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屍伯爵
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これ小学校5年の時の話。 当時町外れに古びた館があってそこに仙人みたいなじいさんが住んでいて、俺たちは「屍伯爵」と呼んでいた。ある夏の日、俺と友達の亜と異の3人で、伯爵の館に探検に行くことにした。 あの広い館で半死人みたいなじいさんが何をしているのか前々から興味があったからだ。流石に夜は気味が悪いので行くのは午後にした。 それでも見付かる心配はないと思った。というのも伯爵は昼間は寝ていて陽が落ちてから活動を始めるという噂がまことしやかに流れていたからだ。 広い館だし見付かることもあるまい、よしんば見付かってもじいさん一人どうにでも逃げられるとの気持があった。そして俺たちは館へ向かった館の周りは俺の背丈ぐらいある雑草が繁っており、丸っきりの廃墟にしか見えない。 俺たちは片方がひしゃげた門扉を押し開けて敷地に侵入した。頭を上げて館の前面を見渡した。 ヒビが入った窓ガラスがいくつかある。窓の後ろに人影は見えなかった。 亜が玄関のドアを押した。ギイ~ッとした音が鳴り響いて俺たちはビクっとしたが、すぐに辺りは静まり返り、誰かが向かってくる足音もしない。 どうやら伯爵は本当に眠っているようだ。或いはいないのかも。 俺たちは少し大胆になってズカズカ中に入って行った。そこはホールになっており正面に広い階段があった。 俺たちはそこを上って二階へ向かった。しばらく二階をうろついたが部屋の半分には固く鍵がかかっており、残りの半分はがらんどうで床にうっすらと埃が溜っているだけだった。 俺たちは期待外れな気分になって階段を降りた。その時短気な亜が「ああ~糞つまんねー」と言いながら二段飛ばしで降り始めた。 するとバリバリドーンっと大きな音がして亜が階段の裏に落下した。俺と異はびっくりして穴を避けてそろそろと階段を降り、裏に回った。 亜は尻餅をついて痛みにうめいている。俺と異が両側から立たせてやると、顔をしかめたまま、左を指差した。 そちらに目をやると薄暗がりの中に黒く塗り潰したドアがおぼろ気に見えた。俺は亜を見た。 こいつが落ちてから俺と異が助けに行くまでせいぜい数十秒だったはずだ。その短い間しかも痛みに気を取られながらよく暗がりのドアに気付いたものだ。 短気なスポーツバカだとばかり思っていたのに。ともかく俺たちはそのドアへ足を踏み出した。 続くドアはあっけないほど簡単に開いた。地下に続く階段がある。 「俺待ってるからお前ら二人行ってこいよ」亜が下を覗き込みながら行った。俺と異は亜を見た。 おかしい。俺は突差にそう思った。 いくら打ち身で歩きにくいからとはいえ自分から残るなどと言い出すような奴じゃない。担いででも連れてけと言いそうなものだが。 俺は異を見た。同じくいぶかしそうな表情を浮かべている。 俺は亜に言った。「お前それでいいの?中に何あるか見たくないわけ?」亜はそっけなく言った。 「仕方ないだろ。一人じゃ歩けねーし、階段なんて降りらんないよ」「…」俺は黙って亜の顔を見た。 その時異が「…帰ろう」と言った。不安になってきたのだろう。 いや最初から不安だったのかも。それを聞いて俺は少し慌てた。 ここまで来たなら降りてみたい。ここで帰ればまた来る気になれるかわからない。 俺は断固行こう(流石に一人じゃ行けない)と異に言った。渋々地下行きに同意した異と共に階段を降りていった。 下にはまたドアがある。木製であちこち欠けていた。 俺は異がついて来てるのを確認してからゆっくりとノブを回した。クイ~ッとドアが開き、地下室の内部が露になった。 俺は入る前に手で近くの壁を探って電気のスイッチを探した。すぐに見付かった。 捻るとジジーと音がしてからボヤ~ッと蛍光灯がともった。俺と異はドアのとこから中を覗き込んだ。 真ん中に広いテーブルがあり、何やら動物の入った小型の檻や虫籠らしき物が沢山乗っていた。