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遭遇した霊で打線組んだ

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  • 遭遇した霊で打線組んだとは

    訳アリ心霊マンション 4巻【電子特典付き】 (バンチコミックス)
  • ワイが遭遇した霊で打線組んだ。

    1(ニ)迎え提灯
    2(左)浦田先輩の同室者
    3(右)ふきちゃん
    4(中)謎の祭り
    5(一)祭囃子
    6(三)アパートの子
    7(捕)お客さん
    8(遊)ヤマセミさん
    9(投)バッバ

    1(ニ)迎え提灯

    ワイは高校卒業するまで相当な田舎で生まれ育ったんや。

    中学が町に1つしかなくて
    同級生は20人切るくらいの山間の自治体や。


    その中学卒業して後、
    隣市の高校に片道12キロを自転車で通っとった。

    高1の6月の夜、
    部活帰りの真っ暗な中を帰宅してた時のことや。

    ワイの通学路には山と田んぼの間を走る道があって、
    所々に二三件の家が固まって建ってる集落があるんや。

    そこまで来ると、
    もうワイの家まで五分くらいで、
    ワイはちょっとチャリのスピードを緩めたんや。

    ふと目を上げると
    その集落の一軒にお盆の迎え提灯が立っとったんや。

    明かりのついてない日本家屋の玄関先に、
    家紋付きの縦長の提灯が見えて、
    いまどきロウソクなのか暗めの灯がゆらゆらしとったわ。

    ワイの地域は7月半ばがお盆なんやが当時は6月、
    ひと月も前から提灯を出す家があるんか?なんて思っとったら
    不意にその明かりが消えた。

    一瞬にして辺りは真っ暗になったんや。

    その日は不思議に思いながら帰ったんやが
    後日その家から葬式が出た。

    ジッジにその話したら

    「それはご先祖からの『迎え提灯』たい」

    とのことやったわ。


    2(左)浦田先輩の同室者

    高2の4月ごろの話や。

    ワイは人数の少ない体育系部活に入っとった。

    1つ上に選手はおらんかったが
    なんでか女子マネージャーがおった。

    それが浦田先輩や。

    2月頃に浦田先輩が大きな病気をして、
    都市部の大学病院に入院したんや。

    そんでお見舞いの品を顧問と部員でお金出し合って買って、
    何故かワイとキャプテンの二人で届けに行ったんや。

    県庁所在地にある大きな病院の、
    わりと高層の部屋に先輩はおった。

    たしか3つベッドがあって、
    先輩は一番奥の窓際、入り口側は空き、
    先輩の向かいのベッドはカーテンは閉ざされているが
    ちょうど席を外してる、って感じやった。

    浦田先輩は思ったより元気そうやったし、
    翌月から学校に行けると言っとったから
    ワイらは安心して他愛もないバカ話をした。

    ひと通りくっちゃべったあと、
    ワイらが帰ろうとして病室の入り口に歩いて行った時、
    ちょうどパジャマの女の子が入ってきた。

    たぶん中学生くらいで、
    三つ編みを片方から前に垂らしとったから、
    妙に大人っぽい髪型やなと思ったのを覚えとる。

    その時、後ろから浦田先輩が

    「あ、おかえり☓☓ちゃん」

    と言ったんをワイははっきり覚えとるんや。

    後日退院した先輩に

    「あの三つ編みの子どうしてるんすか」

    と聞いたら、誰?と返ってきた。

    なんでもちょうど見舞いに行った日には
    同室のベッドは退院だかで完全に空いており、
    そんな子は居なかった、と。

    キャプテンには

    「ベッドは先輩以外空きで
    『3人部屋なのに寂しいですね』
    って話したやろ?」

    と聞かれてワイは困惑した。

    じゃああの生活感のあるベッドは、
    あのお下げの女の子は何やったんやろうな。


    3(右)ふきちゃん

    平たく言えばイマジナリーフレンドやな。

    小2か3の頃、
    母方のジッジの家に
    夏休み前半まるまる預けられた事があった。

    ジッジはワイに気遣って
    プレステやガンプラを用意してたけど、
    数日経つとやっぱり退屈やから、
    ある日ジッジの家の離れに行くことにしたんや。

