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猫の音楽
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旅行中、山道を歩いていたら、 一本道だから道に迷うはずがないのに、 歩いても歩いてもバス停にたどり着かず、 車も人も誰も通らず、もの凄く困った。 シーズンオフだったので、 行きゃなんとかなんだろと宿の予約をしていなかったから、 キャンセル料関係ないのが救いだったが、 だんだん日が暮れてきて、怖くなってきた。 もう日が沈んで泣きそうになったとき、 やっと明かりを見つけ、 走っていったらお寺で、 泊めて下さいとお願いした。 和尚さんはとても太っていて、 首の後ろにも肉が盛り上がっている巨漢で、 申し訳ないけど悪徳新興宗教の教祖様のように見えたけど、 普通に 「道に迷ったか」 と、 「大変でしたな、 まぁゆっくりしていきなさい」 と、とても当たり前のように言ってくれた。 もう『迷った』『夜』『知らないお寺』の三拍子で、 怖いという気もしないでもないんだけど、 そのときは優しい言葉に嬉し涙まで出そうになった。 しかし奥さん(大黒様というのか?)が とても綺麗な人だったんだけど、 俺を見てとても嫌な顔をして、 和尚さんの言葉に 『なんてまた馬鹿なことを言うんだ!』 とでも言うふうに見ていた。 その顔を見て俺も、 やっぱり迷惑だよなと思って、 「すいません、ご飯は結構ですので…」 と断り、 そのまま寝る部屋に案内してもらった。 俺は癖というか体内時計の関係か、 四時半に一度目が覚める。 だいたい時計を見て、 そのまま、また寝るんだけど、 窓の外でカチャカチャ音がしている。 ぼーっと続いている音を聞いていたんだけど、 リズム感が全くない。 当然というか、 そういう部屋をあてがわれたのか、 案内されたとき窓の外からお墓が見えるのは確認していたんだけど、 なぜだかその音は怖く感じない。 やっと起き上がって窓の障子を少し開けてみたら、 墓石の上に猫が乗っているのが見えた。 かなりの墓石の全てに。 あー、猫の集会かーと見ていたら、 猫たちはみんな俺の方でもなく、 月の方でもなく、何もない方向を見ていた。 そして一匹が「ニャー」と鳴き出したら、 数匹がおずおずと鳴き出し、 やがてみんな鳴き出した。 みんな統一無く鳴いているはずなのに、 だんだん猫の音楽のように聞こえてくるようになった。 みんながじっと一点を見つめてのことだから、 そういうふうに聞こえてくるのかもしんないけど、 俺はこのときつくづく『楽器をやっていればよかった』と思ったね。 なんかヨーロッパでバイオリニストの夢の中に悪魔が現れて、 バイオリンでとてつもなく凄い曲を弾き出した。 びっくりして目が覚めて、 慌てて楽譜に写したんだけど、 悪魔の演奏の再現にはほど遠いものだった。 しかし観客からは絶賛されたって話を聞いたことがある。 猫の音楽を聞きながら、 他の人にも聞いてもらいたいんだけど、 その力が無いから残念に思っていたら、 だんだん空が明るくなってきて、 猫たちも歌うのをやめた。 帰り始めた猫に覗いていたのを知られないよう障子を閉めたんだけど、 これから寝たら寝過ごして和尚さんたちに迷惑をかけるから、 頑張って起きていた。 やがて和尚さんがやってきて、 「朝ご飯が出来たから、食べていきなさい」 と言ってくれた。 好意に甘えたけど、 奥さんは昨日ほど嫌な顔はしていなかった。 んで、味噌汁がすげー美味いの! ご飯を食べたらこれも隠し味があるようで、 普段食べているお米の味と全然違う。 卵焼きも美味しくて、ちゃんと 「凄く美味しいです」 と言ったら、和尚さんは 「それはよかった」 と笑って、 奥さんは照れ隠しの感じで口をムッとさせた。 本当は廊下掃除でもして恩を返したかったけど、 お札を封筒に入れて渡した。 旅先から手紙を出すのが趣味なんで、 レターセットを持っていてよかったよ。 奥さんが車を出してくれて町まで乗せてくれて、 車内で 「ここら辺って猫がいるんですか?」 と聞いてみた。 そしたらそっけなく 「はい。多いです」 とだけ言われて、 あとはお互い無言。 駅まで送ってもらって、 「ありがとうございました」(無言でぺこり) で別れてお終い。
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