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不自然な行動
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突然ですが、 幽霊や超常現象って信じますか? ぼくは信じてません。 基本的にぼくはリアリストだと自認しており、 非現実的なことはまったく信じない性格です。 幽霊を見たことはありませんし、 信じたこともありません。 そんなぼくも、たった一度だけ、 不思議な体験をしたことがありました。 そんな話を書いてみます。 大学の入学式があまりに退屈だったので、 辺り構わず前後左右の人たちと会話していたら、 3人の友人ができました。 すぐに彼らと親しく会話を交わす仲なり、 それなりに情報交換をしたりしていました。 特にぼくは大学にまったくといっていいほど行かなかったですし、 サークルなどにも入らなかったので、 彼らがもたらす情報は貴重でした。 ある時、 その友人1人が家に泊まりにきて欲しいと言うのです。 ここではAとしましょう。 話し声は逼迫した様子でした。 Aが語ったところによると、 深夜、隣の部屋からのうめき声と、 壁を激しくかきむしる音を聞いていて、 まったく眠れなかったのだそうです。 それはそれは、 腹の底からこみ上げてくるような、 塗炭の苦しみの響きだったらしいです。 ちなみにAと隣室の声の主は、 ある程度の会話を交わすような、 友達に近い関係だったと言います。 Aの住んでいたアパートは壁が薄く、 前後左右の音がほぼ筒抜け状態で、 隣の部屋からの音自体は珍しいことではありませんでした。 実際、Aの上の部屋に住む男子大学生が、 ほぼ毎日のように女の子を連れ込んでくるため、 その不届きな音にAは苦しめられていました(笑) そのため、隣室の苦悶の声に 「うるさいなぁ」 と思った程度だったと言います。 しかし早朝、 念のためAが隣の部屋に出向いて チャイムを押してもノックしても、 何の反応もありません。 仕方なくAが大家さんを呼んで事情を話したところ、 大家さんは隣室のカギを持ってきて、 Aと一緒に部屋へ入ってみたのです。 すると、なんと隣室の大学生が死亡していました。 だから第一発見者はAと大家さん。 死因は肥満だったそうです。 そんなことがあった当日、 怖くなったAが、 泊まりにきて欲しいと頼んできたのでした。 ぼくも含めて、 入学式以来の付き合いのあった3人が集まりました。 しかし、 ぼく以外の2人は翌日すぐにバイトがあったので、 泊まるのはぼく1人だけとなりました。 皆が集まったのは真っ昼間でしたが、 どうもAの様子が不自然なのです。 快活に話しかけてくると思えば、 次の瞬間にはボーッとなっていたり、 空ろに目を彷徨わせていたりするのです。 他の友人たちもAの様子に戸惑い、 これは何かあるのかもしれないと不安を感じ始めました。 そこで友人の一人が、 近くの神社に行ってみようと言い出したのです。 神主さんにでも事情を話し、 必要ならばお祓いなどを行ってもらおうと思ってのことでした。 Aも素直に同意します。 すぐに皆で最寄りの神社へ出向いたのですが、 鳥居が視野に入った瞬間、 Aの足がピタリと止まってしまいました。 途端にAは首を振り始め、 「やっぱり行かない」 と言い出したのです。 神社はもうすぐそこですから、 ぼくらは皆で引っ張って連れて行こうとしました。 しかしAの足が地面に張り付いてしまったように、 まったく前に進まなくなってしまいました。 男3人が引っ張っても動かないのですよ? 押しても引いても岩のように動かないAに業を煮やし、 ぼくらは神社に行くことを諦めました。 この時点では、 どうしても神社に行かなくてはならないとまでは 思っていなかったものですから。 仕方がないので近所で食事をして、 カラオケに行ってA宅に帰り着きました。 カラオケでは、Aが突然、 ビクンと席を立ったかと思うと すぐに腰掛けたりなど、 おかしな行動が目立ちました。 そろそろ夜に差し掛かってきて、 他の友人2人は帰ってしまいます。 正直なところ、 さすがにぼくは怖くなっていました。 生まれてこの方、 幽霊など一度も信じたことがないぼくですが、 これはヤバイのかもしれないと思い始めていたのです。 夜が更けるにつれて、 Aはますます挙動不審になっていきました。 Aが、突然固まってしまうのです。 移動している最中に固まり、 何か作業している最中に固まり、 不思議な格好で、時々固まってしまうのです。 徐々に固まる時間は長くなっていきました。 終いには、 あまりに長く固まり始めたので、 ぼくはAを動かす方法を色々試してみました。 すると、 「ワッ!」などと大声を上げて活を入れてみると、 Aはビクンとして、 また元の動作に戻ることを発見したのです。 だからAが固まる度に、 ぼくは活を入れ続けました。 そんなことを幾たびも繰り返します。 Aとたった2人でアパートの室内に取り残されたぼくは、 さすがに帰りたくなり、 Aに帰宅したい旨を伝えました。 すると、Aの形相が変わり、 Aは台所(といっても、アパートの台所ですから、 玄関口と部屋の間にある狭い空間に備え付けられたボロいキッチンです) に素早く移動したのです。 そしてAはキッチンから矢庭に包丁を取り出し、 仁王立ちの格好でぼくを見据えました。 さらにAは、 恐ろしい口調で言い放ったのです。 