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御守り袋
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昔勤めてた会社であった話を投下する。 中か小かってサイズの会社で、 社長はワンマンで上司はイエスマンが多く、 おまけに社内イジメが横行してて人間関係は良くなかったが、 個人的に友人はいた。 友人は俺より少し上の30代で、 ちょっと陰のある渋い男前だった。 飲みに行く仲になって聞いたんだが、 社会人に成り立ての頃に、 長い付き合いの彼女を亡くしたそうだった。 事故で死んだ彼女とは婚約してたそうで、 まだ結婚してなかったから、 葬儀や墓の手配は彼女の実家がした。 「遠方で墓参りにもあまり行ってない」 と言う友人は、 彼女のくれたお守りを持ち歩いていた。 神社とかでくれるような、 和風の布の小袋にヒモのついた奴で、 友人いわく、 「しんどい論文書きの最中に彼女に貰った」 と。 「これあげるね。 真面目に一生懸命努力してる人は、神様が守ってくれるんだよ。 私にも役に立ったから、効くよ」 「何の役に立ったの?」 って聞いたら、 「○○君(友人)と付き合えた♪」 と笑顔で言われたと。 切ない話かもしれんが、 そんな殊勝な女に縁の全くない俺は、 正直に蹴っ飛ばして、 「のろけてんじゃねーぞヴォケ」 と言って友人に爆笑された。 で、 俺らが当時に居た会社の雰囲気が悪かったのは 先に書いた通り。 友人は特に、 直属の上司との仲が最悪だったせいで、 周り中から日々イビられていた。 少し人見知りで理論派の友人は、年中 「根暗の癖に気取ってる」 「屁理屈ばっかり言いやがって」 と上司に怒鳴られ、 同僚に陰口を叩かれ、 嫌味を言われながら、 「職場は金を稼ぐ場所だ」 と努めて、 真面目に相手をしないで暮らしていた。 ある日、 俺が帰ろうとしたら喫煙所で、 友人と特に仲の悪かった連中に呼び止められた。 「ほら。これ」 見せられたのは友人のお守りだった。 「マジ暗いよな。 死んだ彼女のお守りとかって、 女いないからカッコつけてるだけだろ」 「おまけにさあ、大爆笑だぜ。 中、何が入ってたと思う?」 笑いながらそいつらは、 袋を逆さにして振った。 そいつらは既に一度見たらしい。 お守りの中身は、 紙に包んだ小さな錆びた十字架のペンダントだった。 露店とかシルバーアクセのショップで見るような、 人間型が磔ポーズで付いてる奴。 お守り袋は寺か神社で売ってたっぽい奴だから、 俺も意外で、思わず動きが止まった。 「超ありがたみ無いよな。 案外、その彼女にも馬鹿にされてたんじゃね?あいつ」 その頃になって、 俺はようやくムカムカしてきたんで、 「お前らに関係ないだろ。 つーか泥棒じゃねえか。返せよ」 と手を出したが、 そいつらは無視して、 お守りと十字架を持ったまま行ってしまった。 友人は数日凹んでいて、 俺も何度か 「いつまで鞄にあったか、覚えてないか?」 と聞かれたが、 結局取り返せなかった後ろめたさで、 俺は結局、友人にその話をしなかった。 上司も他の同僚も、 そんなことを聞ける仲じゃなかったから、 友人はやがて諦めてしまったようだった。 それから少しして、 そのお守り泥棒したグループの1人が入院した。 精神の方の病院だとか噂が流れてたが、 詳細は知らない。 さらに別の1人が、 ヤクザ関係のトラブルにあった話が社内に流れ、 直後に会社を辞めた。 総務の奴は、 「事務処理が残ってるのに、 電話してもメールしても繋がらない。 実家にかけたら、 親も連絡できないと泣きつかれた」 と零していた。 それどころか、 会社自体に妙な情報が社内で流れ始め、 社員が浮き足立ってきた。 乱れ飛ぶ噂は、 取締役がメンヘルでやばいとか、 取引先が血相を変えて 「お宅とは縁を切らせてくれ」 と言って来たとか、 洒落にならないものばかり。 他社の出入りの営業(こっちが顧客)を社に呼んだら現れず、 半泣きで電話してきて、 『頼むから外でお願いします。 