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おばけなんてないさ
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頭良くなくて、 デブなやつがいたとするでしょ。 そいつがもし小学生で、 大人が驚くほど歌が上手だったらどう育つと思う? 一つの例だけど。 僕の場合、歌を拠り所にして、 歌に人生賭けたいと思うほどの大人に育った。 高卒で、母と取引をして上京、 上京に反対してる伯父を母に泊めてもらって、 実家の支援なしで突っ走ったよ。 高校時代からバイトして貯めた 三十万ぽっち握りしめてね。 不動産屋で実家に連絡とられると、 伯父が出たら連れ戻したいなんて言われたりして。 それでもどうにか、 事情を説明して母と連絡とってもらってさ。 で、実家の支援が受けられないから、 どんな問題があってもいいから安い部屋をって頼み込んで。 カプセルホテルで三週間くらいすごして、 ようやく見つけたのが凄まじいアパートだった。 場所は都庁が見えるとこ。 渋谷区なんだけどね。 ちょっと出たとこの通りからほんと都庁が見えるのね。 とりあえず物件下見にいったときに、 なんかものっすごい寒気したの。 寒気。 当日はうららかな春の見本みたいな日だったのよ。 その部屋日当たりもいいのよ。 つきそいの担当者はアパートの門の前で鍵だけ渡して、 一人で見てきてくれって始末。 郵便受け見ると、 一階二階にそれぞれ三室あるはずなのに、 埋まってるのは下だけ。 で、階段上る途中で、 二階のどこかの部屋から足音が聞こえたような気がする。 とりあえず手近な扉から開けたら、 なんか誰かいたような気がする。 部屋はいって即、 となりの部屋との境となってる壁の四隅にね。 木製の板に見慣れない模様が刻まれてるようなのが、 釘で打ち付けられてるわけ。 で、全部の部屋見てまわって下りてきたら、 丁度下の十人のくたびれたおばさまと鉢合わせ。 鍵もってる姿見て、 担当者がいるの見て、 挨拶もかわさないうちに、 「ひょっとして二階に住むの検討してるの? やめといたほうがいいわ。 悪いこと言わないから」 なんてひそめもしない声で言って、 ノシノシ歩いて行く。 「えーと、今のって、 二階に人が入るとうるさくなるから、 ってことですかね?」 「いえ、ご希望どおりに。 問題がいろいろとあるかわりに、 家賃一万円のお部屋ですので」 「ちなみに、おすすめって、 この三つのうちのどれですか」 「正直、どれもおすすめできません」 「僕の希望からいうと… どれも一万円でおすすめってことですよね」 「はい。敷金礼金も頂きません。 大家さんからお礼をちょっと頂くだけです」 「…死んだりしませんか?」 「死んだっていう話はないですね。 一週間ともたずに出ていったという話はいくつもあります」 「大家さんに、一ヶ月住むことができたら、 その後九千円にまけてもらえませんかって交渉ありですか?」 「…九千円、ですか」 「はい」 「かけあってみます」 翌日、 九千円でもいいという返事が不動産屋の担当から入って、 ここに決めた。 この部屋、色々凄かった。 まず、住むために荷物をいれる途中、 息苦しくなった。 ただし、僕じゃない。 何も知らない配送業者の人が胸や首を、 ほぼ全員しきりに触ってた。 で、みんながみんな壁の変な札っぽいものを見る。 あと、気がたってるのか、 差し入れの弁当と飲料をわたそうと肩を叩くと、 電動マッサージ機かっていうほど震え上がった。 初日の夜、寝ようと思っていると、 押入れのあたりから気配を感じる。 音とかじゃない。 絶対あの向こうにいやがるぜ! っていう感覚なのね。 すんごい怖い。 でも、バイトしながら、 芸能事務所にトレーニング料支払ってっていう生活を思うと、 超安物件にどうしても入る必要があった。 もうあんまりにも怖くて、 おばけなんてないさを寝るまでずっと歌ってた。 それから毎日、 とにかく部屋にいるときは歌った。 もうとにかく歌った。 もちろん、曲目はおばけなんてないさ。 で、日本酒常備。 100円ショップの安ぐいのみでお供え。 それと、コメを毎日少量づつ 100円ショップの安皿の上に載せた。 で、寝るのも楽じゃない中、 現役プロも指導してるコーチの中で相性のよさそうな人を探す傍ら、 飛び入りオーディション行脚。 あ、こういうのって、 とにかくお願いしますって熱烈アピールして拝み倒すと 受けさせてくれるのね。 