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剣鉈
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丁度六年程昔の話。 当時、自分の手で刃物を作る魅力に取り付かれ、 道具やら材料やらをかき集めて一本の剣鉈を作った。 剣鉈、と偉そうに書いているものの、 実際は短刀の出来損ないのような代物で、 当然の如く知り合いから 「ダサい」だの「ドスかよw」と笑われた。 確かに見栄えは良くない。 全く良くない。 しかし、自分が作った物には自然と愛着がわくもので、 いつの間にかその剣鉈を実際に使ってみたいと思うようになった。 その勢いのまま、 ズタ袋に缶詰やら毛布やら懐中電灯を突っ込み、 自転車で川を下りながら定○渓辺りの川辺で露営。 今考えると相当間が抜けていた行動だった。 あの辺りは文字通り熊のテリトリーのど真ん中。 しかも北海道だから ツキノワグマなんて目じゃないくらい 巨大で凶暴なヒグマが棲んでいる。 そんな状況下で ブルーシートをテント代わりに浮浪者じみた生活をしていたなんて、 今考えると途轍もなく無鉄砲なことをしていたのだと嫌でも反省させられる。 しかし、それでも無事でいられたのはある理由があった。 露営を始めてから二日目だったか三日目だったか、 大き目のソファー位ある石に胡坐をかいて、 のんびり釣竿から糸を垂らしていた時のことだった。 川の流れが悪いらしいのか魚が寄り付かないような場所だったせいで、 そこは殆ど人が寄り付かないような場所。 もちろん魚なんか釣れる筈も無く、 おもちゃの釣竿でただ気分を味わっていたのだけど、 丁度昼の三時頃、腹の音が鳴るのとほぼ同時に、 後方10mくらいに動くものの気配を感じた。 釣り人でもなく、山菜取りでもない。 登山ルートからは大幅に外れているから、 その場にいる理由がある人間なんて自分しかいない。 後ろの人間がどういう目的でそこにいるのか、 自分に何か用があるのか、もしかしたら熊か、 なんて色々考えている内に、 その気配がだんだん近づいてくるような気がした。 川の流れが急なせいで足音までは聞き取れなかったのだけど、 熊ならもっと荒い息をするからすぐにそれとわかる。 しかしその時は何も聞き取れなかった。 人なら何かしら声をかけるだろうし、 熊なら鼻息で判断できる。 では後ろにいる「何か」はいったい何者なのか。 急に恐ろしくなって、腰に据え付けてた剣鉈を抜き、 もしただの人だったらどうしようなんてこと考えずに、 「ホォウン」 と恐怖心丸出しの威嚇をしながら振り向いた。 人だった。 見たところ十代前半くらいの女の子で、 身長はだいたい140cmだか160cm。 髪型は腰にまで届かんばかりのロング。 江戸時代の農民の子供が着るような、 あちこち継ぎ接ぎだらけの服を着ていた。 今考えれば、 とても異常な風体をした子供だったけれど、 なぜかその時はそんな彼女を気にすることなく、 コミュ障にありがちなどもりを連発しながら平謝りしていた記憶がある。 彼女は彼女で無言でこっちを見つめ続けてくるし、 自分は自分で、 見ず知らずの小さな女の子に刃物を突きつけてしまったことにガクブルしていて、 暫く気まずい雰囲気がその場に溜まっていたんだ。 どう言い表すべきか言葉に悩むけれど、 例えるならば、注文されたものと全く違うピザを893の事務所に配達しに行ってしまった時の様な、 ある種の殺気に包まれていた気がする。 子供とは思えないような威圧感が漏れ出ているのが嫌でもわかった。 しかし、 「いいよ」と彼女が笑って許してくれた時、 その場の空気が一変した。 まるで間違えて配達したピザが思ったより好評で、 事務所のお兄さんに諭吉を5,6枚握らされた時のような感じ。 今でもその子の顔は覚えている。 いい意味でも、悪い意味でも。 しかし不思議なことに名前は覚えていない。 そもそも彼女が名前を名乗ったかどうかすら記憶に無かった。 確かその後取り留めの無い会話を日が沈むまで続けた記憶がうっすらと残っているけれど、 その子の身の上については一切触れられず、 自分が質問攻めにあっていた気がしないでもない。 名前はなんというのか、とか、 何処に住んでいるのか、とか、 好きな人はいる、とか、 本当にどうでもいいと思われるような会話だった。 しがし、剣鉈についてはかなりしつこく質問された。 作り方やら材質やら切れ味やら、 とにかく何でも質問された。 正直子供にこんな難しいこと言ってもわからないだろうなあ、なんて思っていながらも、 自分の作品が褒められたことに気を良くして、ついつい質問に答えてしまったものだ。 そして日没の頃、 彼女がどこかへ立ち去ろうと腰を上げた時、 「それ、あたしにくれない?」 また、空気が変わったような気がした。 つい先ほどまで自分と他愛も無い会話をしていた少女が、 全く別の何かに変わったのだと、直感がそう告げていた。 そのとき自分は胡坐をかいて座っていて、 暗くなってきたから彼女を家に送ろうと立ち上がろうとしていたものの、 その時だけは彼女から発せられる圧力に負けて、 立ち上がることも、彼女を見上げることもできなくなった。 寧ろ、体がそれを拒絶していたと言ったほうが正しいのかもしれない。 肉食獣に見据えられた草食獣のような絶望と諦めが入り混じった奇妙な感覚の中で、 刺すような殺気に耐え切れなくなり、 己の宝であったはずの剣鉈を恭しく彼女に差し出した。 暫くして恐る恐る上を見上げると、 彼女はもういなくなっていた。 剣鉈も同じく、 彼女と共に何処かへと消え去ってしまった。 やっと事の異常さに気がつき、 急いで荷物をまとめて自転車に飛び乗ったとき、 「なんだ、もう帰るの? 今度来るときはあんな無礼なことしないでね?」 と頭のすぐ後ろで聞こえたような気がした。 そこから先は何も聞こえなかった。 木のざわめきと、川のせせらぎ、 それだけが何時も通りに辺りを賑やかしていたんだ。 あの時は恐ろしさの余り失禁しそうになっていたけれど、 今考えるととても光栄なことだったのかもしれない。 そんなことを考えながら作っている刃物は今年で七本目。 今回の作品も気に入ってくれるといいなあ。
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