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彷徨える女
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私の父の知り合いの奥さんの話なのであるが、この女性は長きにわたってある病気で苦しんでいた。様々な病院を転院し、最終的に某病院で、あるステロイド系の薬剤注射を用いた治療を受ける事となった。この薬剤の効果は劇的で、彼女の病状はみるみるうちに好転した。が、治療を始めて数ヶ月が経った後、彼女に異変が起こった。彼女が奇妙な行動をとる様になった。「自分の体じゅうに虫が這いずり回っている」と叫んで体中をかきむしったり、「部屋の隅に黒い小人が盆踊りをしている」等と、意味不明なことを口走ったりした。 最後には「ウガが追いかけてくる!ウガが追いかけてくる!来るなぁ!来るなぁ!」と叫んで、病院中を駆けずり回る始末。ついに彼女は隔離病棟に移される事になった。担当医師は、こんな事になった原因が全くわからなかった。が、1年後に驚愕の事実を知る事となった。なんと治療に用いられていたステロイド系薬剤に、『中枢神経に障害を与える、重篤な副作用を引き起こす危険性がある』事が明らかになったのである。上記の事実が明らかになるまでの間、ずっと投薬治療は行われ続けた。当然。即刻、投薬は中止されたが、既に彼女はその薬剤によって相当に精神を蝕まれていた。その後の数年間、彼女は幻視・幻聴に苦しむ事となった。そしてある日、彼女は車で外出し、行方不明になった。彼女の夫(父の知り合い)は必死になって彼女の行方を捜したが、彼女は見つからなかった。そして半年が過ぎた。私の父と彼女の夫は釣り友達で、釣り場へ向かうためによく横・横道路を利用していた。久しぶりに静岡方面に遠出する事となり、朝早く車で出発した。車が横・横道路の横須賀側入り口に入るちょっと前の事である。道が左右に分かれているのであるが、彼女の夫は、見慣れた車が工事中の左手の道に止まっている事に気がついた。「悪い。*ちゃん(私の父のニックネーム)。ちょっと車を、左方向につけてくれないかなぁ?」と、思わず口走ってしまった。父は不思議に思いながらも、車を左方向に向けて一時停止した。彼女の夫は車を降り、乗り捨てられた車のほうに歩いていった。「おい!**ちゃん。どこ行くんだよぉ」と父は声をかけたが、彼女の夫の様子がただならない事に気づき、後についていった。呆然と立ち尽くす彼女の夫。「この車、うちのだ…」これを聞いてピンときた私の父。まるで何かにとりつかれた様に先を進んでゆく彼女の夫。後に続く父。道は上り坂となって先に続いていた。その先は旧阿部倉トンネル跡である事を、まだ二人は知らなかった。道はトンネル跡で行き止まりになっていた。が、彼女の夫は進む事を止めようとしない。「**が近くにいるかもしれない」「まさか…こんな所に…」と父。「!」「?」二人はほぼ同時に同じ方向を向いた。ある方向から異様な臭いが漂っている事に気がついたのだ。この時父は最悪の状況を想像した。そしてその予感は見事的中する事となる。彼らの十数m先にグレー色の何かが転がっていた。すぐさまそれに向かって歩き出す彼女の夫。が、その時。耳をつんざく凄まじい音が響いた。あまりの音の大きさにたじろぐ二人。見ると、無数の黒い小さな虫の群れが飛び回っていた…無数のハエの群れだった。色がグレーがかっていたのは、無数の蛆が死体をむさぼっていたからであった。周囲には数個のポリタンクが散乱していた。(焦げているものもあり、それは生々しい状況だったと、後に父は私に語った)絶句する二人。ちなみに父は見事に腰を抜かしてしまった。彼女の夫は呆然とするばかり。とりあえず父が携帯電話で110番通報。20数分で警察が到着し、二人は事情徴収を受ける事となった。刑事の話によれば、「今年はこれで3人目です」との事。後に歯型及び血液型から、遺体は彼女であることが確認された。死体はかなりの程度で焼け焦げていた事から、ガソリンで焼かれた事によるものという結論となった。司法解剖及び組織検査の結果から、彼女は生きたまま焼かれた事が明らかとなった。遺書は見つからず、現在でも自殺か他殺か不明との事である。数年が過ぎ、ある若者たちの一団が、旧阿部倉トンネル跡を肝試し走破するべく集合した。この時、参加者の中に髪の長いかわいい娘がいた。野郎どもの目的は、ここでいいかっこして彼女にアクセスするチャンスを作ろう、という魂胆だった。トンネルに入って数分後。彼女は、誰かに見られている、とても気持ちの悪い気配を感じ取っていた。彼女は霊感の強いほうではない。