情熱第一の職業だからさ。 期間外でも受けさせてくれるのよ。 ま、事務所の方針にもよるんだけどね。 ようやっと落ち着く先が決まった夜には、 同居人(?)の分も豪勢な料理つくってふるまったな。 「これもあなたのおかげです。 毎日が戦々恐々としてて培われた必死さが、 いい事務所に所属できるきっかけとなりました。 今後共なにとぞ御加護をお願いします。 でもできれば、せめて就寝前から起床までは、 どうかおとなしくしてください」 おもっきし祈った。 誰もいない部屋の中で土下座もした。 奉納舞のかわりに奉納歌、 やっぱり曲目はおばけなんてないさ。 いや、驚いたのはなにがってさ、 ぴたっととまったんだよ。 ピタッと。 あれ?ひょっとして? これってもしかして、効いた? ピコーンとひらめき。 お祀りすればあるいは! とおもって、 ベニヤ板やらいろいろ買いこんで、 とりあえず箱っぽいもの完成。 神棚って油性マジックで書いて、 その日から御供え物はかかさずその箱の中にいれるようにした。 すると、嘘のように、 昼間から感じる寒気もおさまった。 夏のある日、 唐突に意識失って、 気がつくと病院にいた。 下のおばさんいわく、 天井から逆さに女が生えてきて、 上を指さしたそうだ。 怖くなって部屋の外に退避しようとしたら、 扉開けたとこにその女がたってて、 やっぱり上を指差して消えた。 で、何がなんだかよくわからないけど、 怖さが静まりかえった後、 その仕草のことが気になってきたみたい。 とりあえず僕の名前を大声で読んでくれたらしいけど、 こちとらバタンキュー。反応がない。 だんだん、 なんだか俺の事が心配になったってさ。 大家にきてもらって、 鍵を開けて中に入ったら、 僕が倒れてたそうだ。 病名、熱中症。 危うく死ぬとこだったそうだよ。 発見があと一時間遅かったら助からなかったかもね と医者が言ってた。 一週間ほど入院してる間に、 実家から見舞いにきた母にかくかくしかじかと言ってみたら、 母は信心深い人だから、 ちゃんとした神棚を用意すべきだと主張。 退院する日には振り込んでおいたというメールがきてた。 帰りがけに鳥居とかついた立派な神棚買って帰ったら、 なんか設置してる間にわけもなく楽しくなってきて、 思わず日本酒瓶ごとひっつかんで、酒盛り。 ひょっとしたら、 見えないだけで一緒にどんちゃんやってたのかもしれない。 いやーみんな現金なのね。 おばけのおかげで僕が助かったーってなった途端、 アパート住人二階に来るくる。 神棚にお参りしていく。 で、ほどなく二階の残りの部屋にもちょっとずつ神棚設置。 しばらく使ってみてといわれた一階住人が使ってみるも、問題なし。 僕がこのアパートに越してから一年もしないうちに、 残る2つの部屋も借りてがみつかって、めでたく満室。 大家さんからすっごい感謝されて金一封いただいたんで、 そのお金全部お酒に変えてお神酒にあてた。 カラオケスナックでのバイトも思い出深いなあ。 自転車とばせば新宿駅まで四十分くらいの距離だったからね。 リクエストもらって歌ったりしながら楽しく仕事ができるんで、 時給900円ちょっとだけど良い職場だったな。 ちょっとアレなところの多い僕みたいなのでも、 お客さんも面白がってくれるし、 店長も個性個性ってかわいがってくれてた。 終電終わってからでも余裕で帰れたから、 仕込みとかも手伝って割増時給もゲットできたし。 僕の上京生活は、 ほんっと有意義なものだったよ。 デビューこそできなかったけど、 とにかく鍛えてもらえた。 あと、実家にいると、 ついついたらふく食べてデブってしまうのも改善されたね。 上京したとき確か103kgくらいあった体が、 68kgくらいになって、 驚くほど筋肉質なイケメンに化けた。 里帰りした時、母から 「こんなのうちの子じゃありません」 とか冗談めかして言われたなあ。 ひょっとしたら最初のファンもあの時にできたのかもしれない。 案外おばけなんてないさが気に入ってたのかも。 21歳で実家に戻ることになった。 約束では25歳までは芸能界に挑戦していいって話だったんだけど、 母が倒れたからしょうがない。 実家は老舗温泉旅館でさ。 だから歌には不自由しない生活だったんだ。 小さい頃から業務用カラオケ常備の環境。 ファミコンとかディスクシステムとかスーファミとかねだっても買ってもらえなかったから、 ふるくっさいカセット式のカラオケ機がおもちゃ。 