    離れは母屋から続く廊下を渡った奥にあって、
    その廊下から庭園風の庭を望む事ができた。


    離れは母屋から続く廊下を渡った奥にあって、
    その廊下から庭園風の庭を望む事ができた。

    離れにはジッジの集めた全集物や図鑑、
    戦争資料集なんかが保管してあって、
    ワイは図鑑に夢中になって、
    毎日引き出しては読んどった。

    ここから記憶が曖昧なんやが、離れで
    「ふきちゃん」と過ごしたことが数回あるんや。

    少し年上の女の子がお昼すぎになると
    庭の先の生垣から顔を出して、
    ワイはそれを確認すると
    廊下のサッシを開けてその子を離れに招いてたんや。

    お互いに多くを喋ったことはないけど、
    ふきちゃんがおるとワイはすごく安心して、
    何時間も飽きずにそこに居れた気がするわ。

    ある昼、
    バッバに離れで何をしてるか聞かれたワイは

    「ふきちゃんとおる」

    と答え、
    ふきちゃんの事を話した。

    バッバは首を傾げて、
    その夜、それをジッジに報告したと思う。

    その当時すでにバッバは認知症が始まってたから、
    ジッジは真に受けなかったのかもしらんが

    「友達ができたとや、よかなぁ〜」

    と言うて撫でてくれた。

    でもその日以降、
    ふきちゃんが現れることはなかった。

    バッバはもう故人で、
    ジッジも呆けて施設におるから
    その当時の事を確認しようがないんや。

    ただ先日里帰りした際、
    例の生垣から向こうはどうなってるか気になって回り込んでみたところ、
    道を挟んで雑木林になっとって、
    下草に紛れて石蕗が群生しとった。


    4(中)謎の祭り

    ワイはよく中学まで親父と釣りに行った。

    泊まりがけで、夜通し防波堤から投げ釣りをやる、
    夏休みの定番行事や。

    たぶん中1の時やけど、
    行きしに親父の車が迷った。

    その日はいつも行く港が
    護岸工事の関係で使えんくなってたんやな。

    ほんで急遽他のポイント探しに出たんやが、
    親父もワイも山の人間やから土地勘がないねん。

    そうこうするうち、
    漁村とおぼしき集落に降りる道を見つけたんやが、
    妙に明るいんや。

    よる8時は回ってるはずやから、
    この辺の夏とはいえもう暗いのに、
    人もずいぶん多くなった。

    皆浴衣や作務衣で、
    いかにも夏祭りの風景が見えた。

    もともと車一両がやっと、という道の両脇に、
    次第にたくさんの出店が現れ、
    行く手はいつしか人で埋め尽くされて
    車は徐行のような状態になったんや。

    ワイは引き返したほうがいいのでは、
    と言おうと顔を助手席から親父に向けた。

    親父は険しい顔をして、
    ブツブツ何かを呟いとった。

    よく聞くとそれは阿弥陀経やった。

    ワイは親父がおかしくなったんかと思ったが、
    すぐに合点がいった。

    この祭りは音がしないんや。

    いくら冷房のために窓を締め切ってても、
    すぐ近くで行き交う人々の声や屋台で何かを焼く音とか、
    おおよそ祭りの喧騒が聞こえてこないんや。

    消音にしたテレビみたいやな。

    しかし、人々は
    ワイらの車を不思議そうに避けるだけで、
    決して迷惑そうにされたり、
    ドアを叩かれたりすることはなかった。

    その状態が体感的には50メートルばかり続くと、
    視界が開けて船着場に出たんや。

    船着場には小さな漁船が10台ほど停められていて、
    それらは現実のもののように思われたんやけど、
    そのいちばん奥にギラギラ光る大きな木造船が泊まっとった。

