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通りすがりの若い男
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高校生の頃の話。 ある日、 吐き気とめまいがして早退した。 普段は健康そのものなので、 めまいなんか初めてだった。 あんまり具合が悪いんで タクシーで帰ろうと思ったけど、 あいにく手持ちの金がなかった。 近くのコンビニで金を下ろして出てくると、 雨が降り出していた。 土臭さの中に少し生臭さが混ざったような雨の匂いに、 ますます気分が悪くなる。 普段雨の匂いなんて気にもとめないんだけど、 その時はやたらと鼻について不快だった。 もう今にも吐きそうなくらい。 もともと車酔いしやすいたちだから、 今タクシーに乗ったら絶対吐くと確信した。 仕方ないから歩いて帰ろうとしてると、 めまいが酷くなって世界がグルグル回っている感じがした。 雨の匂いも、 どんどん生臭くて嫌な匂いになっていく感じがした。 立っていられずにうずくまっていると、 通りすがりの人に声をかけられた。 俺とそう歳の変わらなさそうな若い男だった。 若いっていうか、 まだ中学生か高校生くらい。 制服は着てなかったけど。 「匂いにあてられたんじゃない?」 とか言って、 入れ歯洗浄剤みたいな でかいラムネ菓子みたいなやつをくれた。 普段なら知らない人からもらったものを 口にしたりはしないと思う。 でもなんだかそいつとは 初対面とは思えないような親近感があって、 警戒心を抱かなかった。 食べると、 やっぱり入れ歯洗浄剤みたいに 口の中でシュワシュワした。 でも味はうまかった。 梨みたいな甘い味だった。 それを食べると、 気分がかなり良くなった。 急に生臭い匂いも薄まったように感じて、 ほとんど気にならなくなった。 だいぶ具合も良くなったし、 これで無事帰れると思ったら、 そいつが送って行くって言い出した。 もう平気だし、 うちは結構遠いからいいよって断った。 でもそいつは近道を知ってるからついて来いって言って、 勝手に歩き出す。 うちとは逆方向に。 だいたい家の場所を教えてないんだから、 近道も何もあったもんじゃない。 こいつヤバい奴かなって、 ついて行くのをためらった。 まだ中高生くらいなのに、 平日の昼間から私服で出歩いてるし。 でももらったラムネに 薬が入ってたんじゃないかってくらい楽しい気分になってきて、 結局ついて行くことにした。 そいつはドラッグストアの駐車場に入って行った。 塀があるから通り抜けはできないはずなんだけど、 構わずどんどん歩いて行く。 塀と壁の隙間に、 人ひとりがやっと通れるくらいの狭い隙間があった。 そいつは戸惑う俺になんかお構いなく、 スルスルっと隙間に入って行った。 俺もついて行こうとするけど、 狭くて進みにくい。 あちこち体がこすれて痛かった。 スタスタ先に行ってしまうそいつに、 なぜか俺は 「○○、待って」 と口走っていた。 ○○は死んだ猫の名前。 本当になんで何の脈絡もなく 猫の名前が出てきたのかわからない。 そいつは何も言わずに立ち止まっていたけど、 俺が追いつく前にまた歩き出して先に進んでしまった。 少し歩くと隙間から抜けられた。 そこは俺の家のすぐ裏だった。 しかもあいつの姿もない。 狐につままれた感がハンパない。 後日、 その不思議な近道を確認しに行った。 塀と壁の隙間を覗き込むと 奥は完全に行き止まりになっていて、 通り抜けられる隙間なんかなかった。 その後、大学生になった俺は、 飲み会で一つ上のAさんと出会った。 その人は高校の頃 謎の近道で家に送ってくれたあいつにそっくりだった。 俺は興奮して 「一度会ったことありますよね?」 と問い詰めた。 Aさんは思いっきり嫌な顔をして 「はぁ?お前誰だよ」 って迷惑そうに答えた。 Aさんは大人しい人で、 馴れ馴れしい積極的なリア充タイプの人間が嫌いだそうだ。 俺は普段そういう感じではないけど、 その時は確かにうざいほどテンションが高かったと思う。 Aさんはどこからどうみてもあいつそっくりだし、 更に驚くことに、 近づくとあいつからもらったラムネ菓子そっくりな匂いがする。 梨みたいな甘い匂い。 俺はオカルティックな好奇心に駆られて Aさんに接近しようと頑張ったんだけど、 すげーうざがられた。 最初はアドレスすら教えてくれなかったし、 話しかけてもほとんど反応すらしてくれなかった。 それでも粘ると、 ようやくまともに接してくれるようになった。 今は結構仲がいい。 でも結局Aさんは、 高校生の時の俺に会ったことは絶対にないって言う。 それに、なぜAさんに激似のあいつに対して 死んだ愛猫の名前を口走ったのか謎のまま。
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