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廃屋探検
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小学生の頃、俺は友達と2人で廃屋探検に行きました。 ターゲットは町内でも田舎な地域にある家で、結構新しいのに無人。前の住人が自殺したとか殺されたとか、そういう噂が立っている所でした。 学校が終わってすぐ、その家へ向かう段取りだったのに、俺が職員室に呼ばれて説教を食らっていたせいで、出発がずいぶん遅れました。しかもコンビニ寄って立ち読みしてたりで、現場に到着したのは夕方6時頃。 広い産業道路沿いの一角に塀に囲まれた一軒家です。周囲の空き地はススキが茂り放題で、いかにも空き家って雰囲気。 俺は「遅くなると怒られるよなー」とチキン入ってたんですが、友達はやる気満々です。軽々と塀を乗り越えた友達は、早速玄関のドアをガンガン引っぱりました。 でも開かない。 二人で手分けして入る所を探したんですが、窓は雨戸用のシャッターが閉まっているし、裏口にはカギが掛かっているしで、とても入り込めそうにありません。 この時点で俺は半分諦めてたんですけど、相変わらず全力投球な友達に気を遣い、一応やる気のカケラぐらいは見せておこうっていう軽い気持ちで、「引いてダメなら押してみろってな」なんて言いながら玄関のドアを押してみました。 すると、信じられないことにあっさりと開きやがったんです。 「マジか!ウッソやろぉ!」 友達がダッシュで駆け寄ってきました。ボルテージは最高潮です。 「これは何かあるでぇ・・・」などととつぶやきながら、余裕の土足で上がり込んで行きます。しかたなく、俺も後から家の中に入りました。 初秋で外は結構明るかったのに、家の中は薄暗い、と言うよりほとんど真っ暗でした。俺の持ってきたキーホルダーの豆球が頼りです。探検ムードは盛り上がるばかり。 「うわ!」 突然、ある部屋の入り口で、先行していた友達が後ろに飛び退きました。 恐る恐る中を覗くと、部屋の真ん中に人影が立っていました。俺らとタメぐらいの子供が、懐中電灯を持ってこっちをジーッと見ています。白っぽい服を着た、見慣れない顔の女の子でした。 「お前、誰や?」 友達が聞きました。 でも、返事はありません。 「なにしてるんや。」 今度は俺です。 「探検。」 その子がポツリと言いました。 「何時ここに入ったんや?」 また友達が聞きましたが、女の子はそれを無視して「ここはまだ入り口なの。でもこの奥に・・・」と、そこで言葉を切り、部屋の奥にあるドアを指さしました。 「一緒に行きましょう。」 それを聞いた友達は、その扉に向かって突き進んで行きます。俺は気味が悪かったけど、仕方なくあとに続きました。 女の子が俺の後ろからついてくる気配がしました。ドアを開けると、机と椅子が置いてあるだけの書斎みたいな部屋でした。別に変わった感じはしません。 「なんも無い、フツーの部屋やな。」 友達が言いました。 「残念~」 突然、女の子が妙に明るい声を出し、俺はなぜかゾクっとしました。 「ここのアイテムは私がゲットしましたぁ~」 そんな風に言って、ポケットから写真を何枚か取りだしました。 「なんやそれ?」 「壁に貼ってあったの。」 そう言って見せてくれた写真は、おっさんが何人か写ってる写真でした。ただ、どの写真も背景がべったりと黒一色に塗りつぶされていて、それが不気味でした。 「うふふふ・・おかしな写真よねッ」 女の子の妙に明るいノリも気になります。 「次はこっちよ。」 俺たちは、女の子に引っ張られる形で家の中をうろつきました。どの部屋もほとんど真っ暗なんで、俺の小さいライトで届く範囲しか見えません。 女の子はなぜか懐中電灯を点けようとしない。それでも目が慣れてくると、なんとなく様子がわかるようになってきました。 なんて事のない、普通の部屋ばっかりでした。いい加減飽きてきて、「もう帰ろう」と言いかけたところで、廊下の突き当たりのドアの前に来ました。 そのドアが変です。よく見ると、ドアの上の方、ちょうど小窓がありそうな辺りに分厚い木の板が釘で打ち付けてあります。 ノブの所には蝶つがい式の鍵と南京錠。まるで、何かを閉じこめているような様子です。 