そういうドーピングかかってても、 やれたのは、地方局の提供のナレーションが二件と、 ドサまわり系の劇団の隅っこでのアカペラが数件。 報酬を貰わないタイプのJazzセッションとかはよく誘われて、 本職の方との交流もさせていただいたりしたけど…。 退去日は寂しかったなあ。 実家とのやりとりは、 携帯も持ってないような生活だったから、 基本公衆電話って感じでさ。 多分同居人(?)は知らなかったと思う。 「実は今日、僕、田舎に帰るんだ」 天井裏からずるんと、 昭和に流行ったワンレンミディアムなかんじの人が落ちてきた。 古臭いセーラー服だったかな。 音もなく床に激突。 で、ふわんと消えた。 ちょっとだけ見えた横顔はすっごく綺麗だった… ように見えるけど、 案外目が離れてたりするんだよね。 こういうののオチって。 声はそれまでずっと聞こえなかったからね。 わかってたのかな。 たぶんあれはショックだって表現したかったんだと思う。 しんみりとしちゃった。 「でも、今は友達一杯いるから大丈夫。 悪さしちゃだめだよ。 また怖がられるし。君は福の神様なんだから」 で、アパートの他の住人で来れる人よんで宴会。 ほろよい気分でいい感じに号泣しながら、 おばけだっているさ、 おばけだってほんとさーと替え歌歌いながらアパートから去った。 ま、僕には僕の新しい生活がある、 なーんてなだめながらね。 で、実家戻って受験勉強という名の、 おばけよりこわーい家庭教師つけられた地獄がはじまりましたとさ。 ま、どうにか馬鹿じゃないと主張できるかもしれないくらいの大学にはいった。 一部人気学部が偏差値65とったこともあるってくらいで、 不人気学部は定員埋まらないことも三年度に一年度はあるくらいのとこ。 …僕は、とても運が良かったよ。 定員>受験者-辞退者だったからね。 条件付き入学でした。 上京の時のようには大学生活は上手くいかなかった。 まず、一番問題になったのが、 実家の熟練中居の息子さんと同期入学だったこと。 自分もうちで働くつもりでいたらしくてさ。 本人、悪気はないんだろけど、 学内で坊ちゃんなんていうもんだから、ばればれ。 噂が広まってくと、 そこから色々崩れてった。 一番空気悪くなったのが部内。 燃え尽きてないままに里帰りしたから、 当然部活は軽音楽部に入ってた。 ロックが音楽の中で最高峰。 生き様もロックが最高っていう割に、 かっるーいビジュアル系な三年四年のバンドがいたんだ。 これに目をつけられちゃってね。 何かというと、 苦労も知らずに音楽やってるやつはカスだ、みたいな扱い。 貧しさから音楽性は育つとかいうんだ。 いっちょまえに苦労はしてきたよ、 と言えたら苦労しないんだな。 で、部内にただよいはじめたイジメの空気。 君子危うきになんとやら。 最初はお決まりのパシリから、 苦労を知れって感じでね。 それから、ちょくちょく、 数の暴力で金は巻き上げられる。 その金バイトして貯めたお金なんだけどっていっても 嘘つくなだってさ。 中学のころのアダ名がブヨンドバッグだった位 イジメには弱いタイプだったんで、 散々なめにあったよ。 ま、やられっぱなしも癪だから、 学祭の時に、 その先輩方がへったくそなBzのコピーやったので、 曲目を突然変更して、 女の子にもてたいだけの勘違い音楽と、 プロ目指してた人間とのレベルの違いってのを、 一生懸命な拍手と歌い終わったあともらえる熱唱で見せつけた…んだけど、 短慮だったかも。 なにせ、後夜祭のあと半ば拉致られて、 お腹には紫色の痣が残るわ、 目の周りは腫れあがるわって感じでぼっこぼこにされたからね。 後片付けの日は家でうんうん唸ってた。 いたかったなあ、あれ。 でもまあ、苦労せずにとか、 絶対言われたくない言葉だったから、 後悔はしてない。 真面目に部活するより、 取り巻きの女の子相手にしてるほうが長い人にだけは いわれたくない言葉だからね。 …これもいえたらよかったなあ。 実際には、口止めされたがままに、 怪我の理由を聴き取りにきた人に 転んだというようなヘタレぶりだった。 二年になって大分状況は改善した。 新三年で部長になったのが、 僕とコンビを組んでたタカオって、 TMNの影響受けたDTMマニアなんだけど、 これが就任直後、 部内の乱れた風紀を正すといってくれた。 名指しはせずに、 暴力沙汰が横行していたら、 いつ部活が永久活動停止になってもおかしくないって問題提起。 これがあると相手動きづらくなるのよね。 