故か、その『ありえない』という五文字の言葉が出てこなかった。「もう一度聞こうか。『○○は、オカルトを信じるか?』」Kが先程の質問を繰り返す。「答えがNOなら、その箱、無理やり開けてみな。蝶番はネジ止めになってるから、そこのナイフでも使えばいけるだろ。石コロが入ってるかもな。……しかしだ。し、か、し」ずい、とKがこちらに一歩近づき、僕は思わず一歩下がる。「その時、もし、箱の中にとめられた南京錠とその鍵が入っていたら……どうなる?」どうなる。鍵が入っていたら。どうなる。僕はその状況を想像してみるが上手くいかない。ナイフで蝶番を壊し、開けた箱の中身、そこには靄が掛かっている。まるで浦島太郎の玉手箱だ。僕は目を瞑った。暗闇の中でイメージはよりリアルになる。箱の中の靄が徐々に晴れて行く。雑音が消えた。靄が晴れる。箱の中には、内側に掛けられた小さな南京錠と、小さな鍵が一つずつ。その瞬間、足元が崩れ、僕の中の世界は壊れた。刹那の落下の感覚。それが僕を想像の中から現実の世界に引き戻した。目の前にはKが居て、腰に手を当てニヤニヤ笑いながら僕のことを見ていた。僕は僅かに高まった動悸が鎮まるのを待って、一つ大きく息を吐いた。「……箱は開けない。オカルトを信じるも信じないも、僕には分からないよ」手にしていた箱をテーブルの上に置く。するとKが噴き出した。笑う。「うはは」と。今までで一番大きな笑い声だった。周りのみんながこちらを見る程に。呆気にとられた僕は、ぽかんと口を開けてKを見つめていた。「うはははははっ、……あーいやー、ワリーワリー。はは、ゴメン。いややっぱお前おかしいよ。おかしいだろ?ふつー開けるだろ?はっ、うははは。分からないから、開けたくないって、マジかよ、はっは……」よほどおかしかったのか、Kは腹を抱えて笑っている。僕がこいつ今日初めて話したんだけど、殴ろうかどうしようか真剣に迷っていると、ようやくKの笑い地獄は収まった。「あー、久々に笑ったわ。いやマジごめん。悪気は無いんだって。ただ、予想外の答えで面白かったからよ」Kが箱を手に取る。「俺よー。なんか自分と気が合いそうな奴みつけたら、この箱見せんだけどよ。さっきみたいに話しながらさ。そんで相手に訊くんだ。『オカルトを信じるか否か、箱を開けるか否か』ってな。……でもみんな結局は、箱を開けるって言うんだよな」話しながらKは箱を回転させたり、軽く上に放ったり、色々弄んでから、箱の底部分に左手を、フタの部分に右手を添えた。「そう言う時はネタばらしをすんだけど、『ごめんごめん。全部俺の嘘でした』っつってさ。箱を取り返して、そいつとは縁を切る」「……、え?」「だーかーら、実際に箱を開けて見せるのは、お前で二人目だな、うん」何かを問う暇もなかった。Kが「んよっ、」と妙な掛け声で気合いを入れると、箱の蓋がまるでルービックキューブの一列だけ動かす時の様にスライドした。「え、え~……?」そのままKは、箱の蓋をジャムの瓶からフタを取るがごとくくるくると回す。数回転するとフタは箱から外れた。途端に箱の中から何かが飛び出した。が、それはバネによって飛び出してきた白い紙人形だった。紙人形は人魂のような形をしていて、足が無く、両手にプラカードを持っている。そこにはこう書かれていた。『Welcome to Occult World!!「オカルトの世界へようこそ~!」と親切にもKが訳してくれる。見ると蓋の方に蝶番が二つともくっついていた。あれは最初から箱の方には固定されてなかったのだ。やられた、僕は騙されたのだ。「……ハナから嘘だと思ってるよーな奴に、ホンモンは見えねーんだよ。……あ、ちなみに箱の中で音出してたのは石コロな」そう言ってKは「うはは」と笑う。けれど、そこには嫌味だとかそういった感情は何一つ見えなかった。再び蓋を閉じ、箱を元に戻したKが右手を僕の方に差し出す。「握手」僕はたっぷり躊躇って、恐る恐るその手を握った。上下左右に振り回される。痛い痛い。「……お前、あの最初の挨拶で、学長のナナメ後ろに居た奴、……見えたろ。一人だけ全然違う方向見てたからよ」手を握ったままKがぽつりと呟いた。その言葉に、ああそうかと納得する。だからKは僕なんかに話しかけたのだ。僕が、話をする学長の後ろ、ここのホールに居る『気配』に気付いていたから。「見えては無いよ。……なんか居るなー、くらい」「上等上等。うはは、ま、そんなわけでさ。これからよろしくな。なんかお前とは長い付き合いになりそうだし」何時の間にか『○○君』から『お前』になっているのはまあ良いとして、それにしてもと僕は思う。小中高と友達が居なかった一番の『原因』が、大学生になってすぐ友達が出来るきっかけになるとは。世の中と言うものは分からないものだ。「ところでよ、週末、街の北西にあるって言う廃病院行くんだけど、来るよな」「え?……いや、僕、まだ足が無いから……」「大丈夫だって。今日は『面倒臭え』つって来てないけど、Sっていう俺のマブダチが車持ってっからよ。な、行こうぜ」後にこのSとも僕は強烈な出会いをすることになるのだが、それはまた別の話。気がつくと僕は廃病院行きを了承していた。この日うっかりKの友人になってしまったことがきっかけで、僕は大学生活の中で様々な体験をすることになる。まあその時はそんなこと知る由も無いのだがけども。ただ、何だか面白いことになりそうだな、という漠然とした予感があったことだけは、はっきり覚えている。それは、僕にとって今までに感じたことのない光。やはりKは嘘つきだった。鍵はちゃんとあの箱の中に入っていたのだ。『Welcome to Occult World!!』
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