「3時に来るぞ……」 正直、何が3時に来るのかわかりません。 まったく何が何だかわかりません。 しかしぼくは、 全身に鳥肌が沸き立つ恐怖を感じました。 Aが立ちはだかっている場所は 玄関口に続く場所ですから、 部屋から出たくても出れないのです! ぼくはAに再び大声で活を入れ、 しきりに落ち着くように促すと、 Aは静かに包丁をキッチンにしまいました。 しかし、その場を動いてくれません。 どうやらぼくを、 決して逃がすまいとしているようです。 なんだかもう挙動まで怖い。 Aをあの手この手で説得したのですが、 まったく様子が変わりません。 仕方なく備え付けてある電話を取って110番しようと思うと、 Aは「無駄だ」と言います。 何が無駄なのかわからないのですが、 電話を取ってみると、 聞こえてくる音が「ツーツーツー」という音だけ。 これマジなんですよ。 今から振り返れば、 事前にAが電話の線を切っていたりしたのかもしれませんが、 真相は不明です。 まさか何らかの超常現象によって 電話が通じなくなったとまで思うことはできません。 わかりません。 とにかく、外部へ連絡することもできず、 部屋から出るにはAを押しのけて出なくてはならない。 Aはキッチンの真横に立っていて、 無理に押し通ろうとすれば、 再び包丁を出してくるかもしれません。 しかも、 昼間に神社へ引っ張って行こうとした時の力を考えると、 勝つことは難しそうです。 絶望的な気持ちになりました。 もしかしたら、 ここで死ぬのかもしれないとすら思いました。 時間だけが過ぎていきます。 電話と違ってテレビは付きましたから、 テレビを見ながら、 ぼくはただ行儀良く座っていました。 Aは何やら動いているのですが、 玄関前を決して離れようとしてくれません。 本当に怖かった。 喉がカラカラに渇き、 背筋が凍り付きました……。 たしか23時を少し過ぎたくらいだったと思います。 さすがにこの状態で一泊することはできません。 ましてや、 3時まで待つなんて自殺行為ではないかと焦り始め、 この状況を切り抜ける手段を模索しました。 ふと助けを呼ぼうとして窓から外に目を向けた瞬間、 「そうだ、いっそのこと窓から飛び降りてしまおう」 と思いました。 2階でしたが、幸いに下は土。 一度窓からぶら下がるようにして、 そこから手を離して飛び降りれば、 骨折したり足を痛めたりするほどのことはないかもしれないと検討をつけました。 次の瞬間には既に、 矢も盾もたまらずに窓を開けて、 一気に外へ飛び降りていました。 この瞬間のことは、 よく憶えていません。 しかし幸いにも、 足を痛めることはありませんでした。 気づいたら叫んでいました(笑) 住宅街の中を裸足のまま、 全力疾走で逃げていました。 A宅を振り返ると、 Aが窓からこちらをジーッと見ている影が見えて、 再び叫んでしまいました。 深夜に住宅街を奇声を上げながら裸足で走っている男なんて、 今考えれば超危険人物です(笑) 裸足のまま電車に乗り、 とにもかくにも自宅へ逃げ帰ることができました。 裸足での移動はかなり恥ずかしかったです。 しかし自宅にいるのも怖くて、 靴を履いてすぐ、 他の友人の家へ転がり込みました。 1週間ほど友人の家を転々としました。 この頃、 個人的にウェブの受託開発の仕事を請け負っていたりしたのですが、 もうそれどころではありません。 おかげで納期が遅れてしまった先があり 厳しく叱られましたが、 Aがいつ目の前に現れるか恐ろしくて、 仕事どころではありません。 (後日、納期が遅れたお詫びとして無償で納品しました) A宅へ一緒に行った2人と相談すると、 2人とも絶対に何かおかしいと思っていたと言います。 ぼくも確かに不自然だと思っていましたが、 その友人ら2人ほど異様な感じを受けていなかったので、 本来ならぼくには縁のない世界なのかもしれません。 この頃を境に、 ぼくは大学へ行かなくなりました。 もともとあまり行っていなかったのですが、 ピタリと止めてしまいました。 あくまで理由は仕事が忙しくなってきたからなのですが、 深層心理ではAの事件があったことが影響したのかもしれません。 裸一方のAも、 以降、誰も大学で姿を見かけたことはありません。 友人らと相談して、 有志を募ってA宅へ行ってみる案もあったのですが、 誰も行きたがりませんでした。 とりわけぼくは殺されかけたと考えていたので、 出向くことは憚られました。 Aの親御さんの連絡先など誰も知らないし、 このあまりにアホらしく聞こえる話を 一体誰に相談したら解決するのかと。 結局、今に至るまでAを見かけた人は誰もいません。 包丁と聞けば、 ひぐらしと思われるかもしれませんが違います。 Aがドッキリのようなことをやっていたんだと思われるかもしれませんが、 そんなことはありません。 これ、正真正銘、本当にあったことなんです。 もちろんぼくは幽霊を見たわけではありませんし、 ポルターガイストのように 物体が宙を浮いたりする場面を見かけたわけでもありません。 隣人の死亡など何の関係もなく、 Aがある日を境にして気が触れてしまっただけだと言われれば、 その可能性がゼロとは言いません。 よくわからない状況に遭っただけですから、 「幽霊を信じているか?」と聞かれれば「ノー」と答えます。
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