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門番
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昔、海外に留学に行ってた頃の話。 国名を言ったら身元がばれそうだから伏せておくけど、 ヨーロッパの小国とだけいっておく。 一年間の留学中、 大学近くの寮に住んでたんだ。 その大学ってのが すっげえ田舎にあるボロボロの校舎なのよ。 なんかヨーロッパって街並み守るために 建築の法律が厳しいらしくてな。 大学も歴史的建造物みたいなのに指定されてて 下手にリフォームしたり取り壊したりができないんだ。 だから壁ボロボロだし床が板張りだし、 しかも冷暖房もついてない。 日本だったら地震で一瞬で崩れるんじゃないかって思った。 大学がそんな状態なわけだから、 まあ寮も負けず劣らずボロボロなわけ。 水の出は悪いわ 隙間風吹きすさぶわ ネズミ住んでるわで最悪。 もちろん冷暖房は無い。 共有スペース?みたいな場所には いちおう暖炉があったから 冬はそれでなんとか凌いでた。 で、寮は周りをレンガの壁で囲まれてて、 入るには正面の門を通るしかなかった。 その門の横に小さいプレハブ小屋みたいなのがくっついてて、 そこには門番のじいちゃんが常に駐在していた。 この門番が俺が寮に入って少ししてから新しく入ってきた奴なんだけど、 昔話に出てきそうな典型的にクッソ性格悪い爺さんだった。 寮の門は閉門時間があって、 その時間までに寮に帰らなくちゃいけなかった。 遅れたら入り口近くにある詰所?小屋にいる門番に 声をかけなきゃならない。 門番は違反生徒の名前を記録しておいて、 後日寮長に報告する。 そしたら違反生徒は呼び出されて 説教やら反省文やらの罰則が課されるわけだ。 前の門番はずいぶん長く働いてたみたいで、 生徒にも理解のある優しい爺ちゃんだった。 俺も一回だけ閉門時間を10分くらい過ぎちゃったことがあったんだけど、 「早く入れ。俺は何も見てない」 ってウインクしながら言って見逃してくれた。 本当にダンディーでイケメンな爺ちゃんだった。 ビールっ腹でボールみたいな体型だったけど。 だけど新しい門番は違った。 とにかく細かいことにうるさいし、 何より陰険だった。 5分くらい遅れただけでも 説教+寮長に報告。 説教が終わらないと入れないから 大人しく聞くしかないんだけど、 それがまた長い割にしょーもない内容で 聞いてるのが辛いわけ。 門番は小屋の窓から顔しか出さないから 外が大雨だろうと大雪だろうとお構いなし。 むしろそんな日の方が説教は長かったし、 そのせいで風邪ひいたやつなんかもいた。 俺の使ってた部屋は二人部屋で、 もう一人の留学生と一緒に使っていた。 そいつの名前を仮にPとしておく。 Pはヨーグルトで有名な某国の留学生だったんだけど、 学費とか寮の費用を全額国が支援するほど頭のいいやつだった。 そんでもって性格も良くて、 寮の中でも一目置かれていた。 初めての留学でコミュ障全開だった俺にも 気さくに話しかけてくれた。 慣れない環境で俺が鬱にならなかったのは 本当にPのおかげだったと思う。 前置き長くなった。 ここからが本題なんだ。 ある日、Pが 新しい門番の所業に耐えかねて そいつに直談判しに行った。 さっきも言ったけど 門番の説教は悪天候の時の方が長かった。 とある生徒が雪の日にその説教に捕まってしまい、 氷点下の中長時間外に立たされていたことが原因で体調を崩した。 その生徒(仮にJとしておく)はもともと体が弱くって、 以前からちょいちょい風邪引いたりしてたんだけど、 その事件で重めの肺炎にかかってしまい、 留学を中止して母国に帰らなくてはならなくなった。 そもそも雪の日にJの帰りが遅れたのは 病院に行っていたからだった。 国に帰らせるほどの病気を悪化させた原因は門番にあるし、 責任をとらせるべきだとPは主張した。 具体的にはPに謝罪すること、 慰謝料を支払うこと、 あと閉門のルールの見直しも頼みに行った。 ほかにも細かいことを言ってたような気がするけど 当時の俺の語学力では理解できなかった……。 