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首あり地蔵
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長編14分
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「なあ、お前ら『首あり地蔵』って知ってるか?」数年前の話になる。僕らは当時大学三年生だった。季節は夏。大学の食堂で三人、昼飯を食べていた時だ。怪談好きなKが、雑談のふとした合間に話しだしたのが、そもそもの始まりだった。「首あり地蔵ってお前、そりゃ普通のお地蔵様だろ」僕の隣に座って味噌汁を飲んでいたSが、馬鹿にしたように言う。 KとSと僕。Kはカレーの大盛りで、Sはシャケ定食で、僕は醤油ラーメン。いつものメニュー、いつものメンバーだった。でも確かに『首なし地蔵』だったならば、はっきりとは思い出せないが、何かの怪談話で聞いたことがあるかもしれない。話のネタにもなるだろう。しかし、Kは『首あり地蔵』と言ったのだ。Sの言う通り、それは首のある普通のお地蔵様だ。「ちげぇんだよ。あのな、その地蔵の周りには、もう五体地蔵があってな。『首あり地蔵』の一体以外は、全部頭がねえんだってよ」なるほど。だから『首あり地蔵』か。僕はその様子を想像してみた。六体の地蔵の内、一体だけにしか首が無い。「ねえ、何でそうなってんの?」「それがな、その一体だけ首のある地蔵が、他の地蔵の首をチョンパしたっつう話なんだよ。これが」そう言ってKは舌を出し、スプーンで自分の首を掻っ切る仕草をした。「でも、そんなことして、地蔵に何の得があるんだよ」「さあ?知らねえよ。お供えモン独り占めしたかったとかじゃね?」Kがそう答えると、Sが、ごほっごほっ、と咳をした。それからポケットティッシュを取り出し口元を拭うと、「……馬鹿野郎。喉につかえたじゃねーか」「何だよ、俺のせいかよ」不満げなKに「お前のせいだよ」とSが言う。僕はというと、その地蔵に少し興味を抱き始めていた。「で、Kさあ。その首あり地蔵については、他になんかないの?」「ああ、あるぞ。なんてったって、『首あり地蔵』は人を襲う」その瞬間、再びSが咳き込んだ。「夜な夜な動き出してさ、人の首を刈り取って来るらしいぜ?『要らん首無いか……要らん首無いか』ってぶつぶつ言いながら。寺の回りを徘徊してんだとよ」「……もうやめてくれ、今の俺は呼吸困難だ」Sは咳き込んだせいか涙目になっていた。「何だよS。ロマンがねーな。俺の話が信じられねーのかよ」「何がロマンだボケ。K、お前、すぐにでもその地蔵に謝ってこい」「それだって!」とKが大声を出したので、僕は驚いた拍子にむせたら、ラーメンの切れ端が鼻から出てきた。久しぶりだこんなこと。「今日の夜、行こうぜ?確かめるんだよ、俺たちで。噂が嘘なら、何ぼでも謝ってやるからよ」とKが言う。Sは呆れたように天井を見上げた。また始まった、と思ってるんだろう。Kはそういうスポットに行くことを好む、所謂肝試し好きなのだ。今までだって、Kが発案し、僕が賛成し、Sが引っ張られる形で、そういういわく付きの場所に足を運んだことが何度もある。「んじゃあ、今日の夜は、首あり地蔵で肝試しってことで、決まりな」Kが強引に話を進める。Sが救いを求めるように僕の方を見た。僕はラーメンをすすりながら、Sに向けてニンマリ笑って見せる。Sは半笑いのまま力なく項垂れ、黙って首を横に振った。「……というか、その地蔵近くにあるのかよ」「おう。○○寺ってとこ」その名前を聞いた時、うなだれていたSの首が少し上がり、眉毛がピクリと動いた。そうしてから、隣に居た僕くらいにしか聞こえない程の声で、「そうか。○○寺か……」と呟いた。僕は一体何だろうと思ったのだが、あいにくその時は口の中一杯にラーメンが詰まっていたので、それを聞くことは出来なかった。その後は聞くタイミングを掴めぬまま、あれよあれよと言う間に具体的な集合場所と時間が決定した。こういうときのKの手際の良さはすさまじいものがある。但し、普段はまるで発揮されないのが痛いところだ。こうして僕らはその日、○○寺の首あり地蔵の元へと足を運ぶことになったのだ。夜中、僕らはそれぞれ個別に、○○寺がある山のふもとで集合ということになっていた。○○寺は僕ら住む街を一望できる小高い山のてっぺんに、展望台と隣接する形で建っている。