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七不思議
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「七不思議」というものを知っているだろうか。 理科室の人体模型が動くとか、とある場所の階段をある時刻に上ると一段増えているとか、音楽室のベートーヴェンの目が動くとか、言うならば学校限定の怪談話みたいなものだ。それに関係する恐ろしい体験をした覚えがあるので、この場を借りて話そうと思う。 3年生の卒業が間近になった頃、俺の学校ではしばしば奇妙な出来事が起こっていた。教室の机から一斉に物が無くなったり、生徒が何もない場所で大ケガをしたり、体育館の天井の骨組みを成す鉄パイプが落下したり、火事が起こったり、 といったような具合だった。 そういう事が起こる度に教員らは「よく注意しなさい」と言うのだが、あまりに常識の範囲を越えた事ばかりが立て続けに起こるので、生徒の間では変な噂が流れるようになっていた。その噂によると、昔からどこでもよく耳にする「七不思議」というモノがこの学校にもあるというのだ。 全くくだらない。初めはそう思っていた。 しかし、ある事故が起こった時、俺は心の底から七不思議に恐怖を覚えた。あろうことか、学校で、友人が事故で死んでしまったのだ。 その事故が起こる前、彼は数人の仲間と一緒に、去年の末に廃棄が決まった屋上のプール場で遊んでいた。あまり詳しい事は分からないが、彼らは「七不思議」に興味を持って手掛かりを探していたそうだ。 数日後、廃棄プールの中で彼は死んでいた。プールに溜まっていた水を一杯に飲み込んで、腹がパンパンに膨れあがり、底に生えていたコケや汚物をも飲み込んで、腐乱しかけた状態で見つかった。 あまりの出来事に、俺や仲間たちはただ唖然としていた。その友人は運動神経が抜群だっただけではなく、行動力はあるが決して無鉄砲な真似はしない、賢さを備えたやつだった。 そんな友人が、たかが廃棄プールに行ったくらいの事で死んでしまった。あまりにバカげてる。 仮に不注意だったとしても、普通、プールに落ちただけで死んでしまうものなのだろうか。運動神経の良い彼なら、尚更そんな事は有り得ないはずだ。 「七不思議」彼が興味を持ったこの言葉こそ、彼の死の直接の原因かもしれない。そう思っていた。 多分、俺だけではなく仲間の全員が、プールで何が起こったのか、程度は違えど恐ろしい想像をしていたに違いないと思う。仲間の顔は皆、ひどく青白くなっていた。 それから数日後、仲間の間では、彼の死についての話題はタブーとなっていた。皆、彼の葬式に出て、彼について気が変になるくらい散々訊ねられ、精神的に疲れきっていた。 仲間の中でも神経質だったKは、耐えられないところまで来ていたのか、教室に入ってくるなり教卓とイスを思いきり蹴り飛ばし、血走った目でギョロリと皆を睨みつけ、「もう嫌だ」と言い放ち、それっきり学校に来なくなった。仲間の誰もが、Kのことを笑うことはできなかった。 事故から2週間くらい経ったある日の放課後、俺は教室にいた。夕方6時くらいだった。 日はすっかり暮れてしまい、辺りは薄暗かった。そういえば、七不思議って結局何なんだ?何となくそんな事を考えていた。 これまで大きな事件があったのは、机から物が大量に無くなった2年生の教室、生徒が大ケガをした3階の廊下、鉄パイプが落ちてきた体育館、火事で全焼した1階の倉庫室、そして例の廃棄プールだった。5つか。 もし七不思議が本当なら、残りの2つはどこで何が起こるんだ・・・?想像できるはずもなかった。大体、事故の場所や起こる事の程度も、何もかもがデタラメだった。 ふと俺は時計を見てみた。6時を過ぎたばかりだったが、周りはもう真っ暗だった。 何故か急に気味が悪くなった。先日の事故と「七不思議」という言葉が頭から離れずにいたせいで、俺は周囲にとても敏感になっていた。 教室はひどく不気味だった。この時間、いつもなら4,5人の生徒が残って自習をしているはずなのだが、気がつけば誰一人としていない。 きちんと整頓された机の列がやけに怖かった。突然、ガラッと音がして黒板側の扉が開いた。 