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友達からの葉書
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今から3年ほど前の出来事です。 当時、付き合っていた彼氏と同棲することになり、 お互い一人暮らししていた部屋を引き払い、マンションに引っ越しました。 引っ越しの片付けが終わり、 私が郵便受けにセットするネームカードに名前を書こうとしていたら、 彼が「俺の名前は書かないで」と言うのです。 私は不審に思い、理由を問いただしましたが答えてもらえません。 そのことでちょっとした口論にもなりましたが、 彼が頑として譲らないので結局私が折れたのですが、 新聞とくだらないDMくらいしか郵便受けに届くものはなかったので、 そんなことがあったことさえすぐに忘れてしまいました。 同棲を始めて半年ほどたったある日、 朝いつものように新聞を取りに行き、 一緒に入っているDMだとかチラシだとかと一緒に持って部屋に戻ると、 戻ってきた私を見て彼が「あっ!」と驚いた声を上げました。 私が「何」と聞く間もないほど素早く、 彼は私の手から、ちょうど一番外側にあった葉書を取り上げました。 「それ何」と聞いても「なんでもない」としか答えず、 しつこく聞くと「なんでもないって言ってるだろ!」というようなことを言い、 そのまま寝室に戻ってしまったのです。 何なんだと思い寝室の方へ行くと、 彼が誰かと話している声が漏れ聞こえました。 そんなに高いマンションではないから、 ドア越しに部屋の中の声が少し聞こえてしまうのです。 彼は恐らく電話をしているようで、 「さぁちゃん」とか「住所が」とか「また来た」と聞こえました。 女とおぼしき名前が気にはなったけれど、 私は仕事へ行かなければならなかったので、無視して会社へ行きました。 仕事から帰ると、彼はまだ帰宅していませんでした。 私は朝のはがきのことを思い出しました。 悪いと思わなかったわけではないけれど、 隠し事をされているのが癪だったので、 寝室に置いてある彼のデスクの周りを探してみることにしました。 それは、結構簡単に見つかりました。 「なんだこれ」と私は独り言を言ったのだったと思います。 その葉書にはもちろんマンションの住所と彼の名前が書いてあったのですが、 その字が変だったのです。 文字によって大きさはまちまちで、あっちを向いたりこっちを向いたり、 子どもの字と思われるようなものだったのです。 差出人の欄には、「○○さおりより」と書いてありました。 彼は一人っ子だから姪っ子はいないし、 そんな子どもの知り合いがいるなんて聞いたことがありません。 変だな、と思いながら葉書を裏返すと、私はますます意味がわからなくなりました。 葉書の裏面には何も書いてありませんでした。 いえ、正確に言うと、何が書いてあるのか分からなかったのです。 一面、茶色に塗りつぶされていたから。 それは絵の具のようなもので塗りつぶされているらしく、 さわっていた人差し指に茶色の粉のようなものが付着しました。 塗りつぶされた葉書というのはなんだか気味が悪く感じました。 これはいったい何なのだろうと考えていると、 玄関の扉が開く音がして、 私はとっさに葉書をポケットにしまい、寝室を出ました。 私は、帰ってきた彼の様子がおかしいことにすぐに気がつきました。 部屋に入ってくるときに何度もうしろを振り返ったり、 物音がすると異常なまでにびくっと反応したり、 とにかく落ち着きがないというか、何かにおびえているようでした。 次の日は休日だったので、どこかへ行こうと提案したのですが、 彼は相変わらず元気がなく、どこにも行きたくない、何も食べたくないと言いました。 私はだんだんイライラしてきて、彼を問い詰めました。 「大体昨日から何なの! さおりって誰!?」 私が怒鳴ると、彼はそれまで俯いていた顔を上げて「見たの?」