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麓の方
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俺が2年くらい前に体験した話。俺は休日サイクリングするのが好きで、家が川沿いにあるので、よくその川を上流に向かってサイクリングしてたんだ。でも、最近の川ってどこも塀と柵があるじゃない。しかもいきなり地下に入ったりするから、単純に川沿いだけを狙って走っていた俺は、かなり入り組んだ道を走ってたんだ。5時間ほど行くと塀なんかがなくなってきたんだが、水量からして支流の方を辿ってしまってたらしい。 小川みたいな綺麗な川が遠くに見える小山に続いてたんだ。じゃあ小山まで行ってみようと思って、更に走ること1時間。ふもとに着いた。都心に近い所から自転車で来れる距離とは思えないほど、田舎っぽい風景が広がっていて、家なんてほとんどなくて、あるのは神社一つだった。小山の入り口には俺の背丈くらいの草が生い茂っていて、自転車で入っていくのは無理だと思った俺は、その場に自転車をとめて、歩いて山を登ることにした。少し進むと木に『イノシシ注意』という看板がかかってたので、人の手はいくらか入っているのだろうと思ったが、板はかなり朽ちていて、いったいいつ掛けたやつだよって感じだった。そのままどんどん山奥に分け入っていくと、昼間なのに背が高く、それでいて生い茂った葉のせいで、かなり薄暗い森だった。俺は方向の目安として、小川に沿って歩いていた。上から流れてくるのだから、少なくとも上には向かえるだろうと思って。小川はとても綺麗で、サワガニなんかが結構いたのを覚えてる。小一時間登ったところで頂上に着いた。頂上には大きく平たい岩があって、その岩のギリギリまで木が生えているから、岩場に仰向けで寝ると空が丸くぽっかり見えた。気持ちいいなぁとか思いながら、いつの間にかウトウト。そしたらいきなり森の音が大きくなった。木々が揺れる音や鳥のさえずる声、木々の間をぬけてくる風の音、すべてが拡張されて聞こえた。周りを見るとかなり暗くなっていて、木漏れ日も差さないただ薄暗いだけの森になっていた。寝過ぎたかなと思い、上体を起こそうとしたら、足のほうに女の人が立ってる。ビクッとしたが、あまり怖い感じがしない。というか、よく見るとかなり幼い。黒髪で色白なんだが、かわいいとかそういう感情が持てない。目が怖かった。ただ見つめてるだけなのに、なんの感情も読み取れない目をしてた。吸い込まれてしまいそうな黒い瞳から、全く目をそらすことができなかった。俺は勝手に人の私有地の山に入ってしまったのかと思い、謝った。するとその女の子は、「頂上への道はたくさんあるけど、麓への道はないの。だから麓の方に案内してもらって降りてね」と言って消えた。今目の前で起きていることを整理しようと思って、頭を働かせた所で目が覚めた。そこで初めて、さっきのがリアルな夢だったと気付いた。周りを見ると真っ暗。何も見えない状態になってた。これはやばいと思ってあたふたしていると、後ろに結構大きいイノシシがいることに気付いた。今思うと、真っ暗なのにそのイノシシだけよく見えた。イノシシの前には枝が一本落ちていて、まるで拾ってくれと言うようだった。イノシシは全く動くことなく、息使いも聞こえない。俺は直感で、その枝を拾って山を降りることにした。何も見えなかったけど、その枝を握っていると直感で方向が分かった。直感というより確信に近い妙な気分を感じながら、どんどん山を下った。こっちに決まってるじゃん、というような感覚でどんどん下ることができたんだ。不思議なことに、全く木にもぶつからず、倒木や根っこにつまづくこともなく、麓まで出れた。麓に出た瞬間、一気に頭が冴える気分がした。まるで降りている間、催眠にでもかかっていたような気分だった。降りている間はなぜか、昼来たときの明るい山の光景だけがずっと脳内で流れていた。そういえば、全く考えることもなく降りてきたし、疲れてすらいない、と思いながら後ろを見ると、これまた直感で目に付く木が一本あった。木はたくさん生えているのだけど、なぜかその木だけ目立って見えた。近づくと、下のほうの枝が不自然に折れていた。まさかと思って自分が持っていた枝をくっつけると、断面がぴったりと合った。なるほど、麓の方ってあなたなんですね。と、木に対して素直に感謝できたのを覚えてる。根本に枝を返して、最後に山に一礼して帰ってきた。これでこの話はおしまい。女の子の服装なんだが、質素な麻布を一枚身に着けているだけだったような気がする。目にとらわれすぎて、顔以外あまり覚えていないんだ。
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