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彼女の手
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20代前半で地方から上京して仕事をしていた時、 間もなくして、同僚の女性と仲良くなった。 これは、その子との話。 名前は、仮にK子。 明るい子で、実家が大富豪だったが、 社会勉強も兼ねて職に就いたらしい。 何度かデートをするうちに親密になり、 運命の女性にすら思えた。 まだお互いの親には面識がなかったが、 将来の結婚も約束していた。 しかし、そんな幸せな日々も長くは続かず、 交際から半年後、 K子は白血病で入院することになった。 俺は毎日病院に足を運んだ。 病状はかなり深刻らしく、 休憩所でK子の母親が泣いている光景も、 何度となく目にしていた。 ある日、いつものように病室に二人でいると、 K子が 「もうお見舞いにこないで」 と言った。 驚いたが、細かく話を聞いてみると、 これから先は、髪も全て抜け落ちるだろうし、 ミイラのように痩せ細り醜く変貌する。 そんな姿を俺には見られたくないし、 綺麗なまま、ずっと覚えていてほしい。 そんな内容だった。 しばくの言い合いの後に、 分かった。と返事をした。 正直、俺も K子のそんな姿を見たくなかったのかも知れない。 何より、愛した人が刻々と死に向かう有り様を、 黙って見ているしかない現状に耐えられなかった。 完全なノイローゼだった。 しばらくして、仕事を辞めて、 逃げるように引っ越した。 苦痛から解放されるために K子のことを忘れてしまいたかったが、 内心、恋しくて胸が張り裂けそうだった。 それから数ヶ月経った、 ある晩の出来事。 俺は何かの気配を感じて、 真夜中に、ふと目を覚ました。 誰かがいる。 生きた人間じゃない。 俺は目を閉じたまま、 身動きひとつ取れずにいた。 すると、その何者かは、 ゴソゴソと布団をまさぐった後に、 俺の手を握ってきた。 K子だ。 手を握られた瞬間に思った。 その掌は、氷のように冷たく、 枯れ木のように痩せ細っていた。 俺は目をあけて、 K子を抱きしめようと思った。 しかしK子と話した最後の会話が脳裏をよぎる。 醜く変貌した自分を見られたくない。 綺麗なまま覚えていてほしい。 それが彼女の最後の意志だった。 俺は、閉じてある目を、 さらにぐっと閉じながら彼女を抱きしめた。 そして彼女の手を握ったまま眠った。 彼女の霊は定期的に現れた。 深夜、目が覚める時は、 つまり彼女が来た時だった。 そしていつも俺の手を握った。 俺も目を閉じたまま、 冷たく痩せ細った手を握り返し、 時には抱きしめた。 俺が起きている時は決して現れない。 やはり自分の姿を見られたくないのだろう。 数年経っても、 まだK子の霊は現れ続けていた。 それ故、俺は恋人も作らず、 人間関係も薄く、 周りからは暗い奴と遠ざけられる存在になっていた。 ある日、 電車でK子と出会った街を通る機会があった。 辛くて逃げ出した街。 しかし数年ぶりに見ると妙になつかしくなり、 思い切って、電車から降りてみた。 しばらく街を徘徊。 K子とよく訪れた公園の前を通りかかった時、 K子の母親が、大きな犬を連れて、 前方から歩いてきていることに気付いた。 俺は即座に自分の顔を手で隠した。 K子の死に目にも会わずに逃げ出した男だ。 恨まれているに違いない。 そう思った。 俺はうつむき加減に歩いた。 あと少しですれ違う。 そのくらいの距離になって、 K子の母親は俺に気付いてしまった。 「あら、久しぶりじゃないの」 「あ、はい…」 ぼそりと返事をした。 そして続ける。 「あの、すみませんでした」 俺のその言葉から、 会話の内容は彼女の思い出話になった。 俺とK子の母親は公園のベンチに座って、 K子の思い出を語り合った。 どのくらい話していただろう、 K子の母親は俺のことを恨んでいる様子もなく、 犬を撫でながら色んな話を聞かせてくれた。 「あの、K子のお墓はどこにあるんですか? 今度お墓参りに行かせてください」 俺がそう言うと、 K子の母親は怪訝な表情を浮かべた。 「K子、まだ生きてるわよ」 俺は一瞬固まった。 K子は完治して退院。 そして数年前に恋愛結婚、子供もいるらしい。 その事実を知って以来、 俺は眠れなくなり、 今では重度の不眠症だ。 あの手は誰なんだ?
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