と聞きました。 私はまずいことを言ってしまったかなと思い、 葉書を勝手に見たことを謝りました。 悪気はなかったけど、様子がおかしかったから気になったと言うと、 彼はその葉書のことを話してくれました。 ここから先は、彼から聞いた話です。 彼の両親は共働きだったため、 子どもの頃、夏休みになると決まってお父さんの実家に預けられたそうです。 その実家というのは北陸の田舎で、ゲームセンターもないような田舎でした。 だけど彼はそこへ行くのが大好きだったそうです。 近所には彼と年の近い子どもが数人住んでいて、 その中でも特に二人の子どもと仲良くなったからです。 その二人の友達のことを、彼は「さぁちゃん」と「りゅうちゃん」と呼んでいました。 三人は海へ行ったり、自転車に乗って遠くまで行ったり、 夏休みの宿題も少しだけやったり、毎日のように遊んでいたそうです。 りゅうちゃんと彼は同い年でしたが、 さぁちゃんだけは二つばかり年が上だったそうです。 ただ、さぁちゃんは少し身体が弱かったこともあり、 背丈は男の子二人よりも小さかったそうです。 さぁちゃんはスプレー式の吸引薬をいつも持ち歩いていたので、 今から考えれば小児喘息か何かだったのだろうと彼は言っていました。 彼が小学校4年生だった夏休みのある日、 昼間に彼の祖父の家でテレビで怖い話を見ていた3人は、 夜に肝試しをすることを思いつきました。 言い出したのはりゅうちゃんでした。 「今から神社に何か宝物を置いてきて、それを夜取りに行こう」 りゅうちゃんは、そんなことを言ったのだそうです。 恐がりの彼はいやだなと思いましたが、 弱虫だと思われたくなかったので、楽しんでいる振りをしました。 ともかく彼らは「宝物」として何を置いてくるか考えたのですが、 人形やおもちゃはなくなっていたら嫌だし、 何にしようと考えあぐね、最終的に絵はがきを選びました。 その絵はがきは祖父の引き出しの中から見つけたもので、 「日本風の、女の人が書いた絵はがきだった。 竹下夢二じゃないんだけど、そんな感じ」 と彼は言っていました。 目的の神社は、彼の祖父の家から自転車で少し行ったところにあったそうです。 3人はいつものように自転車に乗り、葉書を置きに行きました。 その神社はいわゆるお稲荷さんというのでしょうか、 建物自体もそれほど大きくはなく、 小さなお賽銭箱と境内があるだけの、ひっそりとしたものだったそうです。 彼らがそこを選んだ理由は、 神社やお寺は怖いという子どもらしい発想だけでした。 心霊スポットになっているわけでも、 いわくゆえんがあるわけでもない、普通の神社だったのです。 神社についた彼らは葉書を隠しておく場所を探し、 最終的にはりゅうちゃんの提案で、 お賽銭箱の向こうにある境内の、 廊下(?)の板と板の隙間に立てて差し込んでおくことになりました。 3人はわいわい騒ぎながら神社の敷地を出たのですが、 自転車に乗ろうとすると、さぁちゃんがついてきていませんでした。 さぁちゃんは彼らから10歩ほど後ろで、振り返って境内の方を見ていたようです。 「さぁちゃん、行こうよー」 こちらに背を向けたさぁちゃんに彼らは声をかけましたが、 さぁちゃんは振り返りません。 「大丈夫だって、誰もとっていかないよ。 だってこの神社、いつも誰もいないじゃん」 りゅうちゃんはそう言ってさぁちゃんをせかしました。 さぁちゃんがいつまでも振り返らないので、 彼はなんだか怖くなったそうです。 「さぁちゃん!!」 彼はたまらず、大きな声でさぁちゃんを呼びました。 するとさぁちゃんははっと振り返って、二人の方に走ってきました。 「早く帰ろう」 彼は自転車にまたがりました。 「うん、だって、神社の中から誰かこっちを見てたよ」 さぁちゃんは困った顔で言いました。 りゅうちゃんは「そんなことないよ」と笑っていましたが、 彼は本当は怖かったのだそうです。 「あのときやっぱりやめようと言えば良かったんだ。 