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滝の裏
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ある年の秋。友人がハマッたのに感化され、中型二輪免許を取った。そして俺は発売されたばかりのヤマハ・セロー225というオフロードバイクを買った。元々山好きな俺は「ヒマラヤカモシカ」という名を持ち、どこまでも山の中に入り込んでいけそうなこのバイクを一目で気に入ってしまった。仕事場に乗っていくと親方が、「なかなかハイカラなバイクだな。だがホンダじゃないのが気にいらねぇ」と感想を漏らしていた。 それからは荷物を持って行く時以外は、現場に行くにもセローで行くようになった。仕事柄、現場は山麓に有る事も多いので、未舗装路でも気にせず走れるセローは非常に重宝した。また、山奥のお社に上るには長い階段を上らなければならない事も多いが、セローならちょっとした獣道でも入っていけるので、階段を避けてお社まで行く事も出来る事も多く、何時しか無くてはならない仕事の相棒となっていた。ある土曜日、現場を早めに切り上げてお社から更に奥に入り込んでいく獣道を登ってみた。沢沿いに高度を上げていくと、少し開けた川原に出、其処に結構大きな滝が有った。滝つぼは深く、清冽な水の中に岩魚の姿も見る事か出来た。滝を良く見ると、裏側に空間があるのに気付いた。そして、滝の裏に入っていけそうな足場がある。俺は興味を引かれ、滝の裏に入って行った。驚いた事に、滝の裏にはかなり深い洞窟が有る。しかも、入り口から5mほど入った所に、洞窟の高さに合わせたような朱塗りの鳥居があった。「こんな所にお社が…?」不思議に思った俺は、キーホルダーに付いているミニライトを点けて奥へと進んだ。入り口から相当入り込んだ所に、湧き水が染み出して出来た池のような水溜りが有り、まるで横溝正史の怪奇小説のような雰囲気にビビリ始めたころ、洞窟の行き止まりが見えた。光が殆ど届かないので薄暗いペンライトだけが頼りだが、確かに小さなお社が有る。そして、そのお社の前に誰かが座っているのが見えた。一心不乱に何事かを念じているようで、俺には気づいていない。明らかに尋常ではないので、これは関わらない方が良いと俺はそうっと踵を返した。突然、俺の足元に何かが絡みつく。蔦か何かかと思いライトで照らすと、それは大きなヤマカガシだった。「うおっ!」つい声が漏れてしまう。ハッと振り返ると、座り込んでいた人影もこちらを振り向こうとしていた。「だれだ~っ!」間延びしたような、それでいて腹の底から絞り出した憎悪に満ちた様な声が聞こえる。俺は後ろも見ずに駆け出した。必死で走り、滝壺に落ちかかりながらもセローへ辿り着く。走りながら出しておいたキーを刺し込み、必死にキックする。三回目で掛かるエンジン。メットもグローブも放り出して急いで走り出し、ミラーで後方を確認すると、ヤツが滝壺の裏から出てくる所だ。何かを喚いているようだが既に俺は木立の中の獣道へ入り込んでいた。途中の自転車屋でメットを借り、仕事場に帰ると親方が「何真っ青な顔してんだぁ?」と聞いてきた。俺は滝壺での一件を一部始終を話した。「おう、奥の滝壺の社か。ホントに有ったんか…」「知ってるんですか?」親方の話によると、あの滝からもう少しに獣道を登っていくと古い廃集落が有ると言う。戦後間もなく村人は集団で麓の村に移ったそうだが、何件かの家族は村に移ることを嫌がり残ったと。しかし、その後その人たちがどうなったかを知る人は居ないらしい。「まあ、結局は麓に降りてきたって事に表向きはなってるがな・・・」親方はそれ以上語らなかった。後日、友人何人かと恐る恐る滝壺までバイクで行ってみた。しかし、滝壺の裏に入る為の足場は崩れ、もし入るなら滝つぼを泳いでいくか、滝の上流からロープででも降りるしかない状態となっている。「夢でも見たんじゃないのか?」と言われ、納得行かずにふと川原を見ると、俺が放り出して行ったグローブとメットが落ちている。近付いてみると、メットには無数の引っかき傷が有り、グローブの指は全て千切られている。しかも、どうも喰い千切られている様だ。俺がそれを拾い上げた時、「ドカッ!」と音がして滝の上から赤ん坊の頭ほど有る石が俺の近くに降って来た。俺たちは一斉にエンジンを掛け、一目散に逃げだした。
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