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エクスカリバー
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ゲーム好きな人なら『エクスカリバー』って、一度は聞いたことがあるんじゃないだろうか。洞窟の奥深く、地面に刺さるその剣は、選ばれた勇者にしか抜くことのできない…みたいな感じの。でも俺にとってエクスカリバーは、また別の思い出のある言葉なんだ。結構長い話だし、幽霊とか呪いとかは出てこないので、あまり怖くないかもしれないが許してほしい。俺が高校3年の夏休みのことだった。俺にはマイクと呼ばれる、仲の良い友達がいた。 親友といっても差し支えないだろう。そいつがマイクと呼ばれていたのは、単に外国人顔だったからだ。ノリがよくて、楽しいことならなんでもやります!みたいなやつだった。俺が通っていた高校は進学校だったから、その高校最後の夏休みは勉強漬けだった。市営の図書館で夕方までマイクと勉強して、適当にダベッてから自転車で家に帰る。そんなつまらない夏休みだった。勉強場所として利用していた図書館の向かいには、結構な大きさの神社があった。小さな山なんだけど、そのてっぺんに神社がある感じの。もちろん、その山全部が神社なんてことはなくて、最初に石段を登ると、山の外周を散歩できるような幅広の道があって、さらに登ると神社に到着する。まぁそこらに住むじっちゃんばっちゃんの散歩コースだった。誤解が生じないように言っておくと、本当に小さな山だぞ。山って言っていいのか疑問なぐらいの。その散歩道だって、30分もあれば一周できた。ただ、草木が生い茂っていたから、実際よりは大きく見えていたのかもしれない。そしてその散歩道の途中には、洞窟というには大げさだけど、ほら穴があった。気付く人にしか気付かないような、ね。散歩道を歩いていて、見上げて山の斜面に目をこらすと、背高な草に隠れているほら穴の入り口がようやく見える。だから子供には見つけられない。背の低い子供には、ほら穴の入り口は完全に草に隠れて見えるのだ。俺もほら穴の存在に気付いたのは、中学3年ぐらいになった頃だった。例えば俺がここで、『親父に聞いたら、絶対にそのほら穴には入ってはいけない。あそこにはこの土地に住まう神様が…』みたいな話をすれば、いかにもって思うだろう。でも実際はそんなことは無くて、『ほら穴?そんなのあったかな?』ぐらいの反応だった。そんな夏休みのある日。俺とマイクはいつものように図書館で勉強して、コンビニで買った菓子パンをかじりながら昼休憩をとっていた。「なぁ、そろそろじゃないか」と、そう俺は切り出した。「何が?」とマイクが聞き返してきたので、「あのほら穴だよ。このまま放置したままで、夏休みが終われるかってんだよ。そろそろ探険時じゃねーかって話」と俺が言うと、「ああ、確かにな」とマイクは乗ってきた。「じゃあ、これから行くか?」話題の提供は俺だったが、そう言ったのはマイクだった。マイクも俺もイベントの無い毎日に飽き飽きしていて、毎日のように顔をあわせていたから面白い話題も尽きていたのも手伝って、即日決行ということになった。マイクの家は図書館から程近かったので、まずはマイクの家に行き、懐中電灯を二つ借りることになった。家に行ってみるとマイクの母親がいて、「懐中電灯なんて何につかうの?」と尋ねられた。正直に神社のほら穴に入ることを伝えると、「軍手も持って行きなさい」と軍手まで貸してくれた。マイク家は両親もノリがよかった。そして、いざほら穴の下までやってきた。山の斜面を両手をついて登って、とうとうほら穴の入り口にたどりついた。ほら穴からは異様な空気が漂っていた…ごめん、うそ。その日が快晴だったこともあり、全く怖いという感情は持たなかった。