クビが飛ぶって言われても、怖くて入れません』 と言われた、 なんてものまであったとか。 少しずつ、 誰かが辞めてく頻度が上がってた。 そんな時に、 友人に誘われて飲みながら話をした。 友人は既に転職先を決めていた。 守り袋をなくして数日後に、 死んだ彼女が夢に出てきたそうだ。 彼女は怒ってなくて、ただ 「ごめんね、ごめんね」 としきりに謝っていたそうだ。 「私には止められない。 凄く怒ってる。 あなたが出るまで待ってくれないかもしれないの。 あの会社から早く出て。お願いだから。 それまでは私が絶対に守るから」 泣きそうな顔で言った彼女の真剣な表情が、 目覚めてからもハッキリ意識に残っていて、 友人は転職を考えたのだと言う。 「信じてくれないかもしれないけど、 俺はお前も辞めた方がいいと思う。 あいつがあんな青い顔したのは、昔も見たことない。 会社、本当にやばいんだと思う」 真顔で言われて、 俺は半信半疑だった。 2日くらいして、 今度は泥棒グループの1人に呼ばれた。 ぼそぼそした調子で俺に 「助けてくれ」 と言ったそいつの顔は、 変にやつれていた。 「あの守り袋はやばいって解ってたのに、 深く考えずに手をだして後悔してる。 あの日から嫌な気配がしてる。 それが今は会社にずっといる。 俺は実行犯だから、 多分、辞めても追っかけてくる。 アイツに謝りたい」 詳しく聞いてみたら、 そいつは少し霊感があって、 あの日から物凄くヤバい気配を感じるのだと言う。 「一度だけまともに見た。 黒人の中年の女だった。 ただの霊じゃないと思った。 本当に怖かった。 頼むから助けてくれ」 頭を下げられて、 「とりあえず話してみてやる」 と言ったが、 良く考えてみると変だと思った。 友人の彼女の実家は、 遠いが日本国内だったから。 既に転職してた友人に連絡を取って、 それとなく聞いてみたが、 彼女もその両親も日本人だったとのこと。 しかも考えたら、 20代で亡くなった彼女が、 中年の幽霊になるのも変だ。 同級生だった友人が、 まだ中年になってないのに。 あの野郎いやがらせの上乗せか、 とアホらしくなって放置してたら、 一週間ほどして、 そいつが本気で追い詰められた目で蒼白になって、 土下座で泣きついてきた。 「頼む。俺は本当に殺される! その上に死んだら地獄に落ちる!!!」 あたりも憚らずにそう言われて、 ドン引きしつつも友人に連絡して、 事情を話した。 友人からの折り返し連絡を待っていた数日間に、 泥棒グループの別のもう一人が、 色々とありえないような危険な目にあったこと、 大怪我を押して神社やら寺やら霊能者やらを訪ねた挙句に、 「外人の中年の女が見えるね」 「黒人の女性です。 これは私には祓えません」 などと言われたことを、 相談野郎からマジ泣きで聞かされた。 その後、友人が連絡をくれ、 俺と友人と相談男は3人揃って、 死んだ友人の彼女の父親に面会して話を聞いた。 「娘があなたに渡したお守りですが、 中身は、おそらくキリスト教に縁のものではないでしょうか? あれは、娘が幼い頃に、 とても仲の良かった近所のおばさんに貰ったものなんです。 アフリカから来た黒人の女性で、 ご主人は日本人でした。 ウチは妻が少しフランス語を話せるので、 彼女はときどきウチに来ていました。 彼女は、日本で仏教系の宗教に入っていました。 ご主人の一家がその宗教の信者で、 『入信しなければ結婚を許さない』 と言われたらしいです。 その彼女が病気になり、 亡くなる前に娘にお守り袋をくれました。 娘は私に、 『おばちゃんがね、これを大事にもってテンのお父さんにおいのりして、 マジメにいっしょけんめーにがんばって暮らしなさいって。 そーしたら、テンにいらっさる たったひとりのほんとーの神様が守ってくださいますよ、 って言ってたよ。 パパ、テンのお父さんって誰?パパとは別?』 と言いました。 …ご夫婦の宗教の教義とは合わない言葉なので、私はその時、 彼女はクリスチャンだったのではないのか、と気がついたんです。 