南京錠は外れていたんで、俺が鍵を外してドアを開けました。長い廊下が先に続いていました。両側は板が打ち付けてあるばかりで、外の様子は全然見えません。 「渡り廊下かな?」 俺、友達、子供の順で暗い廊下を先に進みました。 俺の後ろには友達がいるはずなのに、気配をあまり感じません。ずいぶん離れて、女の子が付いてきているようでした。 時折、後ろから声が聞こえます。妙に浮かれた口調で何か喋っていますが、内容はわかりません。 突き当たりにドアがありました。さっきのと同じようなドア。 小窓に板が打ち付けてあって、鍵も付いています。ただ、こっちの鍵は引きちぎられたように壊れていました。 それを見た時に感じたのは、ものすごくイヤな予感です。それなのに、俺は一気にドアを開けたんです。 真っ黒な部屋でした。真っ暗じゃなくて真っ黒。 壁や床、天井もそうだったと思うけど、全てが真っ黒に塗りつぶされた部屋です。隅の方に写真が立てかけてありました。 遺影みたいな感じの人の写真。でも、はっきりとは見えませんでした。 それよりも目を奪われたのは、ドアから見て右側の壁。そこに押入があって、こっち側の戸が開いていました。 中にはキノコが生えています。ヌルヌルとした粘液にくるまれた、赤黒い小さなキノコ。 それが、びっしりと押入の床や奥の壁まで覆い尽くしていました。押入の床も壁も、ヌメヌメと光るゲルにまみれて、内臓みたいに見えました。 出来の悪い悪夢のような光景に吐き気を覚えながらも、それに魅入られるかのように、いつしか俺は中に足を踏み入れようとしていました。 「あ~あ」 突然、耳元で声が聞こえました。 「入ったら死んでまうのに。」 低い男の声でした。背筋が急にゾクッとして振り向くと、目の前に友達の顔がありました。何とも言えない表情です。 悲しそうな、嬉しそうな、でもどこを見ているのか判らない虚ろな目。部屋の中の光景とは違った意味で、俺は吐き気をもよおしました。 それでも、勇気を振り絞って目の前の友達に声をかけようとしました。 「おい・・」 その時、足首のあたりがヒンヤリとした何かに包まれました。 そのままグッと締め付けてくる、ヌルリとした柔らかい感触。何かが、部屋の中から俺の足首を掴んでいる! 「うワァアァァア!」 俺は思わず悲鳴を上げ、友達を押しのけて廊下を走りました。 前方の暗闇に女の子の姿が見えます。あたりに響き渡る甲高い笑い声。 もう恐ろしくて気が狂いそうでしたが、無我夢中で走りました。どこをどう走り抜けたのか、気がつくと俺は外に出ていました。 しばらく走って、道路沿いの自販機コーナーでようやく一息つきました。ズボンをまくり上げ、自販機の明かりで照らして見ると、足首に異常はありませんでしたが、逃げ出す時にあちこちぶつかったのか、傷や痣がたくさん付いていました。 廃屋であったことについて俺が覚えているのはここまでです。あとは、家に帰るのが遅くなって親にひどく叱られたことぐらい。 多少の脚色はありますが(セリフとか言い回しとかね)95%くらいは本当にあった出来事です。こうやって整理してみると、あらためて気付いた事があります。 それは、記憶がかなりいい加減だなってことです。何というか、アンバランスで「いびつ」なんですよね。 カギの掛かったドアや、女の子に見せてもらった数枚の写真。そういうディテールは、細かいところまではっきり覚えているんですけど、家の中の様子なんかは曖昧な記憶しかない。 ただ、感触っていうか感情っていうか、怖いとか、気持ち悪いとか、そういう記憶が残っているだけなんです。廊下の突き当たりの部屋に関しても、黒い部屋だっていう印象ばかりが強くて、中がどうなっていたのかは、殆ど覚えていない。 部屋に写真があったのは見てるけど、どんな写真なのかはわからないんです。ドアを開ける前のイヤな予感だったり、足を掴まれた時の感触だったり、そういう自分の感じた事は、昨日の事のように蘇るんですけどね。 例外は、押入の中の光景と耳元の低い声、振り向いた時の友達の表情。特に友達の顔は、目に焼き付いて離れない位ハッキリと覚えていたんです。 ところが、あのあと友達がどうなったのかは覚えていない。だから、気になって調べようと思ったんですよ。 それが3日前の話です。名前もわからないんで、卒業アルバムで顔を探そうってパラパラめくりました。 