寺までは数百段の石段が続いており、僕は知らなかったのだが、目的の地蔵はその道中にあるそうだ。集合時間は十一時。時間を守って来たのは僕だけだった。十五分待って、バイトで遅れたと言うKと、寝坊したと言うSがほぼ同時にやって来た。熱帯夜だと言う蒸し暑い夏の夜、僕らは三人は懐中電灯を片手に汗だくになりながら、地蔵があるという場所に向かった。特に僕は日ごろの運動不足がたたってか、前を行く二人を追いかける形で、ひーこらひーこら言いながら石段を上っていた。山の中腹を少し過ぎた頃だっただろうか、「おーい、早く来いよ。あったぞー」というKの声が、大分上から響いてきた。僕が二人に追いつくと、そこは石段の脇が休憩のためのちょっとした広場になっており、地蔵はその広場の端に六体、横一列に並んでいた。僕は乱れた息を整えてから、地蔵をライトで照らす。確かに、僕の腰よりちょっと背の低い地蔵たちは、右から二番目の一体を除いて、残りは全部首が無い。「これで、一つはっきりしたな。少なくとも、この地蔵は夜な夜な徘徊はしていない」SがKに向けて、からかい半分の口調で言う。「ごめーんちゃい!」「くたばれ」漫才コンビは今日も冴えている。「っていうか何だ何だー。つまんねーな。夜は地蔵さん、鎌でも持ってんのかと思って期待してたのによー」そりゃどこの死神だ、と思わず僕も突っ込みそうになった。「でもよ、ホントに他の地蔵は首がねーんだな」「何、K。お前ここ来たこと無かったの?」今日の話しぶりからして、僕はKがここに何度も来たことがあるものだと思っていた。「いんや。噂で聞いてただけ、面白そーだからさ。見に来てーなーとは思ってたけどよ。ちょっと拍子抜けだなー」「……この地蔵はな、正式には『撫で地蔵』っつうんだよ」ふと、Sが呟くように言った。「なんだよ。お前この地蔵に詳しいの?」「ん、ちょっとな。見ろ、この地蔵、頭テカってるだろ」Sが懐中電灯の光で地蔵の頭を照らす。そう言われれば、この地蔵の古ぼけた身体に対して、頭だけは比較的小奇麗だった。「触ってみりゃもっと良く分かるんだけどな。元々願掛けしながら撫でると、その願いが叶うって言われの地蔵だから、撫でられすぎてそうなったんだ」そうなのかと思った僕は、そっと首あり地蔵のつるつる頭を撫でてみた。何だかボーリングの玉を撫でている感じだ。撫で心地は中々いい。「今でも、知ってる人は知ってるんだけどな。昔はもっと有名だったらしいな。○○寺の撫で地蔵って言えばな。けど、そのせいなんだよ」Kも僕もSの話を黙って聞いていた。何だか昔話を語る様な話しぶりは、普段のSとは少しだけ違っている様な気がしたのだ。「三十年くらい前の話らしい。六体全部の首だけが盗まれるって事件があった。綺麗に首だけ取られてたんだってよ。犯人は分かってない。ただの愉快犯か、それとも、撫で地蔵のご利益を独占したい輩でもいたんだろうな」「……おいおいおい、ちょっと待てよ。じゃあ、この首は何なんだ」Kが言う。それは僕も思った。当然の疑問だ。「職人に頼んで、地蔵の首だけすげ替えたんだとよ」僕は改めて地蔵を見てみた。言われてみれば、首の辺りに多少のヒビがある様にも見える。頭だけ小奇麗なのも、人々に撫でられるだけが理由じゃないということか。「でも、修復したっていっても、首の部分はやっぱり弱くなってたんだろうな。それ以降も、皆に撫でられ続けた地蔵の首は、一体ずつ取れていったんだ。二度目は寺の方も直す気が起きなかった。……それにしても、まさに身を呈して民衆を救うか、地蔵の本懐だな」そこまで聞いて、僕は少し不思議に思った。Sのこの地蔵に関する知識に対してだ。予め予習してきたにしても、知り過ぎてはいないだろうか。隣の鈍いKだって、そう思ってたに違いない。そんな僕らの疑問を察したらしくSは若干バツが悪そうに頭を掻いた。「俺が小さい頃はな、まだ二体は残ってたんだよ。首」とSは言った。「実はな。五体目の首もいだのって、俺なんだ」意外な展開と言えばそうだったかもしれない。でもSの語り口からは、そんなに罪の告白だとか、そう言った重々しいものは感じられず、ただ単に昔の失敗談を語っている様な、そんな口調だった。「昔、家族とこの寺に来た時にな、地蔵の頭撫でたんだよ。願いながら撫でると、その願いが叶うっていう地蔵だろ?俺はひねくれたガキだったから、撫でながら言ったんだ」「何て言ったんだ?」Kが訊くと、Sは肩を竦めて、「もげろ」「……は?」