    傍目には巨大なイカ釣り漁船にも見えたが、
    よく見ると船全体がいろんな色で光ってるのが分かった。

    帆まで着いとったが、
    蒸気で動きそうな煙突があったんが印象的やった。

    祭りの人たちは遠巻きにその船を幸せそうに眺めとって、
    ワイらはその群衆と船の間に飛び出したような状態やった。

    見とれていると、
    不意にタバコの匂いがしたんや。

    親父が珍しくタバコに火をつけとって、
    ゆっくり車を出したんや。

    しばらくするとその集落を抜け、
    海沿いの暗い道になった。

    なんとなく普通の道に戻ったことが分かったわ。

    親父は窓を全開にすると、安心したように

    「大潮の日にはあぎゃんこつもあっとだろ(ああいうこともあるんだろ)」

    と言うた。

    ちなみにその日は全く釣れなかったし、
    調べても似たような祭りは無かった。

    ワイらは何を見たんやろうな。


    5(一)祭囃子

    これは小学校〜高校まで続いた話や。

    ワイが一人で寝つけない夜、
    時々遠くで笛と太鼓の祭囃子が聞こえるんや。

    聞こえるのは数年に一回程度で、
    決まって夏の夕立後の涼しい夜やった気がする。

    ひょっとこが踊りだしそうな、
    割と楽しげな一定のリズムと音階をずっと繰り返すんやけど
    次第に音は遠くなっていって、
    ワイはそのうち寝てしまうんや。

    とうとう中学ん時、
    このお囃子は何や?と疑って
    正体を確かめようと思い立った。

    真っ先に思ったんは
    実家の裏手にある神社の神楽舞の練習や。

    今はもう廃れて長いが、
    その頃は地域の小さな神社にも神楽舞を奉納する風習が残っとった。

    薪能とも狂言ともつかん、
    演目の意味も誰も分からなくなったような代物や。

    氏子の年寄がシテ方、
    ワキ方(神楽を舞う人)を毎年交代でやり、
    演奏方は基本的にその息子たちが担った。

    田植えが近くなると神楽舞の準備がはじまって、
    関係者は公民館で練習をしてた。

    舞の奉納自体はGW前には終わる。

    だから夏に聞こえてくる祭囃子は、
    演奏方のヤツが腕が鈍らんように練習しとんのかなと思ったんや。

    ワイの家は演者の家ではなかったが、
    ジッジが昔区長として神楽を取り仕切ったことがあったから、
    ある日ジッジに聞いてみたんや。

    ジッジ、
    ワイには時々妙なお囃子が聞こえるが何か知っとるか、
    演奏方の誰か練習しとん?と。

    ジッジはワイの話を聞くと、
    目を細めてこう行ったんや。

    「もうワシには聴こえんばってん、
    昔はよう聴こえよった、聴こえよった。
    こぎゃん音頭やろ?」

    そういってジッジは、
    ワイが聞いてたのと同じ囃子を口笛で吹いた。

    ワイは音痴やから
    お囃子の音まで伝えてなかったから、
    心底驚いたで。

    ※補足
    「ふきちゃん」に出てきたのは母方のジッジ。
    いま出てきてるのは父方で、同居してたジッジや。

    ジッジは

    「ありゃあ、畑ん神さんの祭りたい。
    もうワシには聴こえんけん、
    神さんはおらんごつなったと思うたばってん、
    まだおるたいなぁ
    (もう神様は居なくなったと思ったんやが、まだおったんやね)」