四方の壁にも同じような籠や段ボール箱が積み上げられている。 俺たちは中へ入った。テーブル上には犬・猫・蛇・甲虫などが籠の中でうごめいていた。 「ようこそ」テーブルに気を取られている俺たちは不意に後ろから話しかけられて飛び上がった。振り返ると伯爵が薄ら笑いを浮かべて立っていた。 二の句を告げずにいる俺たちの脇を通って伯爵はテーブルの側に来て籠の一つを指した。それは一見何も入ってないように見えたがよく見ると小さな虫が飛び回っている。 蠅か何かのようだ。「これをね、こうする」伯爵は籠の蓋を少し開けて骨と皮だけの手を入れたと思ったらすぐに出した。 蠅を掴んでいるようだ。まさかの早業に俺はひそかに驚いた。 異も目を丸くしている。伯爵はその手を蠅の籠の隣の籠に持っていき蓋を開けて中に差し入れた。 その中にはトノサマガエルが入っていた。伯爵は握っていた手を放した。 蠅はもう潰れていたらしく、下に落ちた。するとカエルがのそのそ這ってきてペロリと飲み込んだ。 それを見て伯爵は俺たちに向かってニヤリとしてみせた。伯爵の手はまだ止まらない。 今度はカエルを掴み出してその隣の籠に入れた。中にいるのは蛇だった。 一飲みにされた。伯爵はまたこちらに笑いかけた。 俺は不思議と怖さをあまり感じなかった。目の前で行われている事への好奇心の方が勝っていた。 異も同じ様子だった。伯爵の動作は続く。 今度は蛇を掴み出した。か細い腕に巻き付いている。 伯爵は顔色一つ変えずそのまま今度は出入り口から見て一番奥の壁の方へ歩いていき、積み上げられた段ボールを下ろし始めた。蛇が巻き付いた腕で。 やがて目当ての段ボールを見付けたらしくガムテープをはがし始めた。下ろされた段ボール箱の奥からは窓が顔を出していた。 その段ボールから出てきたものを見て俺は目を疑った。それは何と小型のワシだった。 おかしい。こんな小さな段ボールで飼えるわけがない。 だとすれば…。ワシが蛇をついばむのを俺と異は固唾を飲んで見守った。 よく餌付けされているようだ。俺は何か芝居を見せられているような気になってきた。 きっとそうに違いない。伯爵は忍び込んできたいたずら小僧たちをビビらせようとしてこんな手の込んだ奇行をして見せているのだ。 そう思い当たると俺は何だか安心した。そうだ。 当たり前じゃないか。現実に危険などない。 俺は異の方をむいて微かに笑いかけた。安心させるためだ。 しかし、何か忘れているような…。やがて伯爵は半分ほどになった蛇をぽいと捨て、ワシをまた段ボールに戻し、はがしたガムテープを貼り直した。 伯爵はまたニヤリと笑いかけて言った。「もうじき、終わる」伯爵はまた段ボールを下ろし始めた。 窓が徐々に姿を現して行く。やがて目当ての段ボールが見付かり伯爵はガムテープをはがしていく。 中から取り出されたものは――。ラップがかかった皿だった。 中身は良く分からない。伯爵は笑みを浮かべながらそれをこっちに持ってきた。 籠をどけてテーブルに乗せる。俺は皿を凝視した。 ラップに包まれているのは唐揚げのように見えた。「食べて、いいんだよ」伯爵は俺と異を交互に見てニタリと笑った。 黄ばんだ歯が覗いた。俺と異は顔を見合わせた。 壁に詰まれた段ボールから出てきたものなど食べたくない。俺は断りの言葉を言おうと伯爵の方に向き直った。 そして――大声を上げて逃げ出した。異のことも忘れてドアを飛び出し階段を駆け上がった。 玄関ホールを走り抜け必死に外へと走った。雑草を踏み倒し門扉にぶつかりながら道へと脱出した。 まだ止まれない。家へと走った。 着いた時は死ぬかと思った。俺は見てしまった。 断ろうと伯爵を振り返った時、伯爵の後ろ段ボールの中から現れた窓が、ゆっくりと開き始め、外から黒い毛むくじゃらの何か大きなものが中へ入ってこようとしているのを。あの地下室は俺たちの籠だったのだ…。 後になって思い返してみると逃げ出した時亜の姿は見なかった。そして異の行方は――杳として知れない。
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