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寝息現象
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最初は中学2年生のときだった。 長い坂の途中にある借家に、 母と弟と俺の3人で住んでいた。 貧乏な母子家庭で、部屋数は少なく、 夜寝るときにはひとつの部屋に布団を3つ並べて寝ていた。 当時から寝付きが悪かった俺は、 部屋の電気が消されて家族が眠った後も、 懐中電灯で文庫本を読んだり、 脳内で延々と物語を創作したり(ヒント:中2)、 眠りに落ちるのはいつも午前を回ってからだった。 ある日、寝付きが悪く困っているのだと友人に相談したところ、 「寝たふりしてるといい、そのうちホントに寝ちゃうよ」 とアドバイスをもらい、 その晩さっそく試す事になった。 布団の中で腹式呼吸、 穏やかな気持ちで、体は極力動かさず、 頭の中を空っぽにする… それはちょっと難しかったのだが、 すうすうとニセの寝息までたて、 ほぼ完璧な狸寝入りが出来ていたと思う。 いつもどおりの静かな夜だった。 1キロ先の都市高をゆく車の走行音が聞こえる。 それに家族の寝息。 ふと、不思議なことに気付いた。 部屋の中には、 布団が3つ並んでいる。 寝付きのいい弟、 軽いいびき交じりで寝ている母、 狸寝入りの俺。 弟が寝ているのは部屋の入口側で、 俺は壁側。 なのに何故、 壁側から寝息が聞こえるんだ…? 自分のニセ寝息を徐々に無音に近付けていく。 誰のものか分からない寝息が はっきりと聞こえている。 うーん、なんぞこれ…。 相手がおそらく寝ている、という安心感からか、 そんなに怖いとは感じなかった。 ただただ不思議だった。 仰向けで寝ていた俺は じわりじわりと慎重に薄目をあけ、 横目で壁のほうをチラ見してみた。 室内はぼんやり薄暗く、 特に普段と変わったところはなかった。 誰も居ないはずの壁側に 何かの姿が見えるような事もなかった。 まあ、見えていなかっただけかも知れないのだが。 おかしな現象を静かに観察しているうちに寝てしまった。 このことは家族にも友人にも話さなかった。 怖がらせないようにという周囲への配慮からではなく、 自分が「臆病者」と馬鹿にされるのを避けるためだ。 翌晩も同じことが起こった。 俺は狸寝入りを決め込みながら、 やはり「?」の嵐だった。 俺を溺愛していたという死んだ爺ちゃんか? それとも妖怪のしわざ? いろいろ考えた末に、 反対側で寝ている家族の寝息が壁で>字型に反射して 自分の耳に届いているのではないか、 という科学的な可能性に行きついた。 なーんだ… と気が抜けて緊張もとけたせいか、 そのまま眠りに落ちた。 そして3日目の夜。 寝息の数をひとつひとつ丹念に耳で拾って検証していき、 人数と音の数がどうしても合わないことに気付いた。 害はないしなんか面白いし、もう別にいいよ、 そういう現象でしょ…と放っておくことにした。 「んぐで…」 ふいに静寂を破ったのは弟の寝言だった。 ビクッとしてしまった。 母の「カー」という割に静かないびきも止まり、 壁側から聞こえていた寝息も、 その瞬間消えていた。 4日目、 寝息は家族の分しか聞こえなかった。 ただ、その後も寝息がひとつ多いなと思う夜がたびたびあった。 寝息が聞こえた時間帯は0~4時で、 日付も変則的。 社会人になった俺は家を出て、 ワンルームを借りて一人暮らしを始めた。 数か月が経過して、 新しい暮らしに慣れてきたある晩、 壁側からスウスウと寝息が聞こえてきた。 おおっ、この感じなんか久しぶりじゃね…! 何故かやはり怖くはないのだ。 俺が 「わーっ!誰だ!?」 と声を荒げたら、 きっと寝息は消えると思う。 それきりこの現象は起こらなくなってしまうのかも知れない。 俺が結婚して更に引越を重ねた後も、 寝息はついてきた。 実は今でも、 年に2~3回はおかしな夜がある。 新居で寝息が聞こえた翌朝、 0感伴侶に寝息現象とこれまでのいきさつを話した。 「不思議な体験したことないから聞いてみたい、 今度あったらつついてこっそり起こして!」 「騒いじゃ駄目だよ、絶対だぞ!」 と言い含めたのだが、 つついて起こしてやると 「んー、なん…?」 と声を出して反応する。 そこでいつも寝息は止んでしまうので、 夫婦そろって聞くのは無理そうだ。 次回はいつだろうね。
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