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顔が見えない集団
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俺は趣味らしい趣味は無く、 強いて言うなら色んな趣味を薄くかじっては半端で投げ出すまでが趣味だった。 その頃は登山っぽいものに手を出したい気分で、 関東の某山に何回か登っていた。 その山は1時間程度で頂上まで登れる山だけど、 バラエティーに富んだコースがいくつかあって、 手軽にそこそこ楽しめる。 (登山というより散歩にうぶ毛が生えたレベルだが) 俺はその山のコースは一通り制覇して、 山をちょっぴり知った感に満足していた。 そんな時、 登山に興味があるという職場の先輩がいたので、 「あの山いいっすよ!」 と誘って、週末2人で繰り出した。 山の麓に着くと、 先輩の希望で一番登山らしいコースを選んで登り始めた。 「登山の時はすれ違う人と挨拶するもんですよ!」 という俺のにわか知識に従って、 俺たち2人は下山者と挨拶を交わしながら登っていった。 集団には気を使って声をかけなかったが、 個人には挨拶すればだいたい9割ぐらい挨拶を返してくれたと思う。 季節は冬。 登り始めたのが14時を過ぎていたので、 辺りはもう夕方かのような雰囲気が立ち込めていた。 「昼過ぎると日陰はもう寒いですね」 と、後ろを歩く先輩に声をかけたタイミングで、 ちょうど下ってきた一団があった。 背格好でいうと 中年の男女5~6人ぐらいだったか。 きちんと数えていないので分からない。 地味なつば付きの帽子に チェックシャツやチノパンといった、 よくある軽装の一団だった。 挨拶のタイミングを逸してしまったので、 黙ってやり過ごそうとした時、 違和感に気付いた。 どの人も顔が見えない。 顔が暗いとかのっぺらぼうとかではない。 視界の中心に顔を捉えても分からなかった。 まるで太陽を直視した後のような、 光っているとも白いとも虹色とも言えない感じが、 その一団の全ての人の顔の位置にあった。 『太陽でも見たっけな?』 といぶかしみながら一団をやりすごしたが、 その直後に会う下山者たちの顔はごく普通だった。 気にはなったが、 山の中腹にあるベンチスペースにたどり着いたころにはその事もほとんど忘れていて、 おやつのガルボを取りだそうとしている時に先輩が言った。 「お前さ、目おかしくなったりしてない?」 「目ですか?俺は特に何もないですけど。」 「俺がおかしいのかなぁ。 もしかして脳梗塞の前兆とかかなぁ。」 太陽でも見たっけなぁ、 と先輩が言った時に、 顔が見えない一団の事を俺も思い出した。 「俺もです!あの時顔見えなかったっすよね! 何なんすかね!見てんのに見えない?みたいな!」 「何なんだろな!怖えーな!わかんねーわ!」 とひとしきり騒いだあと、 気を取り直して一気に山頂まで登りきった。 山頂でしばらく過ごした後、 下山を開始したのは15時半ごろだった。 登りと同じコースを下るのも芸がないということで、 別のルートを下ることにした。 夕方に差し掛かり、 日も傾いて気温が下がってきている。 歩き慣れていない先輩を気遣いながらも、 早め早めを心がけながら山道を下っていった。 薄暗く湿った川沿いの岩場を折れたところで 「うっ」 と変な声が出た。 10m程先に、 見覚えのあるチェックシャツの一団が目に入ったからだ。 山を登って来ている。 あの時の集団だ、と直感的に感じた。 後ろで先輩がうろたえた気配がした。 『なんか気味悪いっすね。 このままスルーします』 という無言のメッセージを、 背中から先輩に向けて発しながら、 振り向かずに一団に近づいていく。 足元の左下に見える川に視線を集中しながら一団とすれ違った。 最後の1人を俺がやりすごした後、 後ろから 「こんにちはぁ」 と間の抜けた挨拶が聞こえた。 おばさんの声だった。 位置関係的に、 先輩が最後の1人に挨拶をされたようだった。 先輩は黙ったまま バタバタと焦るように俺を追い越して歩いていった。 「こんにちはぁ」 と、再び後ろからおばさんの声が聞こえた。 俺は 『挨拶されたのに失礼ですよね。 僕ら失礼ですよね。 だけどお宅ら気味悪いんですんません!すんません!』 と思いながら、 一団の方は振り返らずに無言で先輩を追いかけてしまった。 先輩に追い付いた時、 「さっきの集団気味悪かったですね。 つい挨拶スルーしちゃいましたよ。ねえ」 と声をかけると、 いきなり先輩に胸ぐらを捕まれ、 鼻がくっつくかと思うぐらい顔を寄せられて睨まれた。 動揺する俺に、 「だめだ。何だよあれ。 こんな目の前で。こんな、こんな目の前でもさぁ~」 顔が見えなかったよ、おかしいだろ、 と涙目で先輩が言った。
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