    とニカニカして米焼酎をあおった。

    神楽の練習は騒音になるからと
    公民館以外ではやらないらしかった。

    ちなみに神社の祭神は天神さんやけど、
    きっとローカルな神さんもおったんやろうな。

    高校卒業してワイが地元を発つまで、
    その音はときどき聞こえていた。

    最後に聞いたんは大学受験勉強中、
    やっぱり夕立後の涼しい夜やった。

    ワイは窓を開けて、
    楽しげな音色をぼんやりと聞いてたんや。

    その前年にジッジは逝ったから、
    なんとなくジッジも聞いとるんちゃうか、と思った。

    ワイは夏に帰省しても
    もう祭囃子は聞こえんくなってしもうたが、
    地域の若いやつが聞いてたらええな。


    6(三)アパートの子

    小4の春、
    ワイは一時期だけ叔父の家に住んどった。

    家庭的な事情は割愛するが、
    実家から離れた県庁所在地にある叔父一家のマンションに
    お世話になってたんやな。

    叔父の息子(ワイから見たら従兄弟やね)はよくしてくれて、
    マンションの子らとワイを引き合わせてくれて、
    皆でマンションの中庭でよく遊んどった。

    中庭で
    「だるまさんがころんだ」をやる時のルールがあったんや。

    『アパートの子が来たら解散』

    マンションの裏手に藪があって、
    その奥に小さな木造アパートがあったらしい。

    そこの子が、
    「だるまさんがころんだ」に
    いつの間にか混ざることがあるんやと。

    まぁ今だから言えるが、
    アパートとの経済的格差を意識して、
    マンションの親たちが代々言い聞かせたことが
    受け継がれただけかもしれん。

    そして混ざるのは生きた子じゃないことも、
    マンションの子供たちには
    暗黙の了解として認知されとった。

    その日、ワイがだるまさんの鬼をやった。

    従兄弟含めマンションの子が
    6人くらいおった気がするわ。

    何回目かの
    「だるまさんがころんだ!」の掛け声で振り返ったとき、
    中庭の隅っこに知らん男の子がおったような気がした。

    背の低い髪の短い子やった。

    身なりは普通で、
    幽霊めいた所はなかったように思うんやが、中庭に入るには
    オートロックで仕切られたマンションの通路を通らなあかんし、
    知らんマンションの子が入ってきたら普通は誰か気づく筈や。

    ワイはブルッと来たが確証が無かったため、
    とりあえずだるまさんを継続することにした。

    ところが振り返るたびに、
    その子が近づいてくるんや。

    庭木の陰、分電盤の下、すぐ目の前の排水管の陰…

    ワイは

    「この子にタッチされたらどうなるんや?」

    と思った、
    そしたらめちゃめちゃ怖くなった。

    そして「だるまさんが…」と言った時、
    肩をぽん、と叩かれた

    半分小便漏らして
    (これは叔母に苦笑されたからよう覚えてるわ)
    振り返ると、
    楽しげにスタート地点へかけ戻るマンションの子たちの背中が見えた。

    誰かが普通にタッチしたんやろうな。

    その中にあの男の子はおらんやった。

    その後、
    従兄弟含め皆がが鬼をやって、
    別の遊びもして夕方には解散した。

    帰りのエレベーターの中で、
    従兄弟がワイに

    「男の子だったど?」

    と突然言った。

    「一人混じっとった男の子。見たど?」

    聞けば従兄弟が鬼のときも
    知らん男の子か混じっていたらしい。

    ワイはさらに肝が冷えたが、
    実はこれは初めてでは無いらしい。

    だるまさんがころんだだけでなく、
    例えばゲームボーイを持ち寄って中庭で遊んでいるときも、
    不思議そうに覗き込む男の子の視線を幾度も感じてたらしいんや。

