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荒れた天気の日に
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中学の頃の話。 自称見える人の霊感少女Tがウチに遊びに来たのは、今思えばほんの数回のことだったと思う。その数回のうちほとんどが、天気の悪い日だった。 曇りとか雨とか、ひどい時は雷が鳴っていたり。どんなに朝晴れていても、Tが遊びに来る=天気が悪くなる、というのがお馴染のパターンだった。 当時はそんなことにも何か霊的な事が関係しているのではないかとやたらドキドキしていたが、4月に彼女と同じクラスになって、その後仲良くなりお互いの家に出入りするようになったのが夏の始めだったのだから、梅雨やら台風やらが絶好調の頃だ。当然と言えば当然である。 秋晴れが続く頃には、自分達はわりと疎遠になっていたし。その日も曇っていた。 今にも雨が降りそうな、重く暗い曇り空。放課後、自分の家へTを連れて帰って怖い話を聞かせてもらっていた。 自分の部屋で雨戸を閉めて電気も消して、ベッドの上に並んで座りタオルケットをかぶって、真っ暗闇の中Tの怖い話を聞くのが、当時の自分は楽しみでしょうがなかった。今思えばなんとも暗い女子中学生だが。 『二階の自室で勉強していると、机の正面にある窓の上枠に、外から女の物とおぼしき白い手がかかる。続いて重力に逆らって頭の形をなぞる黒い真っ直ぐな髪が覗き始め、だんだんと額が見えるようになり、前髪の隙間にある眉が見え、いよいよその目が見えるというところで怖いのでカーテンを閉めた』とか。 『一つの部屋をカーテンで仕切って姉と一緒に使っている。夜中、カーテン越しに寝ている姉のうめき声が聞こえた。 悪い夢でも見ているのかと起こしてやるべく身を起こしかけるが、姉の声はそのうち知らない男の声になり、唸るような低音でぶつぶつと早口に何かを言い始めた。起こすのも怖いのでほっといて寝た』とか。 『下校中、よく誰も乗っていない軽トラが自分に向かって走ってくる』とか。『自宅のすぐ側にある焼き場の煙突から出る煙はよく人の形をしている。 大きな顔の形の時もあり、それは恐ろしい形相をしていることもある。色もそれぞれ違う』とか。 今はもうそのほとんどを忘れてしまったが、こんな調子で色んな話を聞いた。Tのおばあさんは青森の出身でイタコだったとか、その関係かTの家系の女性はみんな霊感が強いのだとかいう話も聞いたが、Tの体験談と共にその真偽の程は今も定かではない。 疑おうにも確かめる術は無く、自分はいつも興味津々に彼女の話に聞き入っていた。自分の部屋は、一軒家の自宅の階段を二階へ登ったすぐ突き当りにある。 二人で話し込んでいると、一階から階段越しに二階を見上げて、母が大声で声をかけてきた。「買い物に行ってくるからね」電話が鳴ったらちゃんと出てよ、と。 いつものやりとりだ。はーい、とこちらもその場から大声で返事をする。 Tの話で恐ろしさに呑まれていた心が少し晴れる。しかしそれとは逆に、母が出ていった頃から天気が悪くなってきた。 夕立だろう。雨戸を叩く微かな雨音が聞こえてきたと思ったら、ほどなくしてごうごうと唸るような暴風雨になった。 家の前を走る車のタイヤが水を跳ね上げる音がする。時折遠くからゴロゴロと聞こえるのは雷だ。 母が出かけた家は自分とT以外誰もいない。真っ暗な部屋に聞こえるのは雨音と、クーラーが必死に冷風を送り出す音だけだ。 怪談にはもってこいの雰囲気になった。いくつめかの話が終わり、もっと話して欲しいと自分がせがむと「あんまり怖い話ばっかりしてると寄ってくるよ」と言ってTはにやりと笑った。 そうでなくても内心既にかなりびくびくしていた自分は、そうと悟られるのも悔しいので「そんなの大歓迎だ」と痩せ我慢をしてみせ次の話を催促した。それを見透かしていたのかは分からないが、苦笑いを浮かべてそれじゃあとTは次の話を始める。 その時、電話が鳴った。ピリリリリ…ピリリリリ…雨音とは質の異なる高めの電子音が、ドア越しでくぐもっているものの耳障りな程によく聞こえた。 電話は一階にあるが、こうも音がしっかり届くと言うことは、母が自分のために子機を階段に置いていったのだろう。二階の部屋でドアを閉めているとよく電話の音を聞き逃す事があるので、母は自分に留守番させる時はよくそうした。 情けなくもその音にすら十分縮み上がった自分だったが、すぐに気を取り直すとベッドを降りてドアへと向かった。一瞬怯んだおかげで、誰かは分からないが少し相手を待たせてしまっている。 8畳程の自室のベッドとドアは、ほぼ対角線上にある。真っ暗でもそこは慣れ親しんだ自分の部屋だ。 5、6歩真っ直ぐ歩いてすぐ、手がドアノブに触れた。これをちょっと引けば、数時間ぶりに外の明るさに触れられる。 雨だけど。「待って」初めて聞く声だった。 否、それはTの声だったのだが。いつになく真面目で冷ややかな、有無を言わさぬ迫力のある、それまで聞いた事の無い声色だった。 言葉に従うと言うよりその声自体に驚いて、思わずドアノブを握ったまま振り返る。「…びっくりした、な」なに?と言い切る事はできなかった。 カラカラと乾いた音が聞こえたと思う間も無く、首をすくめてしまうような轟音。家も鼓膜もビリビリと揺らし、下っ腹に響く落雷独特のあの音。 部屋に稲光が刺し込んだ。自分はまだドアを開けていないのだが。 振り向いていた自分には調度、それに照らされたTが自分を見ているのが見える。違う、ドアを挟んで自分のすぐ隣。 今の轟音と同時に向こうからドアを叩き開けた何かを、Tは睨んでいた。勢い良く、しかしその勢いの割には十数センチだけ開いてぴたりと止まったドアに弾かれた右手が痛みで痺れている。 一瞬のうちに起こった出来事に、もちろん自分の頭は全く追い付けていなかったが、何かを睨むTの顔にビビってとりあえず後退りをしたらドアは普通に閉まって、部屋はまた真っ暗になった。「出なくてよかったね」先刻とは打って変わって楽しそうな、Tの声。 稲光と暗闇の突然の明滅に目がチカチカして、その顔は見えない。出なくてよかった。 部屋から?それとも電話に?両方だろうか。鳴り続けていた電話の音は止んでいた。 ドアのすぐ脇にあるスイッチを押し電気をつける。停電はしていない。 クーラーも動いている。眩しさに慣れやっと捉えたTの顔は、もういつものTだ。 黙って勢いよくドアを開くと、家中の窓やドアが閉まっている時に感じる、密閉された空間で空気を動かす重みがあった。誰もいない。 すぐそこの階段を見下ろす。電話の子機などそこにはなかった。 大量の疑問符を浮かべて自室を振り返ると、Tが雨戸を開けている所だった。さらに彼女は慣れた調子で人のコンポを弄って音楽をかけ、こちらを振り返ると「話題を変えよう。 ・・・もうすぐ期末テストだね」と、それはそれで怖い話を始めた。
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