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小汚い店
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それは私があと三日で会社を定年退職する、 という時の事でした… その日、同僚のSさんと 一緒に飲もうという事になりました。 いつも私達が帰りに寄る辺りではなく、 別の駅で降りてぶらぶらしながら店を探していました。 私は会社をやめた後は 息子夫婦と同居する事になっていたので、 途中で孫の為におもちゃを買ったのです。 それで、Sさんと一緒に何処で飲もうかと話していたのですが、 私は何故かビルの間にひっそりと建っていた一寸、 こう言っては失礼かもしれませんが 小汚い店へ入ろうという気になったのです。 なぜそんな気になったかは分かりませんが、 何故かこの店が私を呼んでいる、 というような気がしたのでした。 それでSさんも別に反対しなかったので、 その店に入ろうという事になったのでした。 その店へ入ったら、 客は私らの他に誰もいず、 不気味な感じがしたんですが まあ、静かでいいや、 といつものようにビールを注文して飲んでいたのです。 店の親父も何か生気が無いような感じで、 私も何か言いようの無い感じ、 誰かにじっと監視されてでもいるかのような気配を感じたのです。 気持ちが悪くないという事は無かったのですが、 どうせもう年寄り、どうなろうと知ったこっちゃない、 とかまわず飲み続けたのです。 そうこうしている内に、 まだ瓶で一本しか飲んでいなかったのですが、 気分がどんどん悪くなってきて、 もうこりゃたまらん、という気になったので、 一緒に飲んでいたSさんにそろそろ出ようかと言い、 Sさんもすぐにそうしましょう、といったので 勘定を精算して店をでたのですが、 その嫌な感じは、 店を出てからも私に付いて回りました。 それで、Sさんにこの事を話した所、 実はSさんも嫌な視線を感じていたという事です。 今までまったく霊体験のなかった私は、 一体何なのかとますます気分が悪くなり、 すぐに帰宅しようと早早にSさんと別れたのですが、 その後すぐ、子供の声が聞こえたような気がしたのです。 まだそんなに遅い時間ではなかったのですが、 それにしても子供の声が今ごろ聞こえるとは解しかねる。 そう思ってあちらこちらを見回してみたのですが、 子供の姿など全然見当たりません。 なのに、声はまだ聞こえるのです。 耳を澄ましてみますと、 五歳ぐらいの男の子の声で、 「おじいちゃん…」 とか 「僕にも頂戴…」 等と言っているのです。 私は逃げるようにしてタクシーを捕まえて飛び乗り、 しばらくは恐怖に震えていたのです。 運転手は少し怪訝そうに 私をバックミラーで眺めているようでしたが、 私が少し落ち着いたと見るや、 「どうしたんですか」 と聞いてきました。 私は先ほど起きた出来事を 包み隠さず運転手に話したのです。 すると、運転手は 「ああ、そうだったんですか… 実はあの店の店主には お孫さんが一人いたんですがね。 その息子夫婦というのが酷い夫婦でね、 息子、つまり店主の孫ですな、を虐待していたんです。 そのお孫さん、K太といったかな、を殴る蹴る、 という事を普通にしていて、 家から追い出してしまう、という事もやってたんです。 そうしたら、K太君は家の近くの、 あの優しいお祖父ちゃんがいる居酒屋へ逃げ込む、 という事をやってたんですよ」 「それは酷いね」 私は言いました。 「ええ、ですが、まだ酷いのはここからでね。 ある日よっぽどK太の事が気に障ったんでしょうな。 いつものようにK太を家から追い出した後、 父親があそこの例の居酒屋まで追いかけてきて、 K太君を殴り殺してしまったんですな。 それを見た親父さんは精神に異常をきたして入院してしまい、 間もなく自殺。 その店は誰も借り手が無くて 廃墟のようになってしまったんですよ」 そこまで聞いて、 私はハッとしました。 「えっ、そんな、だって、 私はさっきまであの店にいたんですよ!」 「ええ、あなたの事が羨ましかったんでしょうな。 ついつい呼び込んでしまったのでしょう」 私はそう言われてそうとう怖くもあったのですが、 何分今まで霊など見たこともないので、 運ちゃんに対し反発も感じ、 「なぜそんな事が分かるのですか!」 と、少々食って掛かりました。 すると、運転手は 「私ね…生まれつき霊感が強いほうでね… 見えちゃうんですよ」 「だから何がですか!」 私はほとんど叫ぶように言いました。 「ほら」 運転手は前をみたまま後ろを指差しました。 「ついて来ちゃったようですね」 私が急いで後ろを振り向くと、 そこには顔面痣だらけで 右目が殆んど潰れている子供の顔と、 あの陰気な店の親父の顔がガラスに張り付いていました。
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