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父が保証人倒れで会社を潰した
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私の父が亡くなった時のお話です。もう20年近く前の話ですが・・・父は私が幼い頃に保証人倒れで会社を潰しました。それからは、母と二人で債権者から逃げる毎日でした。家にあったものは全て持っていかれ、最終的には家にも居られない状態になり、幼い私にはどういういきさつか分からないのですが、飯場を転々としながら板のような椅子で寝起きしていました。小学校1年生は丸々学校に行ったことがありません。 何とか母と二人で住まうところが見付かりましたが、食べるものも無く野の草を食べ、給食のパンを持ち帰り、母はそれで命を繋いでいました。母に手を引かれて線路脇に立ち尽くしていた記憶も消えません。大きくなるにつれ、生活保護を受けたりしながら追われる生活からも段々と解放されていきましたが、私の中で全てが父のせいだということを理解し始め、怒りや父に対しての恨みも大きく大きくなってきました。中学を卒業して美容師になり、家計を助けることになりましたが、その頃の私は、消息不明になってしまった父を探して殺してやる・・・と、その事ばかり考えて生きていました。休みを使っては父を探し周りましたが、今思えば何の手がかりも無く見付かる訳もありません。それでも、一級建築士だった父の仕事関係から片っ端に探し回りました。母にはどうしても父を探している事は言えずにいました。ある日、母の留守に何かの用で箪笥の引出しを探っていると、小さなメモが出てきました。住所だけが書いてある紙でした。東京の池袋・・・。何と無くピンと来て、次の休みに出かけてみました。しかし、余りに入り組んだ路地に下宿のようなアパートが立ち並び苦難しましたが、やっと探し当て、父が住んでいる事だけを確認し、帰って来てしまいました。その時のバッグの中には包丁が忍ばせてありました。探し探した父があそこにいるんだ・・・という思いは、何故か私の何年もの思いを揺さぶりました。近所の方の話だと、脳溢血で何度か救急車で運ばれて、歩くのもしゃべるのも困難だと言うことでした。私の中には、いつも堂々とした父の姿しか無かったので愕然としたものです。次の休みにまた出向いてみました。その時、私の手には父が好きだったアジの干物と、減塩醤油・減塩味噌がありました。今でも不思議な行動です。いざ父と対面すると、まだ60代には遠いはずなのに70歳過ぎのオジイチャンに見えました。持って行った紙袋を放るように渡すと、結局何の会話も無く、驚いた父の顔を見て帰るしかありませんでした。正月が近かくなっていたある日、母に「今年の正月はお父さん呼んでやったら?」と、自分でも驚くような事を言い出しました。父の倒産以来、家を出ていた兄にも偶然連絡がつき、十数年振りに、質素ではありますが家族全員が揃って正月を迎えることができました。丁度、私の成人する年の正月でした。口の回らない父は、ずっとニコニコと笑っていたのを覚えています。「孫の顔見るまでには元気になっときなさいよ!」などと言っている自分・・・それが本音なのか、老いて病んでしまった父への同情からなのか、その時には分かりませんでした。父が亡くなったという知らせを受けたのは、その年の3月の初旬でした。日曜日の目が回るほど忙しい日で、ワタワタと仕事をこなしていると、普通に今までカットしていた櫛がいきなり真っ二つに割れました。あり得ない事ですが、それに構っていられないほどの忙しさだったため、「何か起こらなければいいな・・・」と、元々勘のある自分は頭の隅っこで思っていた位でした。次の瞬間に電話が鳴りました。店長が電話を取って二言三言話すと、私が呼ばれました。受話器を渡される時に「直ぐに帰れ」と言われ、受話器を取ると兄が『お父さん、死んじゃったよ』と。放心状態のまま頭を下げて仕事を早退し、待ち合わせた渋谷に向かいました。