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はなすな
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今まで怖くて誰にも話せませんでしたが、ようやく踏ん切りがついたので話そうと思います。これは私の実体験です。小学5年生の冬のこと。私は当時、生徒会の副会長を務めていました。しかし所詮は小学生の生徒会。言ってみれば先生の雑用係のようなものです。その日は雨が降っていました。じゃんけんに負けた私は、一人生徒会室で雑用をしていました。単調な作業にうんざりしながら、気がつくと時刻は午後6時。 生徒会担当の先生が教室に入ってきて、もう遅いから今日はこの辺で帰るようにと言われました。雑用から解放されていざ帰ろうとすると、季節柄か辺りはもう真っ暗です。おまけに朝から雨が降っていて、寒いこと寒いこと。早く帰ろうと、足早に家路を目指しました。学校から家までは一直線でおよそ1キロほど。そのちょうど真ん中辺りには大きな公園があって、その敷地内に小さな神社があります。神社には社務所もありますが、不思議と人の姿を見たことはありません。また、公園も広いのに、何故だかウチの小学校の子供は、この公園では遊びませんでした。特に因縁話とか、奇妙な事件とかがあったわけではありません。でも何故か遊ばないのです。帰りがけにその神社を見て、私はふと敷地内に足を踏み入れました。何故かはよく覚えていません。ただ、なんとなく肝試しのようで少し興奮していました。神社は薄暗くて、薄気味悪い雰囲気に包まれていました。私は神社をぐるっと一周して帰ろうと思い、裏手に回りました。すると、角を曲がってすぐそこに、人が立っていたんです。黒っぽいコートを着て、傘も差さずにその人は立っていました。薄暗かったので顔はよく見えませんでした。びっくりして立ち止まると、その男の足元に、猫が内臓のようなものをぶちまけて横たわっていたんです。状況がよく理解できず、ぼけっとしていると、その人が「はなすな」って低い声で言ったんです。その声で男の人だと判ったんですが、瞬間怖くなって逃げ出しました。家に帰ってもまだ怖くて、母親に今の出来事を話そうと思ったんですが、話すことさえ恐ろしくて、結局誰にも言いませんでした。それからしばらくはとにかく怖くて、その神社には近寄りもしませんでした。ちょっと時間が流れて、今度は高校一年生の夏の時の話です。当時、私はある部活に入っていましたが、その部活というのが、高校生の分際で年2回ほど盛大な飲み会をする部活でした。まぁ私も生真面目とは程遠い人間でしたので、それに喜んで参加しました。一次会を終えて、家に帰る者、オールナイトで遊ぶ者と、別れることになりました。私はオールナイトに参加したかったんですが、親が口うるさいので、仕方なしに家に帰ることにしました。電車に乗って地元の駅に着くと、自転車置き場まで歩きました。時刻は確か午後9時を回ったあたりでした。ふらふらしながら、自分の自転車を見つけて帰ろうとすると、前方からスーツ姿のおじさんらしき人が、千鳥足で歩いてきました。背中に誰かを背負っているようで、この人たちも酔っ払いなんだろうなと思いました。でも、よく見ると奇妙なんです。普通人を連れて歩くとき、肩を貸すとかおんぶするとかですよね。なのにその人は何もせず、後ろの人がただ首にぶら下がっているだけのようでした。変だとは思いつつも、自分も酔っ払っていたので気にせず帰ろうと思い、その二人組みの横を通り過ぎようとしたんです。そうしたら、またそこで「はなすな」って、あの声が聞こえたんです。それまでずっと昔のことは忘れていたのに、その一言で全部思い出してしまいました。直感的に、その声があの時の男の人の声だと判りました。後はもう怖くて怖くて仕方がなかったので、振り向きもせずに自転車を走らせて家に帰りました。次の日、昼ごろ目が覚めてやや遅い朝食を摂っていると、母親が私にこう告げました。「あんたがいつも自転車置いてる、駐輪所があるでしょう?昨日の夜、そこで男の人が死んでたらしいわよ。あんた何か見なかったの?」私は何も見なかったと母親に告げると、部屋に篭って震えてしまいました。死んだ男が果たして昨日見た男だったのか、知りたいとも思いませんでした。その後冷静になると、もしあの日、自転車置き場で自分を目撃した人がいたら、警察が事情聴取にくるかもと思い、別の意味で怖かったのですが、幸いなことに警察は来ませんでした。男の死も事件性はないものとして扱われたのではないかと、今では思っています。そして更にもう一度、この謎の男に遭遇することがありました。大学3年生の秋ごろ。私の通っていた大学は非常に遠くて、片道3時間ほどかかっていました。普通なら、大学の近くにアパートを借りたり下宿したりするんですが、家庭の事情というやつで、私は往復6時間を通っていました。その日は、大学の近くに住んでいる友達の家に泊まる予定だったんですが、夜の9時に近くなった頃に、友達に父親から電話がかかってきました。どうもお母さんが突然倒れたとの事。友人はすぐさま実家に帰ることとなり、私もまだ電車の時間があったので家に帰る事にしました。3時間ほど電車に揺られて、日付が変わろうというころに地元の駅に到着。改札を出ると、そこに人だかりがあるんです。好奇心に駆られてその人だかりを覗くと、若い女の子が路上に倒れていて、友達らしき女の子が大騒ぎをしているのが見えました。酔っ払って急性アル中にでもなったんだろうと、興味をそがれてその場を後にしようとしたんですが、その時見てしまったんです。倒れている女の子を見ている野次馬の中に、黒いコートを着た男の姿を。はっきりと顔を見たのは初めてです。でも、その時何故だか解りませんが、その男が過去2回遭遇したあの不気味な男なのだと理解してしまいました。年齢はおそらく30後半から40ちょっと。目が異様に落ち窪んでいて、頬は痩せこけていました。髪はぼさぼさで、自分で刈ったような感じ。倒れている女の子を見ていたそいつは、薄笑いを浮かべているんです。もうとにかく気分が悪くなって、逃げるようにその場を後にしました。その時、やっぱり聞こえてきたんです。野次馬のざわめきや車の走る音、大騒ぎしている女の子の声とかで、辺りはかなり騒々しかったはずなのに、過去二回聞いた声とそっくり変わらない口調で、「はなせ」って。即効でその場を逃げ出しました。二十歳を越えたのに、みっともなく布団に包まって、ガタガタと震えたのを覚えています。それ以来10年ほど経ちますが、今のところその男には遭遇したことはありません。しかし、今でも気になることがあります。男は一体なんだったのか。男の言った『はなすな』とは何だったのか。『話すな』なのか、それとも『離すな』なのか。そして、三度目は何故『はなせ』だったのか。いくら理解しようとしても全然解りません。
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