    ワイはルール通り解散しなくて良かったんか聞いたと思うが、
    従兄弟が何と答えたか覚えとらん。

    多分実害がないからほっといてるとか言われたと思うんやが。

    従兄弟はだれでも遊びに混ぜてくれるような優しいやつなんやなぁ、
    って感心した覚えがある。

    その後叔父の家から実家に戻って、
    ワイはあのマンションに一度も行ってないわ。

    次の盆に従兄弟とあったら
    あのときのことを改めて聞いてみようと思っとる。


    7(捕)お客さん

    また母方のジッジの家での話や。

    ちょうどふきちゃんと遊んでたのと同じタイミング、
    つまりワイが預けられてた時のことや。

    ジッジは勤め人だったんやけど
    生家はいわゆるなんでも屋みたいな物を代々営んどったらしく、
    離れはその店舗跡やった。

    なんでも屋と言えば聞こえはいいんやが
    金物屋に毛が生えたような物で、
    お菓子や生活雑貨なんかを揃えてたらしい。

    先代(ジッジの父)が長く切り盛りしとったが、
    70年代で店はやめたらしいわ。

    ふきちゃんが来なくなった後か前かは定かじゃないんやが、
    その日も縁側でワイは寝そべって遊んどった。

    HGのズゴックと、
    たしかゼータガンダムを戦わせとったと思うわ。

    縁側はちょうど西向きやって、
    夕焼けが強くてカーテンを閉めるか迷っとったような、
    そんな妙なことを覚えとるわ。

    ゼータとズゴックの戦いが佳境の時、
    「もし」と声をかけられた。

    ワイはびっくりして顔をあげると、
    いつからそこにおったんか、
    ガラスのサッシを挟んで男の人が庭に立っとった。

    西日が強すぎて男の顔は全然見えんやったけど、
    両足をそろえてぴんと気をつけをしとって、
    えらい姿勢が良かった。

    ワイはジッジの知り合いが来たと思って、
    寝そべったままやと失礼やから体を起こし、
    サッシを開けようとした。

    よう見るとその人は、
    うなじが隠れる日避けつきのボロボロの帽子を被っとって、
    足にはゲートルを巻いて腰に鉄でできた丸い水筒を下げてうつむいとった。

    ジッジの蔵書の戦争資料集の写真で見た、
    兵隊の格好と同じや、と思った。

    今思えば、あれは陸軍の制服やったんやね。

    床が高いせいで、
    ワイが立ち上がるとその人と同じくらいの身長になった、
    つまりガラスを隔てて目の前にお客さんの顔があるはずやのに、
    やっぱり夕日で影になって顔は見えないんや。