「『もげろ!』って叫んだんだ。撫でながら。そしたら、もげた。本当に」Sの話によると、ごり、と音がして、手前のSの方に地蔵の首が落ちてきたのだそうだ。その時はまるで地蔵が頷いた様に見えたとSは言った。「まあ、たまたま俺が撫でた時と、限界が重なっただけだろうけど。それでもあの時は本気で驚いた。これがご利益か、とか思ったよ。そのあと、上の寺から坊さんが来てさ。すげえ怒られたな」と言いながらSは地蔵の前にしゃがみこみ、その頭に手を置いた。そうしてゆっくりと地蔵の頭を撫でながら、叫ぶでもなく、呟くでもなく、全く自然にその言葉を口にした。「こう……、『もげろ』ってな」ぼり。鈍い音がした。次の瞬間には、地蔵の頭はあるべき場所に収まっていなかった。どさり、と地面に重量のある物体が落ちる音。「うわ」とは僕の声。Sは手を前に差し出したままの状態で地蔵を見つめていた。「おおう!マジでもげやがった」Kが感嘆の声を上げる。「とまあ……、こんなこともある」Sはあくまで冷静を保っていた。Kが落ちた首に近寄って「どーなってんだ?」とつついている。僕はこの目の前で起きた現象をどうとらえればいいのか、イマイチ判断がつかずにいた。今日という日の夜、S撫でられ限界を突破してしまったのか。それとも、地蔵がSの願いを聞き入れたのか。「……帰るか」ゆっくりとその場に立ち上がりながら、Sが唐突に呟いた。「え、地蔵は、どうすんのさ?」「どうにもならん」「え、ええー……?」Sは本当にこのまま帰るつもりだった。かといって僕にもどうすることもできない。弁償の件が頭をよぎるが、「触れただけでああだ。風が吹いただけでもげてたよ」と、Sがこちらの心理を見透かしたような発言をする。しかし、となれば、このまますごすごと帰る以外の選択肢が僕にはない。帰るか。こうして首あり地蔵は、首なし地蔵になったのだった。めでたし、めでたし。とは、いかなかった。僕とSが戻ろうとしたとき、Kだけはまだ地蔵の首のところに居た。僕らはそれに気付かず、先に帰ろうとしていたのだが。「……要らん首、無いか?」声が聞こえた。振り向くと、Kが先ほど落ちた地蔵の首を両手に抱えて、無表情で立っていた。「え、何?」僕が聞き返すと、Kはまた言った。「要らん首、無いかえ?」その時のKの様子をどう表現すればいいのか。そんなハイレベルな冗談を言えるKではないし、それにいつものKで無いことだけは分かった。「あったら、もらうぞ?」「え、いや、ってか……」「おんしの首でも、ええぞ?」「無い」答えたのはSだった。「少なくとも、俺らは要らん首は持ってない」「……ほうか」Kが地蔵の首を地面に落した。どずん、と音がした。その瞬間、Kの体が電気が走ったかのように、びくん、と震えた。「……あれ……、何?んっ?え?俺、寝てた!?」Kは先ほどの自分の言動を覚えてないのか。「知るか。帰るぞ」Sはそう言って、さっさと広場を抜け、階段を降りようとする。「え、ちょっ、待てって!何?説明しろよ!」Sの後を、慌ててKが付いていく。僕はしばらくその場にとどまって、ぼんやりと地面に落ちた地蔵の首を見つめていた。不思議と怖いという感情はこれっぽっちも沸いてはこなかった。地蔵はまだ働くつもりだったのだろうか。人々の願いを叶えるために。そう言えばさっき地蔵を撫でた時に、僕は何も願いを思い描いてなかった。僕はふと思いいたって、地蔵の首を持ち上げた。重い。すげー重い。切断面を確認し、僕は地蔵の首を元通りの位置に置いた。そして撫でた。「く、くっつけよ~、くっつけよ~」そっと手を離す。首はまた落ちたりはしなかった。そろそろと後ずさり、僕は二人を追いかけてその場を後にした。その後しばらく経って、「○○寺の地蔵が、首のない地蔵が取り壊されたらしいぞ」とKから聞かされた。それって何体?とは聞かないことにしておいた。
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僕さん、ナイスフォロー。 しかし、Sさん意外に冷たいな...
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Sさん・・・冷静すぎん?ちょっと怖かったんだけど・・・?・・・ちょっ・・・よく呪われた人に普通に話せるね。びっくりしました
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