というか、そのときのノリが『探険』だったので、二人とも言動がふざけたものになっていたのだ。「マイク隊長、我々はとうとう到着したであります!!」みたいな感じでね。あ、自分の名誉のために言っておくと、今で言うDQNとかじゃないからな。ノリがよいと言ってほしい。だから、俺たちのテンションはTPOをわきまえたものだった。まず懐中電灯でほら穴を照らしてみると、中の土は黄土色で、湿っているのかテカって見えた。「これは…何かいます!!何かいますよぉ!!」とマイクが煽り、俺がそれに乗っかって「ちくしょう、装備が足りなかったか!!」みたいなやり取りをしながら、ほら穴に入った。ほら穴の大きさは、俺たちが一人ずつでしか入れないぐらいの横幅で、高さも無く、しゃがみ歩きでしか進めなかった。先にマイク、その後ろを俺がついていった。ほら穴の土は見た目通りの粘土質で、においは無かったが、いい感じにヌメっていた。そうそう、その時俺たちは学校の制服だったので、(そのほうが図書館で勉強しやすかった)裾やYシャツに泥がつかないように気をつけて進んでいた。だから進む速度は極めて遅かったと考えてほしい。少し進むと、(といっても、しゃがみ歩きなので10分ぐらいはかかったかも)中はけっこう蛇行してるらしくて、入口の光が見えなくなった。懐中電灯で前を照らしても、1~2メートルぐらい先しか見えて無かったと思う。ほら穴の中は一本道だった。いろいろしゃべりながら進んでいたんだけど、ほら穴の中は意外と声が響かなかった。逆に粘土質の壁に音が緩衝されているみたいだった。どれぐらい進んだだろうか。マイクが声高らかに叫んだ。「何か生えてるぞ!!」マイクがそう言ったときは、俺はマイクの背中しか見えないような状態だった。だからマイクにちょっと先に進んでもらって、その生えている何かを二人で囲むような形になった。「これは…果物ナイフ?」そう。実際は生えているのではなく、地面に突き刺さっていたのだ。ナイフが持ち手の直前までズップリと。ギリギリ刃の尻のほうが見えていて、その大きさから果物ナイフだと思った。「…」さすがに閉口してしまった。果物ナイフがなんでこんなところに…沈黙を破ったのはマイクだった。「とうとう発見しました!!エクスカリバーです!!」俺は思わず吹き出してしまった。一瞬感じた恐怖みたいなものも、すぐに笑いに変わった。「さあ、そしてその伝説の剣を、勇者マイクが抜きにかかります!!」俺がそう言うと、マイクは懐中電灯を地面に置いて、両手で「ふんぬ~!!」とその果物ナイフを抜こうと試みた。しかし、根元までしっかり刺さっていたためか、まるで抜ける気配はなかった。「俺は勇者ではないというのか…」こうなると、もう俺たちはノリノリだった。次に俺が抜こうとしたが、結果はマイクと同じだった。果物ナイフはうんともすんとも言わず、まっすぐに地面に刺さったままだった。「レベルアップしてからまた来ようぜよ!!」もはやその果物ナイフなんて障害物のひとつにしか思えなくなっていたので、無視して先に進むことになった。「何かある、このほら穴には何かあるぞ!!」と二人ともハイテンションのままだった。そして、その果物ナイフから少し進むと、ほら穴がL字に曲がっていた。これまで蛇行して進んで来たが、大きく曲がるのはそれが初めてだった。そのL字を曲がってまた少し進むと、マイクが「なんだか広いぞ!!」と言ってきた。確かにそこにはこれまでよりも広い空間があり、いままでは一列で進んで来た俺たち二人が、余裕で横に並べるほどだった。しかしだ。そこに目を疑うような光景があったんだ。ほら穴はそこで行き止まりになっており、そこにはさっき見たのと同じ果物ナイフが大量に地面に刺さっていた。「なんだ、これ…」しかもよく見ると、大量のナイフが刺された時期がそれぞれ違うことがわかった。