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裏鬼門
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僕は漫画のアシスタントをしている。 現場の雰囲気にもよるが、 ときおり雑談しながら作業をする。 そんなときに聞いた話。 僕は今でもその話は嘘だと思っている。 話してくれた方を仮にAさんということにしておく。 詳しい場所は教えてくれなかったが 横浜方面の現場での体験談だそうだ その現場は深夜に作業をするタイプの現場だそうで、 出勤は昼ごろになる。 駅から少し離れたところに坂があり、 その上にある住宅地の一角、 マンションの一室だそうだ。 Aさんは話の端々で 坂の長さと勾配が急であったことを強調していた。 何度もその現場に通っているうちに、 いつも坂の袂、道の真ん中に 女の人が立っていることに気づいたそうだ。 ワンピースを着ていた。 美人だった。 Aさんが言った女の人の特徴だ。 原稿の都合によっては 早く呼び出されることがあったそうだが、 いつ行ってもその女の人はいたという。 お盆の終わりの頃の話。 いつものように現場に向かうとき、 一台の車がその坂を下りてきたという。 いつも女の人が立っているのは道の真ん中だ。 気になって様子を見ていると、 その車は女の人が見えないように突っ込んでいった。 「あっ!」 と叫んだとき、 轢かれたと思った女の人は消えていた。 通行人たちは叫び声の理由が気になるのか Aさんの方を見てくる。 ぶつかるような音は聞こえてこなかったし、 気のせいだったのかと思った。 その2日後、原稿があがった。 時刻を見ると もうすぐ夜中の3時にかかろうかというところ。 帰宅は翌日の始発にすることにして、 Aさんはたばこを買いに行くことにした。 坂の上は住宅地なのでコンビニは一軒もないらしい。 駅前まで歩く必要があるそうだ。 マンションから降りていくと、 坂の袂に例の女の人が立っている。 一昨日のこともある。 こんな夜中にまでいるということは、 ヤバい存在なんじゃないかなと思ったそうだ。 たばこを買ってきてまた坂にさしかかると、 やはりいる。 Aさんはなるべく目を合わせないようにした。 坂を上っていくと男の人とすれ違った。 坂の下に立つ女の人はともかく、 こんな時間にすれ違うのは珍しいなと思ったという。 横浜という場所を考えれば そうでもないのかもしれない。 坂を上るとまた別の人とすれ違った。 結構勾配のきつい坂だったそうで、 よろけないように足元を見て上っていたという。 そのために気づいていなかったが、 坂の上のほうを見てみるとぞろぞろと人が降りてくる。 いくらなんでもこれは変だと気づいた。 Aさん曰く百鬼夜行だという。 たしかに夜中の3時にできる行列には 異様なものがあるだろうと思う。 ふとAさんは坂の下に立つ女の存在が気になったという。 何者なのだろうか… 見てみると、 坂を降りてきた男のうち一人の手をとり、 角を曲がっていったという。 しばらくすると戻ってくる。 また別の男の手をとり角を曲がっていく。 Aさんは坂を下りてくるのは男ばかりではなく 女も混じっていたと言ったが これは蛇足というものだろう。 原稿も終わっていたし、 暇だったのでボーっと見ていると 女の人と目が合ったという。 なんとなく怖くなったAさんはマンションまで戻り、 ベランダで一服だけすると布団に入ったそうだ。 ベランダから坂を見てみると、 行列は消えていたという。 坂が長くて袂のほうはどうなっているか分からなかったとも付け加えた。 Aさんが後で調べたところでは 坂は南西から北東にかけて伸びていたという。 坂の袂は南西だそうだ。 あの行列は裏鬼門に向かっていたと言いたかったらしい。 漫画を描いていたりすると そういう話に詳しくなったりするが、 ちょっと強引じゃないかなと思った。 時期をお盆の終わりといったのは それをオチにしたかったからなのかもしれない。 月末にまたその現場で仕事があるという。 7月のことだった。 Aさんと会ったのは その話を聞いたときが最初で最後だった。 というよりも、 僕がそのときの現場に行ったのが最初で最後だった。 後で知った話だが、 坂は別の世界につながっていると信じられているらしい。 黄泉の国と葦原中国をつなぐのが、 その代表ともいえる黄泉比良坂だ。 また、坂には坂姫が立つという。 これをオチにすればちょっとは面白くなるかもしれないと思ったが、 裏鬼門の話と同じレベルかもしれない。
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