心臓が止まりそうになるほどびっくりしたが、現れたのは級友だった。級友は俺の方をちらりとも見ることなく、スタスタと真っ直ぐ窓際の机に向かい、横に掛かった黒いカバンを取ると、すぐに教室を出ていってしまった。 なんだ、脅かすなよ・・・少し安心したが、なんか嫌な感じがした。今の級友は、何かがおかしかった。 どこか、様子が変というか、それ以前に・・・・それが何だか理解した俺は、あまりの恐怖で歯がガチガチと鳴り始めていた。さっきの級友が向かった机―――そして、取っていった黒いカバン。 どちらも、廃棄プールで死んだ、あの友人のものだった。教室を出ていく時、彼はこちらを見て笑っていたような気がした。 気がおかしくなりそうだった。一刻も早く教室を出たかったが、もう一度「彼」と会ってしまったら、と思うと、足がすくんでしまった。 ゆっくり深呼吸をして、手の平に「人」という字を書いて飲み込み、もう一度深呼吸をした。時計を見ると、やはりまだ6時を過ぎたばかりだった。 俺は何とか教室を出ようと思った。簡単なことだ。 「彼」とさえ会わなければ良いのだから。そう言い聞かせ、俺は教室を飛び出した。 誰もいない各クラスの教室を横目に廊下を走り抜け、 階段を駆け下り、あっという間に下駄箱の並ぶ出口に辿り着いた。そこで俺は硬直した。 下駄箱の辺りに誰かがいた。しかも、よく見るとそいつの手にはさっきの黒いカバンがあった。 もう沢山だ・・・すると、そいつがこっちを振り向いた。Kだった。 「もう嫌だ」と言葉を残し、学校に来なくなっていたやつだった。俺は「K!」と叫んで駆け寄っていた。 「ああ、お前か」意外にもKの様子は普通だった。手に持っていた黒いカバンを除いては。 俺は自分を抑えることが出来ず、つい聞いてしまった。 「そのカバン、どうしたんだ?」するとKは、まるで時間が止まったかのように俺の目を見たままピタリと動かなくなった。 俺はぞっとした。Kはクククと笑い出し、「そんなに知りたいか?」と言った。 俺は怖くなったので、「俺もう帰るから。じゃあな」とだけ言って、急いで靴を履いて、そのままKと別れた。 早足で自宅に戻り、制服のまま布団に入って寝た。次の日、学校に行くと何やらクラスがざわついていた。 俺は既に嫌な感じがしていた。まず教室に入ると鼻をつく異臭に気付いた。 何とも形容し難い、排水溝かドブみたいな臭いだった。教室の後ろで、クラスメートが集まっていた。 そこは俺の席がある場所だった。見ると、俺の机の上が緑色に染まっていた。 どす黒い、気持ちの悪い緑色だった。何だコレ・・・。 近づいてよく見ると、細かい粒々がびっしりと敷き詰められているのが分かった。紛れもなくそれはコケだった。 俺は吐き気がして、思わず口を押さえた。廃棄プールだ。 確信はなかったが、ほぼ間違いなくこれはKの仕業だと思った。一体何のつもりでこんな事を・・・。 仲間に聞くと、やはり皆俺と同じ考えだった。しかし肝心のKが教室にいない。 仲間と一緒にKを探しに廃棄プールに向かうと、屋上に続く階段の辺りの「立ち入り禁止」のプレートが、コケでぐちゃぐちゃに汚れていた。仲間と顔を見合わせ、扉に手を掛けるとカギは掛かっていなかった。 扉を開け、一歩踏み出そうとした瞬間。 「ギャアアアアアアアア!!」ものすごい叫び声がした。 Kだ。皆で走って廃棄プールの中を見ると、そこにはコケまみれのKが、奇声を発しながら飛んだり跳ねたり、手を振り回したり、狂人のように暴れていた。 Kは昨日も持っていた、あの黒いカバンを乱暴に振り回していた。まるで何かを払いのけるかの様に。 俺たちはその光景をただ見ている他なかった。その後、生徒に知らせを受けた教員がやってきて、Kは押さえつけられ、そのまま連れていかれた。 あの光景の恐ろしさは今でも目に焼きついている。その後Kがどうなったかは知らない。 七不思議が結局何だったのかも分からない。俺はあの後、両親に頼んで転校手続きを済ませてもらい、違う県の学校に転入した。 そこでは何も変わったことはなかったが、今でも黒いカバンを見ると、あの時の放課後、教室に入ってきた不気味な級友と、Kの狂った表情を同時に思い出してしまう。
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