が、何かねっとりした視線が、自分に向けられている事を感じていたのである。「何か私…ちょっと気分が悪い…」と、彼女がポツリともらした。「大丈夫。大丈夫。何も起こりゃあしないって」と男性参加陣。「あたしも気持ち悪~い♪」と女性陣。「あ~そうかい。そうかい。お気の毒に」「なによぅ。**ちゃんばっかり、信じらんな~い」「うっせーなぁ(おまけどもが)」「何ですって!」ああ、また始まったかと、彼女はうんざりした。が、その時。「アナタキレイネ」という声がまじって彼女の耳に入ってきた。「!」「気のせい、気のせい。早く出たいなぁ…こんな所」と彼女は思った。が、次の瞬間、「アナタキレイネ…トテモキレイ…」はっきりと分かる声が彼女の耳に聞こえてきた。低く抑揚のない、が、何か威圧感のある声が。えっ?…私?「ソウヨ…アナタ…アナタ…」「!!!!」「どうしたの?**ちゃん。びくっとして」「ちょっと…あたし。何か変な声聞いたんだけど…」「????」「????」「????」「…(オイマジカヨォ…)何て?」男の一人が尋ねた。「あなた、きれい…だって」「へ?」場内大爆笑。「**ちゃんって、意外と自意識つよいんだぁ♪」と女性陣。「違うよぉ。ホントに聞こえたんだってばぁ」「脅かし方は下手だねぇ」と男性陣。と、その時。ぺちゃっ…ぺちゃっ…ぺちゃっ…ぺちゃっ…ぺちゃっ…ぺちゃっ…ぺちゃっ…何か、水が滴り落ちるような音が、後ろから聞こえてきた。それも、徐々に大きくなってくる。「!」「!」「!」そのうちその音は、何か濡れているものを引きずっているような音に変わってきた。「何か、私たちの後からついてきてる」「おい、冗談だろ?」「天井から水がたれてきているだけだって」ところが、メンバーの中で自称霊感のある男性(仮にAとしよう)は、後ろを振り返って絶句した。「お前ら!!走れ!!」とAは叫んだ。ただならぬAの様子に全員が浮き足立った。「おい、何なんだよ?」「何大きな声上げてんのよ!」「いいから!走れ!」ともかく一団は一斉にトンネル出口へと走り出した。髪の長い彼女を除いては。どうして?体が動かない!!恐怖心のせいなのか、それとも別の何かなのか?彼女は身動き一つ出来ない状態になっていた。まさかこれって、金縛り?やだぁ!こんなの!!ずりゅっ…ずりゅっ…ずりゅっ…ずりゅっ…ずりゅっ…ずりゅっ…音はだんだん近づいてきた。おとうさん!おかあさんっ!と思った次の瞬間。音はぴたりと止んでしまった。…あれ??あ、体が動く。あれ??何で??「アナタミタイナヒト…マッテタノ…ズットズットマッテタノ…」すぐ耳元で声がした。「きゃああああああっ!!!」彼女は逃げ出した。…が、出来なかった。何者かが自分の髪を掴んでいる。何?何?何何何何????彼女が振り返った瞬間!ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!凄まじい彼女の悲鳴が、トンネル内にこだました。走っていた全員がその声に驚き立ち止まった。「彼女…つかまっちまった…」Aがうわごとのようにつぶやく。「何につかまったんだよ!おい!おい!A!しっかりしろよ!!」「あれっ?**ちゃん、いないよぉ…」「!」「!」「まさか…おい!おまえら、戻るぞっ!」「おい…何だよ。見捨てる気かよ!お前ら!」トンネル内を静寂が包んだ。Aを含む数人の男性が来た道を戻って、彼女を探すこととなった。しばらくして、懐中電灯の明かりが人影を捕らえた。誰か倒れている…彼女だった。「おい!しっかりしろっ!大丈夫かぁ!」Aが彼女を抱き起こそうとしたとき、手にヌルッとした感触が走った。「?」「何だこりゃあ…って、血??」「おい!しっかりしろっ!大丈夫かぁ!」「おい…A、彼女をよく照らしてみろよ…」「!」「!」「おい…これって…」彼女は頭から相当量の出血をしていた。倒れた時に頭を打ったのだろう。が、彼女の頭には髪が一本も無くなっていた…というより、何かに根こそぎ引き抜かれていたのである。絶句する彼らの頭上で、抑揚のない声が響いた。「ワタシ…ズットマッテタノ…ズットマッテタノ…ワタシノカミ…モエテナクナッチャッタカラ…ホシカッタノ…キレイナカミガ…ズットホシカッタノ…コンドハ…アナタタチノ…ハダヲチョウダイ…ハハハハダダダダヲヲヲヲチョウダアアアイイイイ!!」彼らは彼女を抱え、ほうほうの呈で逃げ出した。この事があって以来、髪の長い女性や肌のきれいな人がトンネルに入ると、トンネル内を彷徨う何かに襲われる…という噂が、まことしやかに流れている。
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