    ワイはそのお客さんが人間なんか分からんくて立ち尽くした。

    「こちらに飯塚圭一様はおいでですか!」

    お客さんは突然ワイに話しかけた。

    妙なんは、
    ガラス越しの筈やのに聞き取り辛かった覚えがない。

    キビキビした、
    妙に楽しげな明るい声やった気がするわ。

    飯塚はジッジの、
    つまりこの家の名字やったが、
    名前に聞き覚えは無かった。

    ワイはどう答えたか覚えとらん。

    怖くて何も言えんかったかもしれんし、
    何かを話したかもしれん。

    ただ、

    「こちらに飯塚圭一様は、おいでですか!」

    男はさっきと寸分違わぬ調子で、
    突然もう一回聞いてきた。

    ワイは表情の見えない男と、
    まっかっかな庭とがめちゃめちゃ恐ろしゅうなった。

    「こちらに飯塚圭一様は、おいでですか!」

    ワイの涙腺と股間は臨界した。

    ワイのなき声を聞いて、
    バッバがかけつけたと思う。

    バッバにはその男は見えとらんやったと思うわ。

    ワイはバッバに手を引かれて台所へ向かった。

    ふり返ると、
    やっぱりというか、案の定男は消えとった。

    ただ置き去りのゼータとズゴックが、
    縁側に長い影を作っとったんを覚えとるわ。

    バッバの葬式の時、
    健在だったジッジにその話をした。

    戦後すぐの頃、
    そうして幾人かの帰還兵が訪ねてきたことがあった、
    とジッジは話し出したんや。

    ジッジの長兄の圭一氏は陸軍軍人で、
    南の島で行方不明になっとる。

    終戦後、
    無事に帰ってこれた人たちが兄の消息を訪ねに来ては、
    まだ帰らない兄を思うジッジとジッジの父を励ましてくれた事が何度かあったんやと。

    「それは戦友が訪ねて来なはったとばい」

    と言って、
    祖父は仏壇をずいぶん長いこと眺めとった。

    ちなみにワイはいまもガノタやが、
    シャア専用ズゴックだけは無理になってもうた。


    8(遊)ヤマセミさん

    この話は短いで。

    高校時代、
    12キロの山道をチャリで往復すんのに辟易したワイは
    とうとう原付に手を出した。

    バイトした金を元に中古のスクーター買って、
    高校近くの親戚の家の軒先でチャリに乗り換えて
    通学する生活を送っとった。

    高2の夏が秋、土曜の真っ昼間や。

    バイクで部活から帰ってるとき
    川の土手を走る区間があるんやが、
    対岸の畑の上を白い鳥みたいなんが
    ワイと並行して走ってるんが見えた。

    対岸までは多分20メートルくらいあるし、
    普通鳥の姿形までは見えへんのに、
    あきらかに鳥にしてはでかすぎるんや。

    ゆうにワイの身長くらいはあった。

    姿形は図鑑で見たことのあるヤマセミやった。

    えぇ…と思ってバイクを停めると、
    ヤマセミは対岸の山の方へ行ってしまって見えなくなった。

    ワイの地域にヤマセミはおらんのやけどな。

    迷鳥のコンドルか何かを見間違えたんかと思ったが、
    まあ今もワイはヤマセミさんやと思っとる。


    9(投)バッバ

    同居してた父方のバッバの話や。

    ワイはバッバが大好きやった。

    いつも優しくて、
    音痴なワイにつきあって一生懸命歌を教えてくれた。

    ワイは両親が共働きであんまり家におらんかったから
    バッバが親みたいなもんやった。

    夕飯はいつもバッバが作ってた。

    食い物には厳しくて、
    庭で育てた野菜は絶対残したらあかんかった。

    昔の人やからほとんど和食中心やったけど、
    それはそれは美味かったで。

    バッバはワイが小6のとき交通事故で死んだ。

    バッバは前日から体調が良くなかったが、
    それを押して、
    町で1つだけのスーパーに夕食の買い物に行ったんや。

    その帰り、
    これも町で1つだけの信号を赤で渡ってしまったんやな。

    先生の車で学校から病院に駆けつけたとき、
    もうバッバは息をしとらんかった。

    親父がベッドにすがりついて泣くのを見たのは最初で最後やった。

    ジッジはバッバの手を握っとったが、
    救命活動をやってくれてた医者に

    「どげんもならんとですかな、わかりました。
    もうよかですばい」

    と毅然と言った。

    程なくして医者は時間を告げて、
    バッバは本当に死んでしまった。

    叔父や伯母、親戚たちがすぐに病院に集まってきた。

    10人が10通りの驚きや悲しみ方をしたが、
    ワイは実感というものが全く湧かなくて、
    救急救命室って大したことないんやなとか、
    従兄弟と会うんは久しぶりやなとか思っとった。

    だって朝ワイを笑顔で学校に送り出した人間が、
    目の前で頭を包帯で巻かれて横たわっとるこの人と
    同じとは思えへんかった。

    頭じゃわかってても感情が追いつかないんやな。

    そっから通夜やら葬式やら慌ただしくて、
    依然としてバッバが死んだ実感が湧かないまま、
    とうとう火葬場まで来てしまった。

    「ここで泣かな、一生後悔する」

    ワイはそう思ったが、
    どうしてか涙が出てこん。

    ここに横たわって安らかな顔をしている冷たい人は
    バッバ?ほんまに?ほんまにバッバなんか?

    逡巡しているうち、
    棺桶が炉に入れられた。

    泣きっぱなしの叔母たちををジッジが叱り飛ばしても、
    みんなで干瓢巻きを食って思い出話をしても、
    真っ白で小さくなったバッバの骨が帰ってきても、
    ワイは泣けんやったんや。