父は夜中に苦しみ出して、壁の薄い安普請だったため隣の方が気付いて救急車を呼んでくださり、病院で息を引き取ったそうです。「誰にも知らせずに無縁仏にしてくれ」とうわごとで言ったそうで、家族に連絡を取るのに病院の方では苦労なさったみたいです。知らせを受けて向かったのは、下落合の火葬場でした。大きな火葬場の隅にある霊安所に、数体の棺に入ったご遺体と並んでいましたが、父のだけ花も手向けられずに白木のままありました。顔を見ても涙も出ませんでした。全くピンと来なかったのです。あれだけの思いをさせられてきた母が、「独りで逝ってかわいそうに」と涙していました。一番シラッとしていたのは多分私だったでしょう。あの時の感情は今でも分かりません。殺したいと思い続けて来たはずなのにという気持ちと、正月の父の笑顔・・・その火葬場の一室を借りての、本当に家族だけの通夜・葬儀となりました。アコーデオンカーテンに区切られた幾つもの部屋の一室でした。真正面には焼き場です。控え室は、一度外へ出てから共通の階段を使って二階になりました。トイレも共同です。兄も母も怖がりで、通夜の夜には二人でトイレに行ったりしていましたが、私には父が部屋の中に居る『空気』みたいなものを感じ、何と無く温かい気持ちになっていました。3月の初旬だったので、深夜になると暖房があっても寒さを感じ、控え室に置いてある上着を持ってくる事になりました。スクッと立ち上がって一人で上着を取りに行こうとする私を、大丈夫か?という顔で見る兄と母。でも私は怖くも何とも無かった。ただ、暗いのと、やはり真正面が焼き場というのは気持ちのよいものでもないので、サッサと上着を取り、階段を下って部屋に戻ろうとした時です。階段の踊場の丁度私が降りていく真正面に、大きな姿見がありました。そこがボッと薄明るくなったので目をやると、浴衣姿の父が映っていました。身を小さくし、困ったような笑顔で深々と頭を下げる父。暫くは抱えていた上着を取り落とし父に見入ってしまいました。頭を掻きながらもう一度深く頭を下げると、薄明かりが消えるのと共に消えてしまいました。戻ってから兄と母に話すと、「お前に一番何もしてやれなかったから謝りに来たんだね」と言われました。同時に「自分が行かなくて良かったー」と・・・質素な通夜が終わり、質素な葬儀が終わり、最後のお別れの時です。棺の蓋が全部明けられたときに、もう一度驚きました。死装束を着ていると思い込んでいた父は、病院で着せて貰った浴衣のままだったのです。その浴衣の柄は、私が前夜に鏡の中で見た浴衣の柄でした。何故、冬なのに浴衣なんだろう・・・とずっと思っていたのが、納得がいきました。既に焼き場へ向う準備をされていたので、急遽浴衣の上から白装束をかけてもらい旅立って行きました。長旅になるでしょうから、浴衣姿じゃ寒いですものね。手甲・脚半も無ければね。父さん、段々本当に大人になって子供を持って、あなたの残した仕事を見せて貰って、親父としては3流以下だったけど、男としては・・・仕事人としては尊敬すべき人だったのかもしれない。呑めない父さんだったけど、私は母さんに似てのん兵衛になっちゃったよ。仕事も20年一筋に続けて来れて、今なら大人同士として、親同士として話しができたのになって思う。今だったら、心の底から「元気でいなさいよ!」って言えたのにね。あなたはきっと幸せだったと思う。自分の生きたいように生きて死にたいように死んだんだよね。片付けに行った時、全く手付かずの薬をキチンと段ボールに詰めて・・・。ドアを開けた時、点いたままの電気とこんもりとしていた掛け布団を見て、お気に入りの席に座って一番見える所に、母さんから内緒で渡されたんでしょ?私の成人式の写真があった。初めて涙が出たよ。あの時だったらやり直せたのかね・・・うちの家族。あの正月からだったら。いや、あっちからいつも寸での所で母さんを追い返してくれてありがとう。母さんがそっちへ行くのは、もうちょっと待たせてね。
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