そしたら居ないんです、記憶の中の顔と一致する奴が。そんなはずはない。 あの時学校で待ち合わせして一緒に行ったんだから、絶対同じ学校に居るはずだって、何回も見直したんだけど、居ない。そこで、あらためてその友達の顔を思い出そうとしたんですが、黒い部屋の前で振り向いた時に見た顔以外、全然思い出せない。 虚ろなあの表情が、俺の中に残された記憶の全てでした。それだけじゃないんです。 ずっと仲の良い友達だったと思ってたのに、そいつと一緒に遊んだ思い出が、その廃屋へ行った時のものだけだって事に、その時初めて気付いたんです。 「そんなアホな・・・」 そう思って、もう一度アルバムを繰るうちに、あるページのところで手が止まりました。 そこには、あの廃屋にいた女の子の顔写真が載っていたんです。慌てて他のページも確認しました。 その顔は、卒業アルバムのいたるところに載っていました。名簿には、ちゃんと名前も住所も書いてあります。 正体不明だと思っていた女の子の存在を確認した事で、俺の記憶は、いよいよアヤフヤなものに成り下がりました。少し迷ってから、俺はその女の子(仮にAとします)に連絡を取る事にしました。 幸い母親がAの携帯番号を教えてくれたので、早速電話してみました。最初は怪訝な口調だったAも、事情を話すと「ああ、あの時の・・・」と思い出したようでした。 てゆーか、聞いてみるとAはあの時のことを克明に覚えていました。Aはあの日、あの廃屋の近所に引っ越してきました。 で、あたりをブラブラするうちに廃屋を見つけたAは、塀の隙間から中に入り、すでに開いていた玄関から上がり込んで、探検を始めました。やがて書斎みたいな部屋で、数枚の写真を見つけました。 それを見ているうちに、持ってきた懐中電灯の明かりが消えてしまった。それで少し怖くなり、探検を続けるか迷っているところで、誰かが玄関のドアを開ける音が聞こえてきました。 てっきり「大人が入ってきて怒られる」と思って身を固くしていたところへ、現れたのが自分と同じくらいの年頃の子供だったので、ホッとしたそうです。安堵感でちょっとハイになったAは、探検を続けるように持ちかけました。 (あの時のちょっと芝居がかった仕草は、多少の演技を交えて好奇心を刺激する、Aの作戦だったわけです。女ってのはつくづく怖い生き物だと思う。) その甲斐あって、現れた子供とAは一緒に家の中を探検し始めました。 「そこで二人になったから、探検続けてしもたんよ。あそこで止めてたら・・」 「え??ちょっと待って」 俺はあわてて聞き直しました。 「二人って・・・」 「だから、私と**君(俺の名前)の二人やんか。他に誰が居るっていうの?」 一緒に廃屋を彷徨ううちに、Aは俺の行動がおかしいことに気が付きました。誰も居ない方向に向かって話しかけたり、誰かの後を追うように歩いたり。 そういうのが気持ち悪くて、Aは少し離れて俺の後ろを付いて回りました。やがて、あの渡り廊下にさしかかったあたりで、喋り声が聞こえてきました。 Aはてっきり俺が独り言をつぶやいているんだ、と思ったそうです。 「こいつ本当に大丈夫か?」 Aの恐怖心は一気にふくれあがりました。 そして、俺が黒い部屋のドアを開いた時、Aはものすごい悪臭を嗅いだのです。思わず口を押さえ、後ろを向こうとした時、低い男の声で「・・死んでまうのに。」と言うのが聞こえました。 見ると、俺が虚ろな目をしてこっちを向いている。 真っ黒な部屋を背にした俺は、背景を黒く塗りつぶされているように見えました。まるで、あの写真のように。 それで、Aは振り向いて逃げ出したのです。俺と同じく、夢中で逃げるうちに、いつしか自分の家の前まで来ていたそうです。 Aはそれからしばらく、悪夢に悩まされました。その後、学校で俺を見かけることはあっても、あの時のことを思うと、声を掛ける気にはならなかった。 だから、今日までの俺はAの事を覚えてなかったんです。最後にAがこんな事を言いました。 「でもね、こういうこと言ったら何やけど、**君のいう友達っていうの、今も居るんだよきっと。」 「え?」 「ホラ、さっき『二人?』って聞き直した時あったでしょ?あの時、**君の声にかぶってたよ。『マジで・・』って。低い男の声。」
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