葉書なんかどうだって良かったのに、捨ててくれば良かったんだ」 彼はその話をしながら震えていました。 たばこを吸いながら話していたのですが、 指先が震えてはらはらと灰が舞いました。 私はティッシュで何度も灰皿の周りをぬぐいました。 ともかく、子どもたち3人は親たちが寝静まってからこっそり家を出ました。 怖くなかったのかと聞いてみると、 怖いというより家の者に黙って夜外出するという、 初めての冒険のスリルの方が勝っていて、 誇らしいようなどきどきするような、そんな気持ちだったそうです。 夜の神社は、昼見るよりずっと不気味だったそうです。 田舎ですから街灯もまばらで、 さらに神社の敷地内はうっそうと木が茂っていたので、 ほとんど光が届かず、いやに境内が大きく見えたそうです。 鳥居からお賽銭箱まではほんの数十メートルの距離でしたが、 木に囲まれた暗い敷地に入るのは、勇気の要ることでした。 りゅうちゃんの持ってきたたった一つの懐中電灯は頼りなく、 彼は汗びっしょりになってさぁちゃんの手を握りしめました。 3人はしばらく手をつないで神社を外から眺め、 りゅうちゃんの「行こう」という合図で敷地に入りました。 敷地の中は風の音がより大きく聞こえ、 どれも大きな木だというのに、風でぐらぐらとしなっていたそうです。 りゅうちゃんは小さい声で冗談を言って、 無理に明るく振る舞おうとしているのが見え見えでした。 さぁちゃんは、何も言わずにただついてきました。 彼は、心の中でできるだけ明るい歌を歌っていたそうです。 お賽銭箱にたどり着くと、りゅうちゃんが「あれっ」と叫びました。 境内の板の隙間に挟んでいったはずの絵はがきが、 お賽銭箱の上に置いてあったからです。 「何だよ、やっぱり誰か見てたのかな?」 りゅうちゃんがそう言って絵はがきを手に取り、 懐中電灯で照らしました。 「うわぁ!!」 りゅうちゃんは慌てて絵はがきを振り払うようにしました。 彼はりゅうちゃんの落とした絵はがきを拾い上げ、 絵のある面を見て、血の気が引きました。 絵はがきに描いてあった絵が、真っ赤に塗りつぶされていたのです。 私はそこまで話を聞いて、 「そんなの誰かのいたずらでしょう。 そのさぁちゃんって子が言った通り、誰かが見ていたんじゃないの」 と言いました。 すると彼はなおも震えながらこう言いました。 「だって、おかしいじゃないか。 あの日はすごく風が強くて、 大きな木がぐわんぐわんゆれて、落ちた葉っぱが舞ってたんだ。 なのに、どうしてあんな葉書だけ賽銭箱から吹き飛ばされなかったんだよ?」 そうして彼はまた、話を続けました。 葉書を見た後、彼らはうわーとかぎゃーとか言いながら、一目散に駆け出しました。 神社の敷地の外まで一気に走り出ると、 「さぁちゃんが来てない!」とりゅうちゃんが叫びました。 二人が後ろを振り返ると、さぁちゃんがお賽銭箱の前にうずくまっているのが見えました。 「さぁちゃん!早く!帰ろう!」 「何してるんだよう!さぁちゃん、こっち来いよ!」 夜中だということも忘れて二人は大きな声でさぁちゃんを呼びましたが、 さぁちゃんはうずくまったまま動きません。 りゅうちゃんは泣いていたそうです。 彼は、自分も泣いていたかもしれないけどわからない、と言っていました。 二人はまたお賽銭箱へ引き返し、さぁちゃんに走り寄りました。 さぁちゃんは絵葉書を片手につかんだまま、 げえげえと何かを吐くような音を出していました。 「さぁちゃん!行こうよ!」 りゅうちゃんは泣きながらさぁちゃんの腕を引っ張りましたが、 さぁちゃんは地面に膝をついてげぇげぇ言っているだけで、動きません。 「さぁちゃん、薬は?シューッてするやつ、どこ?」 彼はさぁちゃんが喘息の発作を起こしているのだと思い、 さぁちゃんの顔をのぞきこんで尋ねました。 しかしさぁちゃんは何も言わず、しまいにうぐううう、うぐうううと唸り、 苦しげに地面を掻きむしり始めたのです。 「父ちゃん呼んでくる!」 