ほんと助けられた。 釘指すように、 部内でいかがわしい異性交友の噂もあるから こういうのも気をつけてほしいと。 それでもかげで、 ぶんなぐられたりってのはあったけどね。 一番マシだったボーカルが抜けて、 音痴のボーカルしか手元に残ってなかったから、 ますますレベルの違いが浮き彫りになって、 相当苛立ってたみたいだし。 とはいえ、 金巻き上げられるのはぴたりととまったから、 それが有難かった。 ま、因果応報っていうのかな。 ドラムのセンパイは、 バイクの事故で利き手の指を粉砕して、 一時バチ握れなくなった。 リハビリ後も 前よりよくハズす腕前にグレードダウンしてたけど。 ノリすらなし。 それで本格的にバンド活動休止になって、 たまにしか姿みせないようになったっけ。 三年になったら、ほんと別世界。 もう、センパイ方はいない。 ま、見て見ぬふり決め込んでたのと交流がうまくいくかっていったら、 そうじゃないけどさ。 二年間障らぬなんちゃらにたたり無しーでやってこられて、 今更声かけて来られても困るしね。 でも、新入生相手には面倒見よくしていたら、 そっちで部内で良い具合に交流がつくれていった。 なんでそんなに上手なんですかって言われることも多かったので、 上京して挑戦してた頃のこといったら、 プロのトレーナーについてたのが相当凄いと思われたらしく、 ほんとあれこれと相談受けるようにもなった。 ようやく僕の大学生活ははじまったなあ、 という感じになった。 代わりに、 タカオとの別れを経験したけどね。 学業も忙しくなって、部長業務あるから、 DTMのための時間とれなくなったとコンビ解消。 ま、アカペラでFly me to the moonとか、 愛の讃歌歌ってられるだけで幸せだったし。 幸い、自分のバンドの分以外に、 僕と即席で組んでくれる相手にも新入生限定でならことかかなかったから、 他大学を招いてのセッションとかもどうにかこなせてたっけね。 この頃の僕の日課というと、 ゴミ焼却炉のあるあたりで、 人知れずおばけなんてないさを歌うこと。 なんか、振り返るとあのアパートでの日々のほうが、 一年二年と過ごした学生生活よりもよくってね。 サンドバッグだった頃は、 あえて思い出さないようにしてたけど、 事態が解決して気が緩むとほんと懐かしくて。 すっごく懐かしくて、 福の神様に届けといわんばかりに歌ってた。 ある日、 気がつくと三階の窓から誰か見てるのがみえた。 顔をあげる頃にはいなくなった。 それから時折、 視線を感じるようになった。 なんだかなあと思いつつ、 でもほかにこういう歌を歌える場所もなかったので諦めてた。 しばらくして、視聴覚室での練習日に、 見覚えのあるようなないようなって感じの部外の女子がきた。 この時の僕は、 招待されたJazzセッションのために、 Autumn Leavesの練習してたはず。 これ、Jazz男性ボーカル曲の定番のなかでは、 とびきりボーカルの難易度高い。 歌いながら、 あ、なんかきたなと思ってチラ見してたら、 行儀よく腰掛けた後でうっとりしていくのが見えた。 歌い手と聴き手の関係って、 ただの送受で終わらないことあるんだな。 それが好きなの。 一曲終わるまでのすごい短期の恋愛みたいになることがあって、 それがその時に起こってた。 陶酔してくれるような聴き手がいると、 歌い手も実力以上に歌えたりするんだ。 僕はどっちかっていうと、 ちやほやされるところが原点だから、 歌い手としては致命的なほどメンタルが弱くってさ。 それが、デビュー出来ずに終わった原因なんだけど。 具体的なオーディションとかでは、 面接官って仏頂面なことが多いからね。 勝手に調子崩して沈むって失敗繰り返してたのさ。 ましてや練習なんていうと、 粗が出て当たり前なのに、 すごく気持ちよく歌えたんだ。 「今日はいつものおばけの歌は歌わないんですか」 「え?」 「おばけってなんすか先輩」 「おばけなんてないさ、おばけなんてうそさって」 「エー!?先輩ああいうのも歌うんすか」 怖がりだったんすかーとか、 からかわれまくったなあ。 「…んー、まあ思い出の曲でね」 「あ、すみません。内緒?」 「…いいけどね。 秘密の練習場所によく来てたのって君?」 「はい。ここ数日見かけなかったので」 「本番近いから調整でね。 いや、でも嬉しいな。 わざわざ来てくれるなんて」 「あ、私法学部二年の潮田です」 「法学部?頭いいんだ。 