    そのまま鬱屈としてひと月ほど過ごし、
    お盆に差し掛かった頃やったと思う。

    親父から町の図書館に本を返してくるように言われた。

    バッバが借りたままの本があることに
    遺品整理中に気づいたんやろう。

    数冊の本が入ったトートバッグを生返事で受け取り、
    ワイは徒歩で図書館に向かった。

    めちゃめちゃ暑い中、
    両脇に田んぼが青々とした道を突っ切ると
    15分くらいで町営図書館に着く。

    図書館のおばちゃんはトートバッグから本を取り出すと、
    貸出カードとワイを不審そうに見比べとった。

    そらそうやな、
    カタカナ2文字の名前のガキなんてそうおらんわ。

    ワイはどう説明するか迷ったが、
    祖母が亡くなったこと、
    代わりに返しに来たことを素直に話した。

    おばちゃんは短く驚くと畏まったお悔やみの言葉を言ってくれて、
    奥に引っ込んでどっかに電話を掛けとった。

    多分役場にバッバのことを確認したんやろうな。

    おばちゃんは戻ってくるとき、
    カウンターの上の回転棚から一枚カードを抜き出すと、
    ワイに渡した。

    「これ、あなたのおばあちゃんの。
    いらなければこちらで処分するけれど、どうする?」

    ワイはまぁ、とかはぁ、とか言ったと思うわ。

    とにかくカードを受け取って図書館を後にした。

    今でこそ図書館はどこもバーコードやicタグ管理やが、
    当時は手書きのカード管理やった。

    その図書館では利用申請をすると個人用カードが渡されて、
    本を借りるときは
    タイトル、貸出日を書いて本と引き換えに
    カウンターに預ける仕組みやったんやな。

    延滞されとる本はカードで分かるって仕組みや。

    ワイは蒸し暑い田んぼ道を家へと歩きながら、
    何気なくそのカードを眺めた。

    バッバの貸出カードはずいぶん埋まっとった。

    「竜馬がゆく」とか歴史ものが多くかったが、
    その下の方、つまり最近借りた本に目が止まった。

    『洋食の基本 ハンバーグステーキ』

    目の前が何だかぐるぐるするのが分かった。

    うるさいセミの声も、
    カンカン照りの日差しもすこし遠くなったような気がした。

    祖母はワイのために慣れない洋食を作ろうとしてたんや。

    そのとき、
    祖母のハンバーグはおろか、
    大根の照り焼きやミョウガの天ぷらに二度とありつけないことが、
    はっきりと実感を伴ってわかった。

    喉の奥が苦しくなって、
    眉間に痛いほど力を入れたがぼろぼろ泣けてきた。

    ワイは初めてバッバが死んだことが理解できたんやね。

    そのときやった。

    後ろから音もなく
    えんじ色の自転車がワイを追い越していった。

    目が霞んでよく見えなかったが、
    あの日、軽自動車の下でぐちゃぐちゃになった自転車のそれと同じ色やった。

    そして、それに跨ってたのは紛れもないバッバやった。

    パーマをかけたちょっと猫背のその人は、
    いつも畑に出るときの格好で自転車に跨り、
    実家の方へ曲がって見えなくなった。

    はっきりと覚えてないが、
    ペダルは動かしてなかったんちゃうかな。

    ワイはダッシュで後を追ったが、
    バッバを見つけることは出来んやった。

    やっぱり実家には誰も来とらんし、
    仏壇には真新しい位牌が据えてあった。

    あぁやっぱりバッバは死んだんや、もういないんや、
    そう思うとまた少し涙が出た。

    それっきり祖母は現れなかった。

    夢に見ることはあっても、
    あの夏のようにはっきりと姿を見せたことは一度もないんや。

    今でもこのことを思い出すと、
    あれは祖母が自分の死をワイに分からせるために
    仕掛けたイベントだったんじゃないかと思う。

    ワイはと言えば、
    それから幾度となく祖母の料理を再現しようと試みたが
    てんで駄目やった。

    祖母の好きだった本を読んだり、
    若い頃の足跡を追ったりもした。

    図書カードは実家の机に大事にしまってある。

    おばあちゃんコンプレックス上等と豪語しとったが、
    やっぱり最近になって恥ずかしく思えてきて、
    祖母に申し訳ないと思うようになった。

    今年の夏行われる13回忌で
    祖母に関する法要は全て終わる。

    あの図書館も、
    この3月いっぱいで閉じられたと聞いた。

    今年帰ったら、
    あの時と同じ道を歩いてみようと思うんや。

    多分祖母は出てきてくれんやろうが、
    なんとなくワイはそれで満足する気がする。

    やっと一区切りつく気がするんや。


    ワイが遭遇した話は以上やで。

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