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ネガイ
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小学生の時、 同級生にSという奴がいた。 そいつは少年野球団でバリバリやっていたこともあって 野球がすごい上手く、 放課後の遊びの野球の際には 毎度毎度両チームの間で取り合いになるほど。 また、S自身も野球に熱心だったらしく みんなが帰った後も1人校庭に残って壁当てをしていた。 ある日、 俺は母親が仕事から帰ってくるのが遅くなると聞いていたので 校庭に残っていた。 (鍵は持っていたけど 家に帰っても1人は怖かったので) 俺がいようとおかまいなしに 黙々と壁当てを続けるS。 少し経った頃、 壁当てをしながら話しかけてきた。 「お前どうしたの。帰らんの?」 俺は正直な理由を言うことを躊躇ったが こいつは別に他人を笑う奴でもないのかなーと思い やっぱ正直に答えた。 「今日お母さんが帰るの遅いんよ。 1人で家にいるのって怖いし」 するとSは、 「あー分かる。 俺もよくあるよ、家にいて怖い時。 寝る時なんて電気消すの嫌で粘るくらいだから 母ちゃんが早く電気消せって怒鳴るのよ」 と笑いながら答えた。 (記憶は曖昧だけど 言ってることはだいたいこんな感じだったのは確実) 同じクラスにいてもあまり話したことがなかったが 意外に話しやすい人だなーと実感。 その後しばらく話に花が咲いた。 そうこうしているうちに 6時半手前くらいの時間に。 俺とSは道具を持って校庭を出た。 好きなプロ野球選手の話などをしながら チャリがある場所まで来た時に Sが青ざめた顔でこっちを見て言った。 「鍵、運動場に忘れてきた……」 あたりは真っ暗。 それでいて残っている小学生2人は怖がり。 この状況はもうどうしようもない。 とりあえず俺は Sと一緒に校庭に戻ろうと提案して歩を進めた。 校庭の端まで来て さあ鍵を探しに行こうとしたその時。 俺とSは 校庭の真ん中に何かが蠢いているのを見つけた。 遠目で見た感じ、 人型のものではない。 犬とか猫みたいなそういう生き物かな? と思い校庭をどんどん進んでいく。 そいつが見える場所まで近づいていく時に気付いてしまった。 そいつはこちらにケツを向けている状態の蜘蛛だ。 しかも大きさが人間くらい。 ある程度知識があるならば その時点で大きい蜘蛛怖い!と逃げ出すだろうが 当時は小学生。 好奇心が勝ってしまい 俺らはその蜘蛛に慎重に近づいていった。 1歩、また1歩と近づいていくと 突然そいつがこっちを振り返った。 それを見て俺らはようやくヤバいと確信。 その蜘蛛には人間の頭が付いていたのだ。 今思い起こした感じだと 中年の女性の顔だったと思う。 ロングヘアーの縮れ髪に歯茎むき出しの前歯。 そんな顔でニタニタしながらこっちを見ている。 発狂しながら逃げる俺とS。 だが、蜘蛛はカサカサカサーッという 特有のキモい動きで すぐさま俺とSを捕まえた。 蜘蛛は捕まえた俺らにニタニタしながら 「ネ…ガイ…」 と呟く。 俺はもう何がなにやらで 混乱して泣きじゃくっていた。 一定の間隔で 「ネ…ガイ…」 しか呟かない蜘蛛に Sは泣け叫びながらブチ切れた。 「ねがいってなんだよ!! お願い事言えばいいのかよ!? なら俺を甲子園に行かせて 野球選手にしてみろよ化け物!!!!!」 今思えば完全にヤケになっていたと思う。 だが、奇跡が起きた。 蜘蛛がSをパッと離したのだ。 まさか本当に願い事を言えば良いのか? ただ、俺は泣きじゃくって上手く喋れない。 すぐさまSは叫んだ。 「おいしゅんすけ!(しゅんすけは俺の名前) なんでも良い!願い事を叫べ!」 俺は泣きじゃくりながら言葉を絞り出した。 「家族…仲良い人生を過ごしたいです…」 すぐさま俺も離された。 蜘蛛は俺らを離して 「ネ…ガイ…」 と呟きながら カサカサカサーッと校舎の方へ姿を消した。 俺とSは呆然としたままそこから動けなかった。 しばらくしてSがゆっくりと立ち上がり 鍵を探し出したので俺も黙って手伝った。 そして鍵はすぐ見つかった。 逃げるように学校を出た帰り道、 Sは俺に今日のことは思い出したくもないから 誰にも言わないようにしようということを俺に提案した。 当然賛成だ。 その件以来、 俺たちは学校でもそれなりに話すようになった。 あの話は一言も出さなかったけど。 結局、Sは 卒業と同時に俺と別の中学校に行ったため 交友関係は途絶えた。 ただ、俺は一方的にSの動向を知っている。 何故ならば奴は その後本当に甲子園に行ってプロに入ったからだ。 そして俺の方だが あの事件の後 家庭に変化が起こった。 単身赴任の父親がこっちの会社への異動が決まって帰ってきて 母親の仕事の負担が減ったのだ。 2人ともなんでそうなったか理由が分からなかったらしいものの、 とにかくにもそれ以降俺には家族団欒の時間が増えた。 ただ、20代になって1人暮らししてる最近、 両親の元への里帰りをサボってしまっている。 先日母親からのLINEに 「仕事だから帰るのは無理」 と返信しようとした。 外から尋常じゃない音で カサカサカサーッと聞こえてきた。 俺はその文を全て消して 近いうちに帰ると返信。 久々の里帰りが決定した。 Sのやつは20代半ばにもなった現在、 1軍で結果を残せずに苦しんでいる。 もし、奴が練習をサボっているならば あのカサカサカサーッという音が聞こえてきていることだろう。 ただ、そんなことは無いと信じている。 あれだけ野球が好きだった奴だから。 例え結果が伴わなくとも努力はしているだろう。 あの蜘蛛に殺されることのないよう Sには精一杯やってほしい。
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