結果、Pは留学を続けることができなくなった。 突然Pの奨学金の打ち切りの知らせが来たんだ。 当然のことながら原因は門番。 直談判に来たPを邪魔に思い、 不良生徒として大学に報告していた。 寮でしょっちゅう問題を起こしてるって 嘘の内容を寮長に送りまくったことで、 その一部がPの母国の大学に報告された。 Pはいわば国の代表として留学に来ていた訳だから、 ちょっとでも悪い知らせが来ると 国のイメージダウンになるっていうので 即奨学金が止められた。 俺はその時はじめて、 普段は温厚なPがブチ切れたのを見た。 こんな言い方はなんだけど、 たぶん今まで優等生として生きてきたのに 勝手な言いがかりでダメ人間に認定されたことに プライドが傷つけられたんだろうな。 あの時の怒りようは凄まじかった。 気が狂ったのかとも思った。 もしかしたら あの時本当に狂ってたのかもしれないな。 知らせを受けた後 Pはすぐに行動に出た。 ただし今度は直談判ではなく 「復讐」のためだ。 ほかの生徒たちの鬱憤も溜まっていたし、 人望のあったPの提案だったため 寮に住む生徒のほとんどが賛成した。 もちろん俺も。 とはいえ俺は 「明日の夕方、 寮の地下室に来てほしい」 としか言われなかった。 翌日、俺は言われた通りに寮の地下室に行った。 地下は小さいホールになってるんだが、 その日はなぜか電機の照明がすべて切られ、 壁の隅に置いた燭台でろうそくが燃えているだけだった。 ホールの中にはすでにかなりの数の生徒が集まっていて、 全員が黒い布みたいなのを被っていた。 地下だからもちろん外から明かりは入ってこない。 薄暗い部屋にひしめく黒マスク達はかなり迫力があって 俺はマジでビビった。 黒マスクの一人が俺に寄ってきて、 同じマスクを渡してくれた。 よく見たらそいつはPだった。 「それを被って、 あとは待っていてくれればいい。 周りの奴が何か叫んだらそれを繰り返して叫べ」 そんなことを言われたけど 正直俺は怖すぎて すぐに部屋に帰りたい気分だった。 ホールにいるのは 寮生全員のうち半分くらいだった。 全員がいなくなると門番が怪しがるっていうので 残りの連中は普段通りにしているらしい。 俺もそっちの役になりたいと切実に思った。 しばらく待っていると 上から降りてくる足音がした。 すごくゆっくり、 なるべく音を立てないようにしているのが分かり、 何かに警戒しているようだった。 気づいたらPともう一人が、 階段を下り切ったすぐ横の壁にへばりついて 上の様子を伺っていた。 そして足音が近づいてきたところで腕を伸ばし、 降りてきた人物を捕まえた。 門番だった。 門番は何が起こったのかよくわかってないみたいで、 ろくに抵抗する間もなくP達に引きずられ ホールの真ん中に連れていかれた。 そこで初めてホールの真ん中に 斧が置いてあるのが見えた。 普段は暖炉の薪を切るのに使っていたものだ。 それを見た門番、真っ青。 もちろん俺も真っ青。 こいつら門番を殺す気なのか? 流石にやりすぎじゃないか?と思った。 部屋に戻って警察に電話しようとも考えたが、 俺の周りは黒マスクsに囲まれていてどうしようもない。 俺もマスクで顔隠れてたけど 内心パニックで泣きそうになってた。 そんななか Pがマスクを取って門番の前に立ち 「泥棒じゃなくてよかったな」 と言った。 後になって知ったんだが、 一人の生徒が 「地下室から不審な物音がする。 強盗じゃないか」 と言って門番をおびき出していたそうだ。 階段を下りるときに警戒していたのはそのためらしい。 Pは門番に向かっていろいろ話していたけど、 パニクった俺はよく聞いていなかった。 かろうじて 「貴様の悪辣なる精神へ罰を」 「青年の進路を絶った罪に裁きを」 みたいに芝居がかった話し方をしているのは分かった。 そして最後の 「斬首によって断罪する」 という締めくくりは なぜかしっかりと理解できた。 門番に細い布で目隠しをして 肩を押さえつけて土下座のような状態で固定した。 門番はものすごい量の脂汗をかいて ぶるぶる痙攣していた。 俺はもうこれから起こることへの理解が追い付かずに 頭が真っ白になっていた。 