僕は文学部の三年の三木。 僕の偏差値で入れそうなのが、 史学科だけだったってかんじ」 「さっきの歌、良かったです」 「見てて分かったよ。ありがとう。 あんまり居心地良さそうだから調子出たよ。 部内だとJazzとか興味あるの少なめで、 Rockとか中心だからさ」 「専門は、童謡とかわらべ唄ではないんですね」 「ジャンルはごった煮。 サブちゃん歌ってさぶーとか言われるし。 そこらの後輩に」 「いや、そんな絶対零度なギャグ言いませんて。 そういや、先輩、ほんっと色々っすよね。 歌い分けばっちりだし」 「演歌好きのおじさんとか、 ポップ好きのおねえさんとかに囲まれて育ったからね。 最初っから特定ジャンルに傾倒せずに、 色々齧ったおかげかな」 「おもしろいご家庭なんですね」 「ああ、いや。 家庭っていうか、家が旅館でね。 ファミコン代わりに、 カセットテープ時代のカラオケの機械で遊んでたから」 「あ、おぼえあります。 ゲームボーイ欲しかったんですよ、 結局買ってもらえなかったな。 …また、来てもいいですか?」 「もちろん。興味あるなら、入部する?」 「カラオケ上達なんて気分で入ってもいいんですか?」 「どうぞ。 目標なんて、個々でそれぞれだし。 僕もマイペースに上手になりたいってだけ」 「凄く楽しそうだから。 入部、します。 かけもちなんですけど」 「他になにかやってるの?」 「創作ダンスをちょっと」 「大人しそうに見えるのに、 案外運動好きなんだ」 「いえ。断りきれなくって」 「ああ、その気持は、とってもよくわかる」 「そうだ。あの方も部員さんなんですか?」 「あの方?」 「えっと、セーラー服の」 「…え?」 「はじめて、歌声に気づいた時にみかけて。なんだか楽しそうで。 それで、ふと足を止めたら、先輩の歌が聞こえたんですよ」 「セーラー服…」 「はい。大学構内だから目立ちますよね。 あ、漫画研究会とかでしょうか」 「…いや、多分違うと思う」 もしや。 ええいままよと歌い出す。 おばけなんてないさ。 だけどちょっとだけどちょっとと歌っている最中に、 窓ガラスにだけ映る不気味な影がみえたー。 なんでいるの。 連れきちゃってるよ。 福の神さま。 「まじうけるー!軽音でそういうのなしでしょ」 げっらげら笑い出す周囲。 どうもあの福の神様の周りには笑いが巻き起こるみたい。 で、まあ胸のあったかーい話なんだけどもだね。 まーそれだけともいかないんだよ。 例えば僕が男子トイレに入ってた時に、 うひゃあなんて大学生にもなった男の悲鳴が聞こえる。 もしや、と思うと、 今なんか清掃具入れに入ってく女みたとか震えてる。 開けてみてももちろんいない。 研究棟の屋上で、 誰もいないからと気分よく歌ってたら、 下のほうであがる悲鳴。 もしやと思って降りてみたら、 女の子が上から落ちてくる女性を見たとか半狂乱。 これってもしかしてお祀りねだられてるのかと、理解。 とりあえず悪戯っこに戻った罰として、 折り紙でつくった箱に油性マジックで神棚って書いたら、 霊障収まった。 結局、大学卒業まで女将候補は現れず。 ま、馬鹿なのに卒業できたという幸運には恵まれたかな。 実家に戻ってからは、 時折セーラー服の女性が、 従業員の入浴時間の外れに露天風呂で目撃されたりして、 なんだかもう、押しかけ女房されちゃってる気がしないでもない。 それならそれで、 裸位見せろーと自室で言ってたら、 運悪く母が扉を開けてえらい恥かいたりもしてる。 一緒に風呂位はいってもらえないものかねえ。 水の中が黒っぽく見えたと思ったら、 土左衛門みたいに女が浮かんできたーとかでも、 この際裸ならいいやとすら思う。 以上僕から見たお話はおっしまい。 今では潮田さんとか事情知ってて、それによるとさ、 実はね、アパート暮らしの時にお供えしてたものさ。 貧乏暮らしだったから、 なんかもったいなくって、 お供えしては飲み食いってやってたのよ。 供えるために買ってきた日本酒に手をつけたのも 一度や二度じゃなくってね。 どうもそれがとってもまずいんじゃないかって話。 みんな気をつけてね。 お供えものには手をつけちゃダメダメ。 さーって、風呂はいってくるー。 おばけだって愛さーっとな。
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長くて読みづらい
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