りゅうちゃんはそう言って神社を駆け出していきました。 彼はそのとき、神社に取り残されることよりも、葉書よりも、 ただ大人たちに怒られることが怖かったのだそうです。 彼はさぁちゃんの背中をさすりながら、 大丈夫?大丈夫?と繰り返すしかできませんでした。 すると突然、さぁちゃんが彼の腕をぎゅっと掴みました。 そして彼の方に顔をちかづけて、 「びょうおん」 と言ったのだそうです。 正確には覚えていないけれど、そんな音だったようです。 彼は、そのときのさぁちゃんの顔が忘れられないと言います。 さぁちゃんは白目を剥いて口の端からよだれをたらし、 反響しているような低い声でその不思議な言葉を言ったのだそうです。 彼は叫ぶことさえ出来ずに固まってしまいました。 「夜中にそんなことするからだ!泣くな馬鹿!」 大人の怒鳴り声がしてはっと我に帰ると、 大泣きしているりゅうちゃんを連れて大人たちが敷地に入ってくるところでした。 さぁちゃんはまたうずくまってげぇげぇ吐いていました。 さぁちゃんはりゅうちゃんのお父さんに抱えられて、 あとの二人は泣きながら大人たちについて帰ったそうです。 りゅうちゃんと彼は次の日こっぴどく叱られたそうです。 説教が済んだ後、彼は「あの絵葉書は何?どうなったの?」と聞いても答えはなく、 さぁちゃんのことを聞いても「病気でしばらくは遊べない」というだけで、 詳しいことは聞けなかったのだそうです。 その後、夏休みが終わって彼は家に帰ることになりました。 見送りの日、りゅうちゃんは「来年もまた来いよ」と言いましたが、 実際にはそれがりゅうちゃんと会った最後になりました。 彼は、次の年から田舎に行くのをやめてしまったのだそうです。 「そんなに葉書が怖かったの?」と聞くと、彼は首を横に降りました。 彼はあの年、夏休みが終わる前に恐ろしいものを見たのだそうです。 真っ赤に塗り潰された葉書より、はるかに恐ろしいものを。 絵葉書事件の数日後、彼は一人でさぁちゃんの家をたずねました。 彼は彼なりに、さぁちゃんが病気になったことを気に病んでいたのだそうです。 しかし、さぁちゃんの家には上げてもらえませんでした。 「さおりはもう、ひろくんたちとは遊ばないから」 玄関に出て来たさぁちゃんのお姉さんは、にべもなくそう告げました。 さぁちゃんにはかなり年の離れたお姉さんがいて、 そのお姉さんはいつも3人にとても優しかったので、 彼はその冷たい対応にショックを受けたと言っていました。 おそらく、彼はそのお姉さんのことが好きだったのでしょう。 彼はそうは言いませんでしたが、 そのお姉さんが彼の初恋だったのだと思います。 面会を断られた彼は、さぁちゃんの家の裏庭に回りました。 さぁちゃんの家は大きな平屋で、窓からならさぁちゃんが気付いてくれると思ったのです。 裏庭にある大きな岩の陰からさぁちゃんの部屋を覗くと、 さぁちゃんは一人で布団に座っていたそうです。 「さぁちゃん」と声をかけようとして、彼はそれを飲み込みました。 さぁちゃんが突如、自分の体を掻きむしり始めたからです。 パジャマをまくって腕をかきむしったり、ばりばりと激しく顔を掻いたり、 掻いたところからは血が出ていたそうです。 彼はぎょっとして、ただ外からさぁちゃんを見ていました。 「きゃははははははははは きゃはははははははは」 さぁちゃんは突然、身体をかくのをやめて、けたたましく笑い出しました。 それは外にいてもはっきり聞こえるほど大きく、甲高い声でした。 彼は岩陰でがたがた震えていました。 さぁちゃんは座ったまま少し顔を上げて、 口を歪めるようにして笑い続けています。 さぁちゃんの笑い声を背中に聞きながら、彼は転ぶように走って祖父の家へ逃げ帰りました。 そして、生まれて初めて早く夏休みが終わればいいと願い、 来年からはもう二度とこの土地にはこないと決めたのだそうです。 「目が、笑ってなかったんだよ」 彼はその話をしながら、ぎゅっと自分の片腕をにぎりしめました。 