いかにも古いものもあれば、最近刺された感じでまだ光沢のあるものもあった。もうハイテンションとかノリとかで誤魔化せる範疇を超えていた。「エクスカリバーの森だ」なんてマイクが言ったけれど、声の感じから無理しているのがわかった。「帰ろうぜ」と、そう提案したのは俺だった。マイクが渋るはずもなく、来た道を引き返すことになった。今度は俺が先頭になり、後続がマイクになった。来る時のハイテンションを失った俺達だから、今度は怖くなってしまっていた。早く明るいところに出たい…なにかしら声を発していないと、マジで精神状態を保っていられなかった。俺はずーっと独り言みたいに「こえーよ、こえーよ~」とかぶつぶつ言っていたが、逆にマイクは何もしゃべらなくなっていた。そしてL字の曲がり角を曲がって、最初の果物ナイフがもうすぐ見えてくる頃だった。俺は生まれて初めて、体に戦慄が走るというのを体験した。あの果物ナイフが抜けてるんだ。さっきまで直角に地面に突き刺さっていた果物ナイフが、抜けて地面に横たわってるんだ。それだけじゃない。そのナイフの刃の部分は、たった今人を刺しましたと言わんばかりに、赤い液体で濡れていた。もう俺は限界だった。「やべーって!!マジでやべーって!!誰か他にいるぞ、この中に!!」と、今度はマイクに叫ぶように言った。「さっきのナイフが抜けてるんだよ!!血だらけだ!!やばいぞマイク、これはシャレになんねーぞ!!誰かいるぞマジで!!」「エクスカリバーとか言って抜こうとしたやつか!?血だらけってどういうことだ!?早く前に進めよ!!出口まで早く行けよ!!」俺もマイクも半狂乱だった。俺は血だらけのナイフの上を通ることが怖くて、なかなか前に進めずにいた。するとマイクが後ろから大きな声で叫んできた。「おいお前!!早く行けって!!聞こえねーのかあの音!!早く行け!!」「あの音ってなんだよ!!」マイクは瞬間言い淀んだが、声を震わしながら、それでも大声で叫んで俺に教えてくれた。「聞こえるだろーが…誰か抜いてるんだよ!!俺の後ろで!!さっき見つけたバカみたいに地面に刺さってるナイフを一本ずつ!!聞こえるだろ!!」そう言われて初めてその音に気がついた。たしかに後ろのほうで「ずず…ずぽっ。ずず…ずぽっ」という、地面からナイフを抜く音が聞こえていた。「誰かが抜いてるんだ!!早く行けって!!殺されるぞ!!」マイクがそう叫ぶやいなや、俺たちは制服が汚れるのを気にする余裕もなく、四つん這いになって出口まで急いだ。二人でずっと「やべーって!!こえ―って!!」とか叫びながら。とにかく自分たちの声しか聞こえないようにずっと叫んでいた。正直、そこから出口までの記憶は無い。ただ、出口が見えて、もう夜になっていたことには驚いた。ほら穴から脱出して、山の斜面を転がるようにして降りて、散歩道に二人で着地した。二人とも泥だらけだった。特に制服の黒いズボンに黄土色の土汚れが目立っていたが、マイクを懐中電灯で照らして、さっきの出来ごとが夢じゃなかったことを実感させられた。マイクのYシャツには赤い血がついていた。間違いなく、エクスカリバーとふざけて言っていた果物ナイフについていた血だろう。その後、別に不幸に見舞われたり、幽霊を見るようになったり、なんてことはない。今でもマイクとは親友だ。大人にはなったが、飲むものがジュースからアルコールに変わっただけだ。一本道の洞窟で俺達の前後にいた何か。ときどきマイクとあのほら穴の話をするけど、ナイフを抜いていたのが誰だったのかは今でもわからない。エクスカリバーなぁ…伝説の剣じゃなくて、血だらけの果物ナイフだったけど。まだ、刺さっているのかね。
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