娘にくれたお守りは仏教系の宗教のものでしたが、 中に重いものが入っているように膨らんでいましたし、 ひょっとしたら……と言う気がしました。 私は宗教は特にないんです。 ただ彼女が娘を本当にとても可愛がってくれて、 娘も彼女を大好きなおばちゃんだと言っていましたので、 持たせておきました」 帰り道で泥棒グループの相談男が、 「結婚するために、 邪教(キリスト教から見て)に改宗したんだな。 それでもロザリオが捨てられないくらいのクリスチャンだったなら、 随分苦しんだんだろうな」 と言った。 友人は後ろめたそうな暗い顔で、 「……悪いけど、俺にはどうしようもない」 と言った。 「あいつ(友人彼女)のこと、あれから何回か夢で見たよ。 いつも『凄く怒ってて止められない。ごめんなさい。 あなただけしか私は守れない』って言うんだ」 俺は何も言うことがなくて黙ってた。 相談男は、 その次の日に死体で見つかった。 何かの薬の飲みすぎで眠ったまま死んだらしい、と聞いて、 俺は内心、わりと安らかで良かったなとか思ってしまった。 その後すぐに俺も会社を辞めて、 何とか次の勤め先を見つけた。 元いた会社は、 見事に借金漬けになって潰れた。 最後のほうには、 辞めたりノイローゼで入院したりがゾロゾロ出て、 凄い有様だったらしい。 事故死(自殺かもしれない)や自殺者も複数出てたそうだ。 俺の完全な想像だが、少しでも霊感のある奴は、 お守り事件の後、 全力で再就職先を探してたんじゃないかって気がする。 全く見えない奴ばっかりが被害を受けたのかと思うと、 何だか理不尽な気もしてる。 友人はその後でクリスチャンになって、 教会に行くようになった。 「思い出すと、聖書読んだり、 結婚式をカトリック式でやれないかって言ってたり、 彼女、何か拘りがあったみたいだから。 洗礼を受けるとこまでは気が進まないって迷ってたけど、 ちゃんと式が挙げれてたらこうしてたと思う。 だから……そのアフリカの人の分も、 静かに眠れるように祈っとくよ」 俺には、 キリスト教も何も宗教のことは解らない。 そのアフリカ人の女性が祟ったんだとして、 正直、何がそんなに気に障ったのかも解らん。 ただ、宗教に関係することというか、 どんな宗教でも怖いのは、 『そこまで神様に執着する本物の信者の執念』なんじゃないかと、 何となく思った。 その後日談と言うかオマケが幾つかあるので、 書かせてくれ。 あの話の後しばらくして友人に会ったら、 服の下にロザリオつけてて見せてくれた。 ……泥棒グループが友人の守り袋から出して俺に見せたのと、 そっくりな大きさでそっくりな色艶のやつを。 「それ、買ったのか?」 と聞くと、 「同じ教会に行ってる信者の人が譲ってくれた」 と言う。 「……黒人の女じゃねえよな?」 と聞くと、呆れ顔で 「そんなわけないだろ」。 ……そうだよな。 十字架に張り付いてる人型が同じ形に見えるのも、 くすみ具合まで見覚えあるのも気のせいだよな。 泥棒グループの奴が、 俺の目の前に突きつけて見せた時に見たのと同じとこに、 傷だかサビだかあるように見えるのも気のせいなんだろう。 と思うことにした。 偶然に回りまわって友人の手に、 なんて可能性もあってもいいかもしれないが、 思い返すと、泥棒グループの相談男が本気で怯えてたのに、 現物返却しなくて探しもしなかったのは、 どうも失くしたとかじゃなくて、 泥棒グループで壊したんじゃないのかって雰囲気だったんで、 正直びびった。 ……んで、ある意味もっと怖かったのは、 ちらりと視線を下げたら、 友人の鞄に見慣れたお守り袋がさりげなく下がってたこと。 何度も見たのと同じ袋で、 結構長いこと下げてそうな年季の入った奴が。 これは突っ込まないでスルーした。 つか、突っ込めなかった。 「あ、目が覚めたらついてたんだよ。ハハハ」 とか言われたら嫌だと本気で思ったんで。
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