彼はいつのまにかびっしょりと汗をかいていて、 それなのに顔は真っ青になっていました。 それが彼の元に届いた葉書とどう関係があるのかと思われるでしょうか。 話が長くてすみませんが、もう少しだけ続きを聞いてください。 その後、さぁちゃんとはもちろんりゅうちゃんとも疎遠になってしまったため、 あの肝試しの日の恐ろしい出来事も、さぁちゃんの家で見た不気味な光景も、 時が経つにつれて彼は忘れてしまったそうです。 忘れたというか、思い出さなくなったというべきでしょうか。 しかし、彼が大学入学を機に上京した年の秋、 彼のもとに突然りゅうちゃんから電話がかかって来たのだそうです。 「さぁちゃんがいなくなった」 りゅうちゃんはそう言いました。 さぁちゃんはあの後学校にも来なくなり、ずっと家にこもっていたそうです。 ただ、りゅうちゃんも地元の中学を卒業後、 進学校に通うために県内の別の地域に下宿していたため、 中学以降のさぁちゃんのことはあまりよくしらないようでした。 「急に電話なんかして悪いとは思ったんだけど、 ほら、あんなこともあったしさぁ・・・。 でも、律子さんがおまえに連絡しろって聞かないんだよ」 律子さんというのは、さぁちゃんのお姉さんです。 「なんで?俺ずっとさぁちゃんには会ってないよ」 「知ってる。でも律子さんが、 さぁちゃんはひろくんのところに行ったかもしれないって」 「知らないよ!だって・・・」 彼は、最後に見た不気味なさぁちゃんの様子を口走りそうになり、 慌てて口をつぐみました。 「そうだよな。でも律子さんが、さおりはひろくんが好きだったし、 あの後もひろくんはいつ来るの?って夏になるたびに言ってた、なんて言うから断れなくて」 握り締めた受話器が、あせでぬるぬると滑りました。 さぁちゃんが来たら、と思うと恐ろしくて眠れなかったそうです。 しかし、さぁちゃん本人がやってくることはありませんでした。 その電話から10日ほどして、彼が大学から帰ってくると、 郵便受けに一通の葉書が届いていました。 それには子供の字で宛名と宛先、そして差出人として「○○さおりより」と書いてありました。 驚いて葉書を裏返すと、裏面は茶色く塗り潰されていました。 そして、塗り残した部分や色の薄いところから、 見覚えのある絵が覗いていました。 そう、それは彼らがあの肝試しで使った、あの古い絵葉書だったのです。 彼は手にじっとり汗をかきながら、葉書を部屋に持ち帰りました。 気味が悪かったけど、捨てたらもっと悪いことが怒る気がしたから。 その後、毎年同じ時期になると彼の元にはさぁちゃんからの葉書が届くのです。 いつも同じように、一面茶色に塗った不気味な葉書が。 彼は、私と一緒に暮らし始めたとき、 これでさぁちゃんの葉書から開放されると思ったそうです。 そういえば、私が学生時代の恩師や友人に転居の連絡をしていても、 彼がそんな連絡をしているのは見たことがありませんでした。 彼はさぁちゃんがどこかで見ているかもしれないと思ったから、 だから郵便受けに名前を出すのを拒んだのでしょう。 でも、さぁちゃんからの葉書は届いてしまったのです。 しっかりと部屋番号まで入った宛先で、 幼い子供の字体のまま、さぁちゃんは彼に葉書を送り続けているのです。 さぁちゃんは行方不明のまま、未だに見つかっていません。 でも、最初の葉書は一体何だったのでしょう? さぁちゃんは神社で何を見たのでしょう? さぁちゃんがおかしくなったのは、そのせいなんでしょうか? びょうおん、って一体何のことなんでしょう? さぁちゃんはどうして彼の住所を知っているのでしょう? 分からないことだらけですが、 たった一つだけわかることがあります。 それは、来年も再来年もその次も、 彼の元にはさぁちゃんからの葉書が届き続けるだろうということです。
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