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もう一人の自分
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今、高校3年です。 小学校6年と去年のお盆の話をします。 自分の父親は次男で東京に出てるんですが、 毎年お盆には田舎の実家に里帰りをします。 母親と、自分や弟もついていくんですが、 年によって1泊のときも5泊くらいしてくるときもありました。 小6のときはじいちゃん、ばあちゃんがいたんですが、 2年後にばあちゃんが亡くなって今はじいちゃんだけです。 ばあちゃんの葬式にはもちろん行きましたよ。 小6のお盆ですね。・・・ このとき自分は死んだと思うんです。 いや、死ぬような怪我や病気ってことじゃなくて・・・ 実際に死んだんです。 その年は8月の11日には田舎に着いて、 16日に帰る予定でした。 父親は公務員で、 夏休みの他に年次休暇もとったみたいで、 ゆっくりできる年だったんです。 着いた翌日から、 捕虫網を買ってもらって虫捕りに行きました。 弟はまだ赤ちゃんでしたから、 自分一人でです。 それまでも毎年行ってたんで、 裏の畑から渓流、浅い林くらいは場所がわかってました。 カブト虫がいる木が林の中にあって、 昼でも何匹かはつかまるんです。 その林に行くには、 渓流を渡っていかなくちゃならないんですが・・・ 渓流といっても小川みたいなもんです。 幅はけっこうありましたが、 深さは膝下までで流れもゆるやかでした。 だから家族も子ども一人で外に出してくれたんだと思います。 その渓流を渡り林に入り、 前にカブトを捕った木を思い出して、 何本か回ってみたんですが1匹もいませんでした。 それだけじゃなくて、 いつもならうるさいほどに鳴いている蝉も、 オニヤンマ一匹、蝶一匹も見つかりませんでした。 林の中を歩き回って探したんですが成果はなく、 つまらなくなったし、 静かで寂しくて、なんだか怖くなってきたんです。 それで帰ろうとしました。 時間は午後3時過ぎくらいじゃなかったかと思います。 とぼとぼ歩いてると、急に日が陰って暗くなりました。 背後の林の中も黒くなって、 何かがそこから追いかけてくるような気がしたんです。 ・・・それで走りました。 渓流を渡るときは流れから出てる石を5つ6つ踏んでいくんですが、 川の真ん中辺で苔に足がつるっと滑りました。 ガーンと強い衝撃があって、 マンガみたいですが目から火花が散った感覚がありました。 右の側頭部を打ったんだと思います。 しばらく片手で頭を押さえて、 半ば水に入った状態でうつぶせになってました。 そのうち少しずつ痛みが引いてきたんで、 石の上に立ち上がると、 その石のすぐ横の水に自分が倒れてたんですよ。 あ然としました。 半ズボンも同じでしたし、 着ていた薄緑のTシャツも同じ・・・ ただ虫かごは自分が肩に下げていて、 捕虫網は一つだけ流れに落ちてました。 つまり・・・服と体だけ自分が二つになってるわけです。 そのうつ伏せに倒れている自分の頭のあたりの水が赤く渦巻いていて、 出血してると思いました。 わけがわからず、 走って逃げ帰りたかったんですが、 これをこのままにしておいてはいけないという気がしました。 それで、体の下に手を入れて 水の中でもう一人の自分をひっくり返してみました。 顔が見えました。 鏡で見る通りの自分の顔でしたが、 固く両目をつむっていました。 頭の横が切れているらしく、 血がごわっと浮かび上がって流れていきました。 鼻と口に手をあててみましたが、 息をしてると感じませんでした。 胸に手をあてても、 心臓も動いていないと思ったんです。 これを・・・このままにしててはいけない、 という考えがさらに強くわきあがってきました。 人に見られるとすごくマズイことになる、 そんな気がしたんで両足を持って引きずりました。 ・・・重かったですよ。 ひっぱるたびもう一人の自分の頭が石にあたって、 ガツンガツンという振動が手に伝わってきました。 なんとか川から上げて5・6m引きずると、 くぼみが続いてて中に葦が生えてるとこがあり、 そこにもう一人の自分・・・ 自分の死体を投げ込んだんです。 死体は草に隠れて見えなくなりました。 それが目の前から消えたんでホッとしました。 なぜだか、ずっと見ててはいけないものだという気がしたんですね。 この間、15分はたってなかったと思います。 何かにあやつられているような行動でした。 網を拾って、かなり濡れた状態で実家に戻りました。 ・・・家族や祖父母には川で転んだと言いました・・・ が、あのもう一人の自分のことは口に出しませんでした。 その頃には、自分の死体を見たことや、 足に中に投げ込んだことが遠い夢のような記憶になってました。 それに自分が生きてここにいるんだから、 信じてもらえないだろうとも思ったんです。 川で石に打った頭のところはまだズキズキ痛くて、 それには現実感がありました。 ただ血はまったく出ておらず、 少しコブになってたくらいでした。 ・・・次の朝早く渓流にいってみたんです、 もう一度確かめようと思って。 死体を投げ込んだはずの葦の中を探してみたんですが、 どこにもありませんでした。 消えてしまってたんですね。 すごく安心しました。 ああやっぱり、 昨日見たのは夢みたいなもんだったって。 たぶん頭を強く打ったショックで、 一時的に気が変になっちゃったんだろうと思ったんです。 翌日からはお盆に入って虫捕りはできなくなりました。 だんだんと親戚が集まってきて、 花火をしたり墓参りをしたりしました。 そんなこんなで、 帰る頃には渓流での出来事は気にならなくなっていました・・・ その後もほぼ毎年、 両親と弟とで実家には行きました。 渓流までは10分もかからなかったんで、 虫捕りはやめましたが、 毎年一人で見にいったんですよ。 もちろんなにもなかったです。 そしてばあちゃんが亡くなって・・・ 高校に入学した年、 渓流のあたりの野原が開発にかかって、 林は切られ、川は護岸され、 道路が通って家が立ち並ぶ予定だということを聞きました。 翌年、高2の去年のお盆です。 じいちゃんは1年でずいぶん齢をとった印象になっていました。 送り盆が終わって次の日帰るという夜、 じいちゃんが自分を裏の小屋にさそいました。 どういう用事かわからなかったけどついていったんです。 それまで入ったことがなかったんですが、 小屋は2階建ての木造でけっこう広く、 じいちゃんは何も言わずに裸電球をつけ、 階段をのぼっていきました。 自分も後をついていきましたが、 2階は屋根裏のようにせまく、 その4分の1を占めるほどの大きな両開きの衣装ダンスがありました。 じいちゃんは、 近づこうとする自分を手で制してその鍵も開け、 おもむろに扉を開きました。 薄暗い光でしたが、 はっきり見たんです。 固く目を閉じ眉間にしわがよった子どもの顔、 薄緑のTシャツに半ズボン・・・ 小6のときの自分が、 そのままの姿で藁束に囲まれるようにして立たせられていました。 肌は青白いものの、 腐っている様子はなく嫌な臭いもしませんでした。 額から側頭部にかけて、 白くぱっくりと口を開けた大きな傷跡がありました。 じいちゃんは 「忘れてないだろう・・・ あの日に死んだお前だよ。 翌朝早く拾ってきたんだ。 ・・・今はこうだけど、ときどき口をきくんだよ。 代わりたい、早く代わりたいって・・・ じいちゃんもそろそろ体が弱ってきてな、 いつまで抑えておけるかわからん。 だから今夜お前に見せた・・・」 こんなふうに言ったんです。
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