そしてPは斧ではなく ポケットからハンカチを取り出した。 ハンカチを三角に折って、 両端を持って引っ張ったまま門番の首にそっとあてた。 門番は土下座のまま飛び上がった。 そこで俺は理解した。 Pは門番を殺すつもりではなかったのだと。 目隠しをした門番は 完全にハンカチを斧だと思いこんでいる。 それを思いっきり首に当てると 本当に切られたと錯覚するだろう。 よく見たらPの横で 別の黒マスクがカメラを構えていた。 門番のみっともない姿を残して 赤っ恥をかかせてやろうという算段だったのだ。 一気に肩の力が抜けた。 冷静になってみてみると Pは満面の笑みでハンカチ構えてるし 黒マスクsもちょいちょい声に出さないように笑ってるし。 どこの国でも学生なんて みんなこのレベルの頭脳なんだな。 「彼に裁きを!」 Pがそう叫ぶと、 周りにいた黒マスクsも 「裁きを!」 と叫びだした。 俺も叫んだ。 Pがハンカチを振り下ろし 門番の首に当てた。 門番は 「ンノフォ!!」 みたいな謎の叫び声をあげて横に倒れた。 パニックになったようで そのまま魚みたいにビクンビクン跳ね上がった。 カメラのフラッシュが光る。 俺たちは爆笑。 ひとしきり笑った後 Pが門番の目隠しを取ろうとした。 が、門番はかなり時間がたったというのに いまだにビクビク震えてる。 震えながら思いっきり体を丸めたり、 逆にエビぞりになったり異常な動きをしていた。 心配になったのか Pが門番の肩に触れた瞬間 「ンヂェェェェルルルルウルウウウ!!!!」 という雄叫びを上げて動かなくなった。 口からよだれと泡が溢れ出てきた。 一気に地下室が静まり返った。 誰から見ても明らかだった。 門番は死んでいた。 おそらくあまりの緊張状況に 心臓発作でも起こしたのだろう。 すぐに処置すればどうにかなったのかもしれないが、 残念ながらただの若造の俺たちは何もすることができずに 突っ立ってみてるだけだった。 しばらく沈黙が続き、 俺はこの事件が大学にばれたら退学だろうな、 とか考えていた。 たぶんみんなおんなじことを考えていたんだと思う。 そしてどうすればそれを回避できるのかということも。 「こいつ埋めちまおう」 突然Pが言った。 俺たちは何も言わなかったが、 皆Pに賛成しているのは明らかだった。 ここで起きたことは俺たちしか知らない。 黙っていれば 門番失踪したというだけで片付くのではないか。 都合のいいことに、 地下室は地面をくり抜いて 壁をレンガで補強しただけの簡単な作りで、 ホールの地面は土のままだった。 壁のレンガが崩れかけている所の下に穴を掘って、 門番を横たえた。 まだ死んでから時間が経っていないためか 体がぐにゃぐにゃしていた。 目隠しはしたままだった。 土をかけてならし、 その上に崩れ落ちたレンガを適当にのせて誤魔化した。 地下室から戻ると 部屋にいた待機組が集まってきたが、 門番の姿が無いことを不思議がった。 Pが 「門番とは和解した。 事情があって彼はしばらく寮からいなくなる」 とか言って適当に流した。 もちろんみんな疑わしそうな顔をしていたが、 あまりの俺たちの異様な様子に何も言い返してこなかった。 数日後、 門番から連絡が途絶えたことに大学が気づき、 調査が入った。 警察が来て寮の中を調べたり、 学生に聞いたりもしていたが、 結局門番は見つからなかった。 門番は行方不明扱いになったそうだが、 その後の詳しい話は特に聞いていない。 が、まさか地下室に埋められているとは考えてもいないだろう。 そのさらに数日後にPが帰国した。 それまで俺とPは それまで通り仲の良いルームメイトとして普通に過ごした。 その後は特に何かが起こるでもなく、 俺は普通に留学を終えて日本に帰ってきた。 本当に心霊現象とか金縛りとかも一切なく 至って平和な留学生活だった。 これが10年前の出来事。 今となっては あの門番のことは夢だったんじゃないかとも思っていた。 先日、老朽化が激しかった寮が取り壊され、 地下から白骨が発見されたという話を聞くまでは。
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